訪問看護ステーションは、地域や関係職種間との連携を図り、24時間365日、利用者および家族の安心と安全を守る役割を果たしています。
訪問看護師・療法士が安心して訪問に出られ、利用者へのケアやリハビリに集中できることが、利用者・家族の満足度だけでなくステーション全体の価値の向上につながります。
しかし、訪問看護事業には、営業活動や事務的業務など訪問以外の業務もあり、所属する看護師、療法士の経験やバックグラウンドも様々です。
そのため、スタッフが不満・不公平感を持つことなく、一人ひとりが仕事に対して主体的・積極的に取り組むための明確な基準やルールが必要となります。
今回は、就業規則だけでは対応できない訪問看護特有の問題に対応するための明確な基準やルールの作り方ついてお伝えします。
職場に基本的なルール、就業規則とは
訪問看護ステーションにおける基本的なルールを示すものとしては、就業規則があげられます。
就業規則とは、会社が従業員に示す、事業所の賃金や労働時間などの労働条件や職場内の規律を定めたものです。
就業規則は従業員を常時10人以上雇用する会社(事業場)には作成が義務付けられており、記載する項目も法律で定められています。
労基法では、 就業規則の記載事項について以下のとおり定めています。
(1)絶対的必要記載事項
労働時間 (始業および終業時間)、休憩時間、休日、休暇、 就業時間の交代制をとる場合の就業時転換に関する事項、賃金(決定、計算、 支払方法、 締切日、支払時期、 昇給)、退職に
関する事項
(2)相対的必要記載事項
法律に定めはないが、規則を定める場合記載しなければならない事項
退職手当、臨時の手当 (賞与等) 教育訓練、災害補償、 表彰・罰則、福利厚生等
(3)企業が任意に記載する事項
使用者が自由に記載する事項
採用・異動・昇進・休職などの人事に関する事項、出張旅費、職場規律等
就業規則を定めることにより、 使用者および労働者双方にとって労働条件や職場規律を統一的画一的にでき、公正な条件を明確にし労使関係の安定を図ることができます。
※訪問看護の就業規則については、こちらの記事も参考にしてみてください
訪問看護事業特有の課題に対するルールとは
訪問看護ステーションが採用する看護師、療法士は、その業務内容から新卒者の採用はごく少数であり、看護、リハビリテーション等の職務経験者の中途採用が主になります。
特に病棟出身や訪問看護経験者、子育て中の方、異業種経験のある方など、様々な経験やバックグラウンドを持つ方々を雇用することになるため、経験・技術等を勘案し、業務量のバランスや処遇面について、 不満・不公平感をもたれないよう配慮することが非常に重要になります。
また、訪問看護は、基本的に一人で利用者の自宅に訪れて看護やリハビリを提供することや訪問業務以外に地域のケアマネ事務所や病院等への営業活動や事務的業務などの業務も必要になることなどによる訪問看護事業特有の問題の発生も想定されます。
訪問看護特有の問題に対して「ルールがない」や「ルールがあいまい」という状態では、スタッフ各自がこれまでの自身の経験から導き出した独自のルールで判断するしかなくなり、ステーション全体に混乱が生じてしまいます。
そのため、就業規則だけでは対応できない問題に対応するための明確な基準やルールを定めていく必要があります。
訪問看護ステーション独自の規定やルールの作り方とは
明確な基準やルールがないまま事業を運営した場合、いつの間にかステーション全体に「不満」や「不公平感」が蔓延し、最悪の場合、スタッフが一斉に離職を申し出るというような状況になりかねません。
明確な基準やルールがないまま事業を運営した場合に生じる問題事例
・経営者、管理者と一般職員との意思疎通が図れていないため職場の雰囲気が殺伐としている
・スタッフ同士の仲がよくないため業務の連携に不安がある
・業務に対する責任感が欠けている
・責任の所在がはっきりしない
・指示が曖昧でどうすればよいのかわからない
・指示待ちの傾向があり、能動的ではない
・スタッフに必要な能力が不足しており、業務遂行に不安がある
このような事態を避けるためにも各ステーションの事業規模や実態に合わせて規定やルールを早急に定める必要があります。
それでは、基本的なルールである就業規則に加えて、どのような規定やルールを作っていくべきか、各項目から考えていきたいと思います。
(1)勤務体制に関する規定やルール
訪問看護事業においては、24時間体制に伴う連絡体制の構築、電話当番、時間外休日出勤などの勤務体制の整備、さらに各種手当の整備が必要です。
1.営業日 (土日の営業) の検討
利用者の需要動向、採算面、および人材確保の可能性を検討し、営業日の決定を行います。
2.変形労働時間制等導入の検討
必要に応じて、始業・終業時間および就業時間の見直しの必要性を検討します。
3.緊急訪問・電話当番等の各種手当の検討
時間外・休日における緊急訪問時の手当や24時間体制の電話連絡対応および待機に関連する手当の必要性を検討します。
(2)教育・研修に関する規定やルール
1.訪問時のケア技術や知識に関する研修
訪問看護師は、患者の個別のニーズに合わせた適切なケアを提供するために、幅広い知識と技術を持つ必要があります。そのため訪問時のケア技術や知識を習得し、現場で実践することが求められます。
2.実務的なスキルと知識を習得
訪問看護の実務において名刺交換や電話対応(敬語)、介護保険と医療保険の違い、訪問看護指示書とは、多職種との関係性、訪問看護計画書と報告書などの実務的なスキルと知識を習得する必要があります。
3.主体性と協働の理解と実行能力
訪問看護師は分散して単独で訪問し、看護を提供するため、自立的な能力が求められます。そのためわからないことや困難な状況に直面した際に対応できる主体性と協働の理解と実行能力を習得する必要があります。
訪問看護師の教育・育成についてはこちらの記事も参考にしてみてください。
(3)コミュニケーションに関する規定やルール
訪問看護における各業務を円滑に遂行するためには、ステーション内のコミュニケーションは重要な要素です。
1.業務報告の励行
業務報告を励行し、日常業務や訪問結果を共有します。これにより、情報の透明性と共有が確保され、連携が向上します。
2.定期的な会議の開催
定期的な会議を開催し、必要な情報や課題の共有、意見交換を行います。ただし、会議の回数と内容について慎重に検討し、無駄な会議を排除することが重要です。
3.担当者間の連絡・ミーティングの実施員の明確化
担当者間の連絡やミーティングの実施に関して、担当者や責任者を明確に指定し、コミュニケーションの責任を定めます。これにより、情報漏れを防ぎ、円滑な連絡が確保されます。
4.職場環境の整備
職場環境を整備し、提案や意見が受け入れられる発言ができる環境を促進します。職員が自由に意見を述べられる場を提供し、意見の収集と改善に貢献します。
(4)業務に取組む姿勢に関する規定やルール
業務における責任の範囲、役割、権限、および必要な能力と資格についての明示は重要です。これにより、従事者自身の自己認識が促進され、業務遂行が円滑に行えます。あいまいな指示は、責任逃れなどの問題を招く可能性があるため、避けるべきです。
1.責任の範囲と役割の明示
規定は、訪問看護師と療法士の責任範囲と役割を明確に定義すべきです。これにより、各職種がどの業務に責任を持ち、何を担当すべきかを理解し、責任逃れや業務の重複を防ぎます。
2.権限の明示
規定は、訪問看護師や療法士に与えられる権限についても明示する必要があります。権限の明確化は、業務遂行時に迅速な意思決定を可能にし、効率を向上させます。
3.必要な能力と資格の要件
規定は、訪問看護師や療法士に求められる必要な能力や資格について明示するべきです。これは、専門職としての要件を確保し、質の高い訪問看護を提供するために不可欠です。
4.自己認識と業務遂行
規定は、訪問看護師や療法士の自己認識を促進するための指針を提供するべきです。自己認識は、個々の職員が自身の役割と責任を理解し、業務遂行を円滑にするのに役立ちます。
5.明確な指示の重要性
規定は、明確な指示を発することの重要性を強調すべきです。あいまいな指示は、責任逃れや誤解を招く可能性があるため、明確さが不可欠です。
(5)安全衛生・危険の防止に関する規定やルール
訪問看護における職務に関連して、懸念される危険を想定し規程・マニュアルを作成することが重要です。
1.感染防止
適切な予防策の検討(手袋、マスク、衣服の清潔保持、滅菌処理)とマニュアルの策定
2.医療廃棄物の管理 (処理 廃棄)
医療廃棄物の専門業者への委託と、利用者宅から廃棄物を持ち帰り処理する手段の検討
3.夜間訪問・勤務
緊急訪問時の交通手段と防犯対策のマニュアルの作成
4.利用者等からの暴力
家族の協力や2人での訪問などの対応策マニュアルの作成
5.採用時および定期的な健康診断の実施
健康上の理由による不要な事故の防止
6.災害発生時の対応
地震や台風などの災害発生時の連絡体制と行動マニュアルの策定
7.交通事故
交通事故発生時のマニュアルの作成:訪問看護は車、バイク、自転車などでの移動が日常的であり、事故に遭遇する可能性が高いため、事故予防教育と事故発生時の対処マニュアルの作成が必要です。
8.保険への加入
訪問看護事業所は、賠償責任保険への加入が義務となっています。また、上記のリスクに備え、職員への福祉施策として傷害保険、感染見舞金補償、個人情報漏えい賠償保険などの保険についても検討を推奨します。
(6)情報管理に関する規定やルール
事業所においては、職員および利用者に関するデータなどの情報を保護する必要があります。
1.個人情報に関するルール
利用者の個人情報の漏えいは絶対に許されず、適切な管理体制の構築が不可欠です。
2.文書持ち出しに関するルール
業務遂行において情報の持ち出し(文書、FAX、メールなど)が行われる場合、情報取扱基準や規程の作成が必要です。
3.情報管理に関するルール
職員の情報管理に関する教育と指導を徹底する必要があります。
(7)経営 運営に関する関心
訪問看護事業は法人が運営する収益事業であり、収益の確保は事業継続および職員の給与などの保障にとって絶対条件です。
また、ミスやトラブルに対処するための体制やシステムの構築、人材確保の問題など、経営運営に関する適切な情報を職員に公開することで、経営と運営に関心を持ち、共に改善策を検討できる職場環境を整える必要があります。
1.収益の確保
訪問看護事業は収益事業であり、収益の確保は事業継続と職員の給与を保障するために不可欠です。職員は経営の健全性に関心を持ち、効率的なサービス提供に貢献する必要があります。
2.システム構築の必要性
ミスやトラブルに対処するためのシステムの構築は重要です。職員は事故や問題の発生を防ぎ、適切な対処ができるように協力し、システムの適切な運用を心得る必要があります。
3.人材確保の問題
訪問看護事業は、常に採用に関する課題を抱えています。職員は人材確保に積極的に参加し、新しいメンバーを採用し、教育・指導をサポートする役割を果たす必要があります。
4.情報の共有と改善策の検討
職場環境は経営や運営に関する情報を職員と共有し、彼らが積極的に改善策を検討できる環境を作り出す必要があります。これにより、職員は経営運営に関心を持ち、問題の解決に貢献します。
訪問看護の経営者、管理者に求められることとは
訪問看護師が訪問看護に集中でき、長く働き続けるためには、看護以外の業務を明確なルール元で伝える必要があります。
そのため、コミュニケーション強化、職場規律の維持、向上心を鼓舞する職場文化の醸成、外部研修の促進、定期的な職場内研修の実施などの取り組みが求められます。
同時に、職員に事業所の目的を明確に伝え、組織の一員としての自覚を育むことが大切です。経営者、管理者、職員それぞれが事業所を支える一環として位置づけ、共通の意識を醸成することは、問題の予防策として極めて重要です。
また、もし問題が生じた場合、速やかな対応と公正な判断が必要です。
訪問看護の経営者と管理者には、規則と規程を順守する姿勢だけでなく、事業所内で生じるさまざまな労務関連の問題に対処するために、当事者間の意見や主張を調整し、公正な判断に基づいた解決策を提供する能力が求められます。
まとめ
今回は、就業規則だけでは対応できない問題に対応するための明確な基準やルールの作り方ついてお伝えしました。
訪問看護に従事する看護師や療法士は、訪問先でさまざまな小さな疑問や課題に直面します。そのため、様々な観点から明確な基準やルールを細かく設定することで、不満・不公平感を持つことなく安心して業務に取り組むことができます。
訪問看護ステーションが安定的な成長を実現するために、これらの取り組み全般が極めて重要です。