多発性硬化症(MS)は、特定疾患に指定されている神経難病の一つです。
中枢神経の複数の障害により、麻痺、感覚障害、視覚障害、排泄障害などさまざまな症状が現れ、再発と寛解を繰り返しながら徐々に障害が蓄積されていきます。
初発症状が進行し、障害が広がっていくパーキンソン病やALS(筋萎縮性側索硬化症)とは異なり、多発性硬化症(MS)の病気の進行は一様ではないため、利用者とその家族が直面する問題は多岐にわたります。
そのため、訪問看護においては、日常生活に支障をきたしている障害の部位、程度を理解し、利用者、家族が病気とともに生きる (生活する)ことをいかに支援するかという視点が求められます。
今回は、多発性硬化症(MS)をテーマにその概要から症状と訪問看護による在宅での支援のポイントなどについてお伝えします。
多発性硬化症(MS)とは
多発性硬化症(MS)とは、中枢神経のあらゆる部位に脱髄巣が生じ、多彩な神経症状が再発と寛解を繰り返す病気で日本では特定疾患に認定されている指定難病です。
炎症をともなう脱髄が多発し、炎症がおさまった後に傷あとが硬くなるため「多発性硬化症」と命名されました。英語のmultiple(多発性) sclerosis(硬化症)の頭文字をとって、MSとも呼ばれています。
最近では、遺伝子解析から自己免疫機序に基づく神経免疫性疾患であることが明らかになり、免疫学や分子生物学の観点からの研究が進み、様々な治療法が開発されつつあります。
多発性硬化症(MS)の原因とは
多発性硬化症(MS)は、脳・脊髄、視神経など「中枢神経」系の病気です。
通常、中枢神経は神経細胞体から出る電線のような軸索によって電気信号を伝達し、身体の運動や感覚、視覚などの機能を調節しています。
電線がショートを防ぐためにビニールのカバー(絶縁体)で覆われているように、中枢神経もミエリン(髄鞘)で覆われています。
多発性硬化症(MS)では、炎症によってミエリンが損傷され、中の電線が露出(脱髄)してしまい信号が伝わりにくくなったり、異常な信号を伝えたりするようになります。
これにより、視力障害、運動障害、感覚障害、認知症、排尿障害など病変部位によって様々な神経症状があらわれます。
多発性硬化症(MS)の症状とは
多発性硬化症(MS)の症状は、中枢神経系のどこが障害されるかによって様々です。代表的なものとして眼障害や感覚障害、運動障害などが見られます。
(1)脳の障害時
脳の障害時は、障の生じた部位の機能に関連したさまざまな症状が現れます。
・運動障害や感覚障害
・ものが二重に見える
・飲み込みにくい
・呼吸が苦しい
・認知機能の低下
・精神症状
など
(2)視神経の障害時
視神経に障害が生じると、以下のような症状が現れます。
・視野狭窄
・視力低下
など
(3)脊髄の障害
脊髄に障害が生じると、以下のような症状が現れます。
・運動障害
・感覚障害
・排尿排便障害
・性機能障害
など
多発性硬化症(MS)では、これらの症状が時間や空間にわたって多発するのが特徴で、様々な部位がさまざまなタイミングで支障を生じることがよくあります。
また、MSに特有な症状としては、Uhthoff(ウートフ)徴候が挙げられます。これは体温が上昇すると神経症状が悪化し、逆に体温が低下すると元に戻る現象です。
他にも、頸部から背中にかけて電撃痛が放散するLhermitte(レルミット)徴候も挙げられます。
このようなさまざまな症状が長い年月の中で出現と消失を繰り替えしながら進行していきます。
多発性硬化症(MS)の日本での患者数
多発性硬化症(MS)は、欧米では頻繁に見られ、アジアやアフリカでは比較的少ない傾向があります。特に、高緯度地域ほど患者割合が増加する傾向があります。
日本では、比較的まれな疾患とされていましたが、近年、急速な増加がみられ、人口10万人あたりの患者数は約14~18人と推定されています。
日本では厚生労働省の衛生行政報告例に多発性硬化症(視神経脊髄炎を含む)の特定疾患医療受給者証所持者数が報告されており、年々増加傾向にあることが確認できます。
過去5年の多発性硬化症の特定疾患医療受給者証所持者数の推移
参照元:公益財団法人 難病医学研究財団/難病情報センター「特定医療費(指定難病)受給者証所持者数」
多発性硬化症(MS)は、若年成人でよく見られ、平均発病年齢は約30歳前後です。50歳以上での発病は比較的少ない傾向にあります。また、女性の方が男性よりも発症率が高く、男女比は約1:3となっています。
多発性硬化症(MS)の診断基準
多発性硬化症(MS)は、病歴や神経学的な所見をもとに、「時間的多発性」(症状の寛解と再発が繰り返される)および「空間的多発性」(複数の神経障害部位が存在する)の中枢神経病変を推測し、その後MRI検査、髄液検査、電気生理学的検査によって診断されます。
現在、多発性硬化症(MS)の診断には、McDonald診断基準と呼ばれるMRIの基準が一般的に用いられています。この基準は、MSの特徴的な病変を見つけることや他の疾患※を除外することを考慮しています。
MRIの所見が特に重要であり、臨床症状の再発がなくても、MRIで新たな病巣が確認されれば再発と判断され、早期治療が行われます。
※多発性硬化症(MS)と似た症状をもつ他の疾患
視神経脊髄炎、抗MOG抗体関連疾患、急性散在性脳脊髄炎、再発性急性散在性脳脊髄炎、悪性リンパ腫、脳血管炎、膠原病、神経ベーチェット病、神経サルコイドーシス、神経寄生虫症、 神経梅毒、進行性多巣性白質脳症、脳血管障害、HTLV-1関連脊髄症、自己免疫脳炎(傍腫瘍神経症候群含む)、脳梗塞、ミトコンドリア脳筋症、アミロイド血管症、CADASIL、亜急性連合性脊髄変性症、白質ジストロフィー、脳腫瘍、頸椎症性脊髄症、脊髄空洞症 など
多発性硬化症(MS)の治療方法
多発性硬化症(MS)の治療は、急性期の治療、慢性期における再発進行防止の治療、対症療法、リハビリテーションに分かれます。
(1)急性(増悪)期の治療
副腎皮質ホルモン大量点滴静注療法(ステロイドパルス療法)
急性な症状が現れた際に使用される治療法で、副腎皮質ステロイドホルモンを大量に点滴することで炎症を抑えます。
血液浄化療法
パルス療法が改善しない場合や急激な悪化が見られる際に採用され、血漿交換療法が行われることがあります。
(2)慢性 (進行) 期における再発進行防止の治療
予防薬として、インターフェロンβ注射薬(ベタフェロンおよびアボネックス)、フィンゴリモド(イムセラまたはジレニア)、ナタリズマブ(タイサブリ)などが使用されます。これらは点滴薬、自己注射薬、飲み薬として患者によって使いやすい形態があります。
また、多発性硬化症(MS)の再発を引き起こす可能性が高まるストレスや過労、感染症などを避けるように患者にアドバイスすることも重要です。
(3)対症療法
鎮痛薬、抗てんかん薬、抗うつ薬などが症状に応じて使用されます。
(4)リハビリテーション
回復期から慢性期にかけて非常に重要であり、訪問リハビリテーションも含め、患者の状態に合わせてリハビリテーションが行われます。
多発性硬化症(MS)に関連する社会資源・制度
多発性硬化症(MS)は、厚生労働省の定める「指定難病」であり、「難病医療費助成制度」の対象疾病です。MSに関連する社会資源・制度は、以下のようなものがあります。
(1)医療
・難病法に基づく医療費助成制度
・重度障害者医療費助成制度
(2)機能訓練
・病院の機能訓練
・障害者総合支援法に基づく自立訓練(機能訓練)
(3)日常生活の移動・移乗を支援する補装具, 福祉用具貸与と
・障害者総合支援法に基づく補装具費の支給 日常生活用具の給付等 (車椅子, 特殊寝台他)
(4)住宅改修
・重度心身障害者(児) 住宅改修費給付事業等 (手すり, スロープの設置)
(5)日常生活動作(入浴、行為,整容, 食事) の介助
・障害者総合支援法に基づく居宅介護
(6)住まい
・障害者総合支援法に基づく短期入所(ショートステイ)
(7)就労支援 相談支援
・障害者総合支援法に基づく就労移行支援・相談支援
難病医療費助成制度については、こちらの記事も参考にしてみてください。
在宅療養における多発性硬化症(MS)の特徴
在宅医療の役割は、「慢性期における在宅療養支援」と「急性増悪の早期発見」に集約されます。
そのため、医師は訪問診療を行う医師と、多発性硬化症(MS)に専門的に取り組む脳神経内科医との「二人主治医制」の体制が理想的です。
(1)慢性期における在宅療養支援
多発性硬化症(MS)の慢性期における在宅療養支援では、以下の点が重要です。
多職種アプローチ
他の疾患同様に、多くの専門家が連携してアプローチすることが必要です。訪問診療医や訪問看護師は、例えば糖尿病などの合併症の管理や尿道留置カテーテルなどのケア、療養生活へのアドバイスを行います。状態に応じて、訪問リハビリテーションや訪問薬剤師(薬剤管理指導)とも連携が重要です。
生活援助
介護支援専門員(ケアマネジャー)、訪問介護士(ヘルパー)、福祉用具業者だけでなく、難病指定されているMSにおいては、医療ソーシャルワーカーや相談支援専門員、行政なども含め、社会資源や福祉制度、医療費の助成に関する相談が必要です。
心理面への配慮
MSは平均発症年齢が比較的若く、様々な症状が再発・寛解を繰り返すため、抑うつなどが起こりやすいです。個々の患者とその家族に対して、心理的なサポートが必要です。
レスパイト入院の検討
家族の介護負担や本人・家族の意向を考慮し、レスパイト入院(一時的な施設入所)も検討されるべきです。
(2)急性増悪の早期発見
多発性硬化症(MS)では、急性増悪や再発の際にはステロイドパルス療法などが適応されます。この治療の適切なタイミングを逃さないようにすることが重要です。
特に訪問看護師と訪問診療を行う医師は協力して、定期的な診察や血液検査を行い、発熱などの初期対応も含めて感染症の早期発見と治療に努めます。また、MRIなどの画像検査や脳神経内科専門医の受診の必要性を判断します。
訪問看護導入時における留意ポイント
多発性硬化症(MS)の利用者の訪問看護導入時には、以下のポイントに留意することが重要です。
(1)利用者の日常生活と不安の確認
利用者が日常生活でどのような困りごとや不安を抱えているかを確認します。同時に、療養者本人や周囲の支援者の強みを活かし、改善に向けて協力できるようにします。長期的な視点をもち、継続的なサポートを提供します。
(2)再発や進行の予防行動の取り入れ
利用者が再発や障害の進行を最小限にとどめるための予防行動を、日常生活に組み込むサポートを行います。生活習慣や運動、食事などの面でのアドバイスを通じて、利用者が健康を維持しやすい環境を整えます。
(3)医師の説明と理解の確認
利用者が疾患や治療、病態について医師からどのような説明を受け、それをどの程度理解・受容しているかを確認します。必要に応じて、不明点や疑問点に対する補足的な説明や情報提供を行い、利用者と家族が治療計画やケアについて理解を深めるサポートを行います。
訪問看護師に求められる利用者への視点
訪問看護師は、多発性硬化症による再発や障害の進行をできる限り抑制し、療養者本人と家族が意欲をもって、在宅での療養生活を送ることを支援します。
そのため、訪問看護師は、多発性硬化症(MS)の利用者に対して以下の点に留意する必要があります。
(1)残存機能を活かす視点
多発性硬化症の利用者は麻痺、感覚性障害、視覚障害、排泄障害など多彩な症状を経験します。再発と寛解を繰り返しながらも、障害が蓄積されるため、訪問看護師は残存している機能を活かす視点を大切にします。
(2)症状の多様性と不安への理解
MSの症状が多彩であり、また症状の予測が難しいことから、利用者は理解が難しく不安を感じることが多いです。訪問看護師は患者の心情に共感し、不安に対するサポートを提供します。病状の変化に敏感に対応し、適切な情報提供とコミュニケーションを通じて利用者を支えます。
(3)若年発症とライフステージの課題への理解
MSは若い年齢から発症し、就業、結婚、妊娠、親の介護など各ライフステージにおける課題が重なることがあります。訪問看護師は心理・社会的側面を考慮し、患者がこれらの課題を乗り越えるためのサポートを提供します。ライフプランの変更や調整が必要な場合には、柔軟かつ包括的なサービス提供が求められます。
多発性硬化症(MS)の利用者への支援のポイント
訪問看護における多発性硬化症(MS)の利用者への支援のポイントは、以下になります。
(1)疾患の類型と経過の予測
一次性進行型、二次性進行型、再発寛解型など疾患の類型に応じて、将来の経過を予測し、症状に適した医療処置、日常生活支援、リハビリテーションを提供します。
(2)ケアチーム体制の構築
療養者と家族が安全に在宅療養生活を送れるよう、長期的な視点をもってケアチームを構築します。医師、看護師、リハビリスタッフなどと連携し、総合的かつ効果的なサポートを提供します。
(3)薬剤管理の確実性と副作用への注意
ステロイド薬、免疫抑制薬、インターフェロンベータ製剤などの使用時には、確実な薬剤投与が不可欠です。服薬管理状況と効果を常に把握し、予測される副作用に敏感に対応します。
(4)治療方法の理解と不安軽減
利用者に治療方法を正しく理解させ、不安を軽減するために、丁寧で分かりやすい情報提供とコミュニケーションを心がけます。
(5)安定した状態の維持
再発を誘発しやすいストレス、過労、感染、外傷、炎症、過度の日焼けなどを避け、療養者が安定した状態を維持できるように配慮します。
(6)家族や支援者への理解促進
療養者だけでなく、家族や周囲の支援者にも疾患の特徴や症状のコントロールの理解を促し、協力を得ながら在宅生活を続けるためのサポートを提供します。
まとめ
今回は、多発性硬化症(MS)をテーマにその概要から症状と訪問看護による在宅での支援のポイントなどについてお伝えしました。
多発性硬化症(MS)は、同じ症状を呈する患者が2人としていないほど多様な症状を持つため、訪問看護師による観察とアセスメントが非常に重要です。
また、MSは他の神経難病と比べて若年成人の発症率が高く、就学や仕事に関する悩みや不安も大きいことにも配慮する必要があります。
障害が軽く症状が落ち着いていても、いつ再発がおこるのかという不安を抱えていることが多く、入院期間だけでなく、寛解期における在宅での生活を含め全般にわたる利用者への支援が必要です。
本記事が訪問看護事業に従事される方や、これから訪問看護事業への参入を検討される方の参考になれば幸いです。