がんの化学療法とは、化学療法剤(抗がん剤、化学物質)を使ってがん細胞の成長や増殖を抑えたり、がん細胞を破壊したりする治療法です。
近年の化学療法の進歩は目覚ましく、短期入院後に通院治療で化学療法を受けながら在宅で療養するケースが増えています。
化学療法を受ける患者は、様々な副作用症状が出現する時期を自宅で過ごすことになり、治療による身体的・精神的な苦痛を伴いながら日常生活を送ります。
そのため、訪問看護師には副作用症状のマネジメントや患者の個々の背景を理解し、できる限りその人らしい日常生活を送るための支援や調整が求められます。
今回は、在宅におけるがんの化学療法をテーマに使用される薬剤、副作用など基礎知識から、在宅で化学療法を受ける患者の特徴、そして支援内容やアセスメント項目などについてお伝えします。
がんの化学療法とは
がんの化学療法とは、薬物療法とも呼ばれ、抗がん剤、分子標的薬、ホルモン製剤、免疫作用薬などを用いた治療の総称です。
全身的な効果を期待して行われ、主に点滴などの経静脈投与や経口での内服が行われます。
化学療法はがん治療において、手術療法、放射線療法と並ぶ三大治療の1つであり、現在では多数の抗がん薬があり、通常は複数の薬剤を組み合わせた併用療法が行われています。
化学療法に用いられる薬剤の特徴
化学療法に用いられる薬剤は、以下ような種類と特徴があります。
1. 細胞傷害性抗がん薬
化学療法には、ほとんどの場合、細胞傷害性抗がん薬が使われます。この薬は、DNAの合成や細胞の分裂を妨げることで、がん細胞の成長や増殖を抑えます。
一般的な薬には、治療効果が出る量(治療域)と副作用が出る量(有害反応域)の間に差があります。しかし、細胞傷害性抗がん薬では、治療域と有害反応域が非常に近いため、治療の効果が出ると同時に副作用も現れやすい特徴を持ちます。
そのため、治療の効果を期待すると同時に、副作用への対策も必要になります。
2. 分子標的治療薬などその他の抗がん剤
細胞傷害性抗がん薬とは異なる仕組みでがん細胞に作用する抗がん薬もあります。これらの薬は、似たような副作用があっても、発現の仕方が異なる場合もあります。
他の抗がん剤の中でも代表的な分子標的治療薬は、がん細胞の浸潤・増殖・転移に関わる特定の分子が解明され、それに選択的に作用するように開発された薬です。
この薬は、がん細胞の増殖過程で細胞内に伝達される信号を遮断したり、細胞表面のタンパク質に結合して細胞の増殖を抑制します。
近年では、分子標的治療薬に細胞傷害性抗がん薬を結合させた薬も開発され、乳がんや胃がんの治療に用いられています。
化学療法の副作用
化学療法の副作用には以下のようなものがあります。
抗がん薬による副作用
細胞傷害性抗がん薬は、がん細胞の増殖や腫瘍の増大を抑制し、全身に効果が期待できる薬です。しかし、正常な細胞にも影響を及ぼし、さまざまな副作用を伴うため、非常に負担の大きい治療法です。
副作用には、患者にとって非常に苦痛であったり、致命的になり得るものが多く含まれます。感覚や運動機能の障害、外観の変化を伴うものもあり、生活の質(QOL)を低下させやすいため、十分なケアが必要です。
分子標的治療薬による副作用
正常細胞とがん細胞を区別せずに作用する細胞傷害性抗がん薬とは異なり、分子標的治療薬はがん細胞の増殖に関わる特定の分子に主に作用します。
しかし、分子標的治療薬の副作用を考えるとき、薬剤が標的とする分子が正常細胞にも存在している場合、その組織や臓器にも毒性が生じる可能性があるため注意が必要です。治療を中断・終了すると副作用が軽減することがあります。
抗がん薬の主な副作用と出現時期
細胞傷害性抗がん薬は、身体の各部位の細胞分裂速度に応じて強く作用し、そのため、副作用が異なる時期に現れます。
副作用の出現時期
時間経過 | 副作用 |
---|---|
投与日 | アレルギー反応 (過敏症、発熱、発疹、血圧低下)、急性悪心・嘔吐、血管痛、血管外漏出 |
2~3日 | 全身倦怠感、食欲不振、遅発性悪心・嘔吐、便秘、下痢 |
7~14日 | 口内炎、食欲不振、骨髄抑制 (好中球減少) |
数週間 | 脱毛 皮膚障害、色素沈着、神経障害、臓器障害 (心、肝、腎など)、間質性肺炎 |
数週間~数ヵ月 | 貧血、肺線維症、心毒性、神経障害 |
数年 | 2次発がん |
一方、分子標的薬など他の薬剤は、それぞれの作用メカニズムによってさまざまな副作用を引き起こします。
副作用は、抗がん薬を点滴で受けている間や治療後に生じることがあります。治療中は注意深く観察し、異常が早期に発見された場合は早めに対処するよう努めます。
抗がん剤による副作用の概要
副作用 | 症状・徴候 | 出現時期 |
---|---|---|
血管外 漏出 |
点滴部位の皮膚にあらわれる次の症状 ①発赤、腫脹、疼痛、灼熱感、 ②びらん、水疱形成、潰瘍化、壊死 |
①は治療中〜治療直後(数日後に発現することもある) ②は治療後数日~数週間 |
骨髓抑制 | ・感染に伴う症状: のどの腫れ・痛み、痰、下痢発熱など
・貧血に伴う症状 : 疲れやすい 息切れ、動悸など ・出血傾向: 歯磨きで出血する、鼻血、皮下出血など |
・白血球減少: 数日~1週間で始まり 2週間後 で回復する・赤血球減少: 数週間~数ヵ月間かけて徐々に減少 ・血小板減少 : 1~2週間 |
悪心・嘔吐 | 抗がん薬点滴前、点滴中、点滴後に吐き気を催したり、実際に嘔吐する 発症のタイミングにより3つに分類される ①急性悪心・嘔吐 ②遅発性悪心・嘔吐 ③予測性悪心・嘔吐 |
①抗がん薬点滴後24時間以内 ②抗がん薬点滴後24時間以降、数日間 ③抗がん薬点滴前 |
便秘 | ・便が硬くなる ・排便回数や量が少なくなる ・便が出ない |
治療当日~ |
下痢 | ・排便回数の増加 ・軟便、水様便の排泄 |
・コリン作動性下痢※1:抗がん薬投与開始後24時間以内
・腸管粘膜傷害による下痢※2:抗がん薬投与開始後24時間以降 |
神経障害 | ・中枢神経障害 精神症状や神経症状※生命にかかわる重篤な障害となることがある
・末梢神経障害 四肢末端のしびれ感、感覚鈍麻や感覚過敏 ※ボタンがかけにくい、ものがうまくつかめない |
数週間~数ヵ月間 ※抗がん薬の蓄積投与量の増加に伴い症状が発現、増強する |
皮膚障害 | ・乾燥、色素沈着、紅斑、皮疹、痒、皮膚落屑、びらん、紅斑を伴う疼痛
・爪甲障害(変色や変形)、脱毛 |
数日~数週間 |
口内炎 | ・口腔粘膜や舌の乾燥、発赤、腫脹、潰瘍、痛み ・会話がしにくい、口を動かしにくい ・嚥下しにくい ・味覚の変化 |
数日~14日間 |
※1 コリン作動性下痢:これは一過性の早発性下痢のことです。抗がん薬によって副交感神経が刺激され、腸の動きが活発になり、腸からの水分吸収が障害されることで下痢が起こります。特にイリノテカン塩酸塩水和物では、大量のコリン作動性下痢が生じることがあります。
※2 腸管粘膜傷害による下痢:これは、抗がん薬の投与開始後24時間以降から数日後に出現する下痢(遅発性下痢)です。抗がん薬やその代謝物によって腸管粘膜が傷害されることが原因と考えられています。
抗がん薬は、細胞が速く分裂する部位に最も影響を及ぼします。そのため、副作用が現れる時期は細胞分裂の速度に応じて異なり、患者は時間の経過とともに複数の副作用を経験することになります。
がんそのものの症状による苦痛や心身の機能低下も起こり得ることに加えて、副作用症状を病状の進行によるものと誤解する可能性も考慮していく必要があります。
化学療法を受ける患者の特徴
化学療法を受ける患者は、がんの縮小効果を期待しながら治療しますが、副作用によって身体的、心理的、社会的な苦痛を経験します。
また化学治療はがんの進行を抑えたり治癒を目指せる一方で、副作用が強く新たな苦痛を引き起こすことがあります。
このため、患者のQOLが低下し治療継続の意欲が減少することもあります。副作用を最小限に抑え、日常生活を再構築するために、多方面からの支援が必要です。
治療継続ためのセルフケア支援
近年、在院日数の短縮や外来での治療管理に対する診療報酬の導入など、医療経済的な理由と、副作用への対策が進んだことから、化学療法は外来で行われることが増えています。
入院して治療を受ける場合でも、抗がん薬の点滴が終わるとすぐに退院し、様々な副作用が現れる時期を自宅で過ごすことが多く、患者自身や家族が副作用の予防や早期発見・早期対処を行えるようなセルフケア支援が重要になります。
そのため、訪問看護師には、様々な患者背景を考慮し、個々の患者に適した情報提供を工夫することが求められます。
副作用によって日常生活が妨げられていることを把握し、患者が望むライフスタイルを可能な限り叶えられるよう、副作用マネジメントの方策を検討することは、日常生活の再構築を支援することにつながります。
化学療法を受ける患者の意思決定支援
化学療法を受けるがん患者は、病気の経過の中で、受ける医療の方向性や治療を受ける場所など何度か重要な意思決定を行う場面に遭遇します。
① 治療法の選択
がんであることと病状および治療方針の説明を受けた後、治療法を選択する場面
② 再発・転移時の治療再開
経過観察中であったが、再発・転移のために治療再開を検討するとき
③ 治療方針の変更
受けている化学療法の効果がなく病状が悪化した場合の治療方針変更時
④ 緩和医療への移行
抗悪性腫瘍治療から緩和医療中心の治療となる場面
それぞれの意思決定の場面で、これまで大切にしてきた価値観や信念が脅かされたり、人生設計を変更する必要が生じるなど、患者・家族にとって非常に重要な意思決定を迫られることになります。
そのため十分な精神的支援を受けながら、納得して選択できるように配慮することが大切です。
※在宅療養における意思決定支援についてはこちらの記事も参考にしてみてください。
がん化学療法を受ける利用者への支援の方針
がん化学療法を受ける利用者への支援の方針として、化学療法に使用される薬剤、起こりうる副作用、および化学療法を受ける患者の特徴をふまえて以下のように考えていく必要があります。
1. 適切な治療環境の整備
使用する薬剤の特性を考慮してがん化学療法の特性を理解し、適切な投与管理を行います。同時に、副作用による苦痛を緩和し、患者が安全で快適な治療を受けられるような環境を整えます。
2. 患者の治療参加支援
治療に積極的に参加できない場合、適切な副作用対策のセルフケアが難しくなり、治療の意義が見えにくくなります。そこで、患者と一緒に治療の意義を考え、患者が主体的に治療に参加できるように支援します。
3. 長期的にわたる治療への継続支援
治療計画を理解し、治療中の苦痛を最小限に抑え、治療後の生活をサポートするために、術前補助化学療法や術後補助化学療法などの長期治療が行われます。
これらの治療はがん治療を長期化させますが、スケジュール通りに治療を行うためには心身のサポートが欠かせません。再発・転移治療でも、効果がある限り化学療法を続けるため、長期的な治療の支援が重要です。
※在宅におけるがん慢性期の支援についてはについてはこちらの記事も参考にしてみてください。
化学療法を受ける患者へのアセスメント項目
看護師は患者の日常生活を支援する立場から、なぜこの治療が適応となるのか、患者が治療を受けるために心身の準備ができているのかを理解しておきます。
また、抗がん薬の投与後は、時期に応じてさまざまな副作用症状が出現します。そのため、副作用が患者に及ぼす影響を理解し、侵襲の大きな治療に携わる準備をします。
各々の副作用の好発時期を把握し、自覚症状や血液検査データ、日常生活動作や生活パターンなどの変化をモニタリングして、患者の状況に応じた副作用症状の管理や支援を検討することが重要です。
それでは、化学療法を受ける患者へのアセスメント項目について(1)身体的側面、(2)日常生活の側面、(3)認知・心理的側面、(4)社会・経済的側面からみていきます。
(1)身体的側面
治療前には、副作用発現のリスクをアセスメントをおこない抗がん薬に伴う副作用症状を早期に発見、対処します。
情報収集項目 | 情報収集のポイント |
---|---|
治療内容・薬剤のアセスメント ①疾患と治療計画 ②使用する薬剤の特徴 ③副作用発現のリスク |
・診断名、病期、治療目的、レジメン名、予定コース数、治療期間と休薬期間、投与経路 ・予測される副作用の種類 ・頻度、程度、時期など ・年齢、パフォーマンスステータス (PS)、主要臟器 |
患者のアセスメント ①全身状態 ②過去の治療歴 |
・機能(血液検査データ、心肺機能など)、バイタルサイン ・口腔内の状態、末梢血管の状態 ・既往歴、アレルギー歴 ・がん以外の合併症 (糖尿病、心疾患など) ・疼痛などの苦痛症状 ・治療内容と効果、出現した副作用とその経過 副作用への対処方法 |
検査データ(治療当日、治療後) | ・白血球数、好中球数、血小板数、ヘモグロビン値、CRP、ALT、AST、T-Bil、腎機能 |
即時型副作用の有無と程度(治療中) | ・血管外漏出、過敏反応 インフュージョンリアクション、急性悪心・嘔吐 |
遅発性副作用の有無と程度 (治療後) | 遅発性や予測性の悪心・嘔吐、神経障害、発熱、便秘、下痢、皮膚障害 口内炎、倦怠感 |
(2)日常生活の側面
副作用症状が日常生活に及ぼす影響をアセスメントします。
情報収集項目 | 情報収集のポイント |
---|---|
食事 | ・食事内容と量、嗜好の変化 |
活動休息パターンの変化 | ・睡眠や休息が十分とれているか |
日常生活動作の遂行 | ・副作用症状が日常生活に及ぼす影響 |
(3)認知・心理的側面
がんや治療への心理的な反応をアセスメントします。
情報収集項目 | 情報収集のポイント |
---|---|
治療に対する理解内容および受け止め方 | ・意思決定までの過程、病状や治療に対する思いや理解・認識内容、元来の価値観自己イメージの変化 |
セルフケア能力 | ・起こりうる副作用についての理解内容、副作用対策の重要性の認識内容、セルフモニタリング項目の理解、セルフケアに関する教育内容とその理解、家族や他者からサポートを得ることに対する考え方 |
(4)社会・経済的側面
治療や副作用によって生じる身体的・心理的な変化が社会的状況に及ぼす影響をアセスメントします。
情報収集項目 | 情報収集のポイント |
---|---|
日常生活と社会的役割・ソーシャルサポートの存在 | キーパーソンは1人とは限らず、複数いることもある. 情緒的サポートと治療中の生活へのサポートをする人が異なることもある. |
家族構成、キーパーソンとその役割 |
まとめ
今回は、在宅におけるがんの化学療法をテーマに使用される薬剤、副作用など基礎知識から、在宅で化学療法を受ける患者の特徴、そして支援内容やアセスメント項目などについてお伝えしました。
がん治療において手術や放射線は局所的な治療であるのに対し、化学療法は、がんの増殖を抑えたり、転移や再発を防ぐ目的で治療が行われます。
がんを完全に治すことができない場合でも、化学療法は生存期間を延ばし、痛みや症状を和らげることが期待されます。
在宅におけるがんの化学療法は、患者の生き方やこれからの人生に影響を与えるため、訪問看護師には、治療の目的を理解して利用者、家族を支援していくことが求められます。
本記事が訪問看護事業に従事される方や、これから訪問看護事業への参入を検討される方の参考になれば幸いです。