国は、2025年をめどに、人生の最期まで自分らしい生活を続けられるよう「地域包括ケアシステム」の構築を推進しています。
住み慣れた自宅で、生活者として最期を迎えるために、訪問看護師が果たす役割は非常に大きいといえます。
在宅療養をされる方のケアだけでなく、在宅で最期を迎える方に対してのエンゼルケアも訪問看護の大きな役割の一つです。
本コラムでは、訪問看護におけるエンゼルケアの目的や方法、心得るべき考え方について解説します。
エンゼルケアをおこなう3つの理由
エンゼルケアとは、日本語で表現すると死後の処理のことを差します。利用者が亡くなった後に、医療機器抜去後の手当や清拭・保湿、衣服の着替え、メイクなどを通じて、身だしなみを整えることを意味します。
エンゼルケアをおこなう3つの理由を解説します。
(1)生前の面影を保ち、故人の尊厳を守る
エンゼルケアで、その人らしい外観を整えることで家族は、「きちんと最後のケアをしてあげた。故人が美しい姿で最後の別れを迎えることができた」という満足感や納得感を得ることができます。
また、終末期には体力が低下し、適切な清拭や着替えが難しい場合もあります。長い闘病の間にできた傷跡や医療機器の痕跡が残っているかもしれません。こうした点を考慮し、エンゼルケアでは故人の外見を整え、生前の面影を保つことによって、故人の尊厳を守る役割が果たされます。
(2)遺される家族の心のケア
エンゼルケアは、家族にとっても悲嘆を軽減する大切な意味を持ちます。ご遺体をきれいに整えること、清拭や衣装の着替えなどエンゼルケアの一部を遺族自身がおこなうことが喪失の悲嘆を和らげ、死と向き合う大切なプロセスとなるのです。
人生の最後の姿を美しく整えることは、故人の人格や尊厳を守ると同時に、遺される方の心のケアにもつながります。
(3)感染症予防
感染症の予防の観点からも、エンゼルケアは非常に重要です。故人の遺体が適切に処理されない場合、細菌や病原体が繁殖し、感染症のリスクが高まる可能性があります。
またご遺体は死後時間が経過するにつれて、硬直や腐敗が進みます。体液や排出物などが流出することによる遺族や関係者への感染を防ぐためにも適切な処置が欠かせません。
エンゼルケアを通じて、遺体の処置を適切に行うことで、感染症の拡散を防ぎ、健康と安全を守る役割を果たすのです。
訪問看護師にとってエンゼルケアが不可欠なケア領域になる理由
エンゼルケアを担当する人物は、故人の家族の希望や亡くなった場所によって異なることがあります。
例えば、葬儀会社のスタッフや納棺師がエンゼルケアを行うこともあります。また、病院や介護施設で亡くなった場合には、看護師がエンゼルケアを担当することが一般的です。
在宅で亡くなる場合、故人の身の回りの世話やケアを行う責任が家族や関係者にかかることが多いため、エンゼルケアが重要な位置を占めるからです。
近年では、在宅で最期を迎える方々が増加していることもあり、エンゼルケアは、訪問看護師にとって不可欠なケア領域となりつつあります。
訪問看護師は医療知識やケア技術に精通しており、遺体の処置や清拭、身だしなみの整えなどを適切に行うことができます。
また、訪問看護師は患者や家族との信頼関係を築いている場合が多く、故人の遺族に対するサポートやアドバイスを提供することも可能です。
エンゼルケアで用意するもの
在宅でのエンゼルケアをおこなうときには、あらかじめ用意していた服、きれいな下着を家族に用意してもらい、体をきれいにするためのケア用品も一式必要となります。
・服・下着
・洗面器(バケツ)、お湯
・口腔ケア
・石けん
・シャンプー&リンス
・ドライヤー
・タオル
・陰洗ボトル
・ゴミ袋など
エンゼルケアの内容
・医療機器の抜去や創傷の処置
・内容物・排泄物の排出
・全身の保清や洗髪
・着せてあげたい衣服への着替え
・ひげ剃りやエンゼルメイク
・身体の冷却
在宅でのエンゼルケアの手順の一例
エンゼルケアの手順の一例をご紹介いたします。ケアの中身や手続きは、故人の状態や家族の希望、施設のガイドライン、地域の習慣などによって異なることがあります。
家族と患者の時間を尊重しながら、可能であれば死後1~3時間の間にケアを開始します。遺体の腐敗を防ぐために、冷房や通風などを利用して室内温度を調整することが大切です。
(1)事前説明と確認
エンゼルケアの流れの最初のステップは、「事前説明と確認」です。このステップでは、ケアを開始する前に、遺族に対してケアの内容を丁寧に説明します。さらに、医療器具を取り外した後の処置の程度や、清拭や着替えなどの一部のケアに遺族が参加するかどうかについても確認します。
この説明と確認の過程は、遺族とのコミュニケーションを大切にする一環です。遺族の意向や希望を尊重し、エンゼルケアの内容を理解してもらうことで、故人への最善のエンゼルケアが提供されることが目指されています。医療器具の取り外し後の処理の範囲や、遺族が行うことを希望する部分についての明確な合意が得られるようにします。
このステップによって、遺族との信頼関係が築かれ、エンゼルケアのプロセスが円滑に進行することが期待されます。遺族がエンゼルケアに関与することを望む場合には、その希望に沿った形でエンゼルケアが行われるように配慮することが重要です。事前の説明と確認が、エンゼルケアの始まりをスムーズかつ尊重されたものにする一助となります。
(2)使用していた管を抜去
医師と家族の了解を得た上で、点滴やバルーンなどの医療器具を取り外すプロセスです。このステップでは、点滴の抜去やストーマのケアを行います。
まず、医師と家族との間で確認を取り、医療器具を安全に取り外すことが確定します。点滴抜去部は適切に固定し、ストーマの場合は新しいバウチに交換します。
家族の感情に配慮しつつ、通常は家族の同席なしで手順を進めることが一般的です。
(3)排泄物をすべて出す
このステップは、家族が退室した後に行われます。排泄物が遺体から排出されるのを支援し、下腹部を圧迫して尿を排出し、必要であれば摘便を行います。また、遺体の腐敗を防ぐために胸部や腹部にドライアイスを使用します。
最初に、家族にはこの作業のために一時的に退室してもらいます。その後、排泄物が遺体から効果的に排出されるように、下腹部を圧迫して尿を排出します。排泄物が残らないようにするために、摘便を行う場合もあります。これにより、遺体ができる限り清潔な状態で保たれます。
同時に、遺体の腐敗を防ぐために、胸部や腹部にドライアイスを使用して冷却を行います。腐敗の進行を抑えることで、遺体ができるだけ長く安定した状態を保つことができます。
(4)口腔・鼻腔・眼のケアをする
口腔、鼻腔、眼のケアをおこないます。以下にその詳細を説明いたします。
口腔のケア
口腔内を清潔に保つために、口腔ジェルなどを使用して洗浄を行います。また、ワセリンなどで唇を保湿することで、快適な状態を維持します。必要に応じて、義歯を装着することも考慮されます。
鼻腔のケア
鼻腔内を清潔に保つために、綿棒を用いて清拭を行います。また、目脂(目やに)も拭き取ります。これにより、鼻腔の快適な状態が維持され、清潔感が保たれます。
眼のケア
まぶたをクリームでマッサージし、眼を閉じるように整えます。これにより、眼の周りの緊張を緩和し、故人の表情を穏やかに整えます。
(5)傷、褥瘡の処置をする
傷や褥瘡の処置: まず、傷や褥瘡を洗浄します。その後、保護剤を貼付して傷口を保護します。小さい傷の場合は、ガーゼとフィルムだけを使用することができます。しかし、進行していて出液が多い傷の場合は、ガーゼとフィルムを貼付した後に、オムツを使用して保護します。これにより、傷や褥瘡が適切に保護され、感染などのリスクを最小限に抑えます。
このステップでは、故人の体に存在する傷や褥瘡を適切にケアすることが重要です。洗浄と保護剤の使用により、感染や炎症を防ぎつつ、傷や褥瘡が正しく処理されることが確保されます。故人の快適さと尊厳を守るために、適切な処置が行われるよう配慮されています。
(6)全身の清拭&整髪をする
全身の清拭と整髪
家族に入室してもらい、故人の全身を清拭します。お湯で絞ったタオルを使用して、故人の体全体を丁寧に清拭します。また、ひげの剃り込みや洗髪も行います。必要であれば、ドライシャンプーを使用することも検討されます。
皮膚の保湿
その後、故人の皮膚が乾燥しないように、ワセリンなどの保湿剤を使用して保湿を行います。これにより、故人の皮膚を健康的な状態に保ち、快適な最後の瞬間を提供します。
このステップでは、故人の外見と肌の状態を整えることが主な目的です。清拭と整髪を行うことで、故人が清潔な状態で最後の瞬間を迎えることができます。
また、皮膚の保湿は乾燥を防ぎ、快適さと尊厳を保つために欠かせません。
(7)エンゼルメイクを施す
故人の最後の外見を整えるためにエンゼルメイクが行われます。以下でその内容を詳しく解説します。
エンゼルメイクの手順
まず、再び家族に同席してもらいます。故人の顔を保清(保湿清拭)し、その後マッサージを行います。必要に応じて保湿も行い、肌の健康を保ちます。その後、ファンデーションを使用して額、頬、あご、耳たぶ、そして爪にチークを施します。
目的と意義
エンゼルメイクは故人の最後の瞬間を美しく整え、尊厳を守るための重要な工程です。故人が清潔で美しい状態で家族や友人に見送られることは、遺族にとっても故人への敬意と感謝を示す方法です。
このステップでは、故人の外見の整えることにより、最後の別れがより穏やかで心温まるものとなるよう配慮されています。家族との共同作業によって、故人の尊厳が保たれ、故人への感謝と愛情が表現される重要な瞬間となります。
エンゼルケアの料金
エンゼルケアの料金は、葬儀屋の場合、5万円から20万円とプランによって金額が異なります。一方、医療機関でエンゼルケアを受ける場合、1万円から2万円程度が一般的な相場です。訪問看護においても、多くの事業所がこの範囲内で料金を設定しています。
エンゼルケアは亡くなった方を対象とするケアであり、医療保険や介護保険の適用対象外です。そのため、料金は全額自己負担となり、消費税などが課税対象となります。
家族への事前のエンゼルケアの説明
エンゼルケアは、死後数時間以内に迅速に行う必要があります。
そのため、事前にご家族との間でおおまかな処置内容や料金について説明し合意を得ておくことが非常に望ましいです。
これにより、後々になって「この処置は亡くなった方の意向に合わなかった」といったトラブルを未然に防ぐことができます。
事前に説明を行うタイミングは慎重に考慮する必要があります。
契約を進める際や看取りの話が出た際、また利用者の体調が著しく悪化した際などが適切なタイミングです。このような状況では、家族が落ち着いて話を聞くことができる状態であるため、説明が受け入れやすくなります。
事前に説明を行うことで、家族がエンゼルケアの内容や費用について正確な理解を持ち、合意した上でケアが行われることが保証されます。これにより、故人の最後の状態が家族の意向に沿ったものとなり、トラブルや誤解を未然に防ぐことができます。
エンゼルケアを行う際に注意すべきこと
(1)本人やご家族の意向や希望を尊重する
エンゼルケアを提供する際には、本人やご家族の意向や希望を最優先で尊重することが大切です。家族の意向や希望は多様であるため、ケアの内容や進め方に関しても個々の要望を考慮します。
特に宗教的な信念や民族的な習慣に基づく希望については、丁寧に確認することが必要です。何を行うべきか、何を行わないべきかについての指針を確認し、それに従ってケアを提供するよう努めます。
(2)ご家族への声がけを大切にする
エンゼルケアを行う際には、家族への声がけが重要です。家族の状態や感情を観察しながら、適切なタイミングで声をかけます。例えば、「よければ一緒にお身体を拭いてみませんか?」などの声がけを通じて、家族がケアに参加することを提案します。
このような声がけによって、家族とのコミュニケーションが深まり、故人への最後のケアを家族と一緒に行うことができます。
総じて、エンゼルケアの提供においては、本人やご家族の意向を尊重し、家族とのコミュニケーションを大切にすることが、故人と家族にとって穏やかな最後の瞬間を創り出すために重要です。
まとめ
エンゼルケアは、訪問看護師の専門領域として、在宅での最期を支える重要なケアです。自宅で心地よく最期を迎えることは、その人らしい尊厳を守る手助けでもあります。遺族の心のケアや感染症予防も含め、エンゼルケアは大きな意義を持ちます。
訪問看護師は、エンゼルケアを通じて、亡くなった方やその家族に寄り添い、敬意と思いやりをもってケアを提供します。生前の面影を守り、心を温めるお手伝いをすることで、その家族の支えとなります。
皆さんの尽力によって、エンゼルケアは家庭内での最期を穏やかなものにし、愛と感謝に満ちた瞬間を作り出す大切な役割を果たしています。訪問看護師として、このエンゼルケアの道を歩む皆さんの存在は、何よりも価値あるものです。家族の方々に心の支えとなり、故人の最期を心から大切に扱っていく姿勢こそが、このケアの真髄です。
参考文献:ナースのためのやさしくわかる訪問看護
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