在宅療養中によく耳にする悩みの一つが、「食べてくれない」というものです。食事は単なる生命維持の手段だけでなく、療養生活の喜びであり、脳の活性化や身体機能、嚥下機能などの生理機能の維持にも不可欠です。
訪問看護師には、利用者の摂食嚥下機能に関するアセスメント(評価)が求められます。なぜ食べられないのか、どのようにして食事摂取力を向上させるかなど、正確なアプローチが重要です。
今回は、訪問看護の摂食嚥下機能のアセスメントをテーマに訪問看護の役割から嚥下障害の原因やメカニズム、評価方法、注意すべきポイントなどをお伝えします。
摂食・嚥下障害における訪問看護の役割とは
訪問看護では、利用者の普段の食事内容や食事動作などを評価し、必要に応じて食事介助を行います。
その際、訪問看護師に求められているのは、単に食事の介助だけではなく、医学的な視点に基づく介助法や食形態の工夫、環境づくりに関するアドバイスです。
また、食事に限らず、体調不良による食欲低下や嚥下力低下による摂取量の減少などに対して、低栄養にならないように栄養補助食品の助言や情報提供をすることも訪問看護師の大切な役割です。
特に、摂食・嚥下障害の場合、十分なサポートが行われないと、誤嚥性肺炎や窒息、低栄養、脱水など、生命に危険をもたらす合併症が発生する可能性があります。
在宅療養中の利用者が安全に口から摂取できるようにするためには、訪問看護師が素早く摂食・嚥下機能に関する情報を収集し、判断して、限られた訪問回数や時間内で看護ケアを提供することが必要です。
そのためには、まずは利用者の摂食・嚥下障害看護の現状を把握(アセスメント)することが重要になります。
それでは、あらためて在宅療養における摂食・嚥下障害について詳しくみていきます。
摂食・嚥下障害とは
嚥下障害は、飲み込みの際に問題が生じる状態を指し、食物や液体の正常な嚥下が困難な状態を示します。
この障害は、喉や食道の筋肉や神経の損傷、疾患、加齢による変化などにより引き起こされ、患者が誤嚥(気管に入ること)や栄養不良、呼吸器疾患などの合併症に陥る可能性があります。
嚥下障害は、適切な評価と治療が必要であり、訪問看護師などの医療専門家が患者に適切なサポートを提供することが重要です。
摂食・嚥下障害の原因
摂食・嚥下障害には様々な要因が絡み合っておこるケースがほとんどですが、大きくは、以下の4つに分けることができます。
(1)機能的原因
嚥下に関係する器官や構造の動きが不良な場合
・舌炎やアフタ性口内炎 歯槽膿漏
・扁桃炎、咽頭炎、食道炎
・口腔・咽頭腫瘍、食道の腫瘍や狭窄
・口腔・咽頭部、 食道部の異物
・腫瘍などによる外部からの圧迫
・薬剤の副作用
(2)器質的原因
嚥下に関係する器官や構造そのものに異常がある場合
・パーキンソン病、筋ジストロフィー、 全身性エリテマトーデスなど
・食道アカラシア (食道の神経の異常によるぜん動運動の障害)
(3)心理的原因
うつ状態、心身症、拒食などが嚥下に影響を与える場合
・拒食
・心身症
・うつ病、うつ状態
(4)加齢
全身的な筋力低下による嚥下機能の低下や認知症などが発生する場合
・味覚や感覚の低下
・咀嚼機能の低下
・唾液分泌量の減少
・サルコペニア
嚥下運動のプロセスと嚥下障害のメカニズム
「摂食」は食事を摂ること、「嚥下」は飲食物を飲み込むことを指します。摂食・嚥下は、大きく分けて5つの時期に分けられており、無意識に行われる一連の動作を「摂食・嚥下の5期」とまとめて呼んでいます。
(1)先行期
視覚や匂いで食べ物を認識し、口へ運ぶ段階です。食べ物の硬さや形状から一口の量を判断し、この時点で唾液も分泌され、食事の嚥下プロセスが始まります。
(2)準備期
あご、舌、ほお、歯を協働させ、食べ物をかみ砕き、唾液と混ぜ、飲み込みやすいかたまり(食塊)を形成する段階です。
(3)口腔期(嚥下第1期)
ひとまとまりとなった食塊を、舌で咽頭へ送り込む段階です。このとき、軟口蓋が上がって鼻腔との通り道を遮断します。
(4)咽頭期(嚥下第2期)
食塊を咽頭から食道に送り込み、嚥下反射によりゴクンと飲み込む段階です。喉頭蓋が下がり、声門を閉じて誤嚥を防止します。
(5)食道期(嚥下第3期)
食道に入った食塊が食道の動運動と重力で胃に運ばれる段階です。食道入口の筋肉が収縮して、食塊の逆流を防ぎます。
摂食・嚥下障害の症状とは
嚥下障害では、主に以下のような症状がみられます。
嚥下障害の症状
食事中に みられる症状 |
・よくむせる ・咳が出る ・食事を始めると痰が多く出る ・飲み込みづらい、のどにつかえ感がある ・飲み込みやすいものだけを食べる ・口の中にいつまでも食べ物をためている ・上を向いて飲み込む ・汁物と固形のものを交互に食べる ・食べ物が口からこぼれてしまう ・食事中に疲れてしまう |
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食後や食事中以外に みられる症状 |
・食後によく咳が出る ・痰の中に食べ物が混じっている ・食べ物がのどに残っている感じがある ・食後に声が変化する、がらがら声になる ・摂取量が低下する(むせや飲み込みづらさのため) ・口の中に食べ物が残っている |
摂食嚥下機能のアセスメント方法とは
食事や水分が不足すると、体重が減少したり、皮膚の張りが減退するなどの症状が現れます。食べ方だけでなく、体の状態も考慮して摂食嚥下機能を評価することが重要です。
(1)食事内容&環境
食事の回数や量、利用者の食べるペースを最初に確認することが肝心です。さりげなく「どんな環境で、何をどのように食べているのか」を観察します。
家族の食事介助が適切かどうかや、上肢や手指の動きに異常がないかも注意深く確認します。また、「今日のメニューは何ですか?」などの質問を通じて、認知機能も確認します。
(2)嚥下機能
嚥下機能を確認する手軽な方法は、水を飲む際にのどぼとけ(咽頭隆起)を触診することです。飲み込むときに、のどぼとけが十分に挙上しているかを観察します。
より詳細な評価法としては、「改訂水飲みテスト」や「VE(嚥下内視鏡検査)」などがあり、これらを使用して少量の冷水を口に入れて嚥下させることができます。のどぼとけが上前方に適切に動いていれば問題ありません。
(3)水分量
訪問介護員や家族に記録をつけてもらい、「IN(飲水量)」と「OUT(排泄の量)」のバランスをチェックします。
普段使用しているコップの容量を確認し、「容量250mLのコップで3杯」などと計算することで、正確な量が把握できます。1日の飲水量目安として1Lを考慮します。
摂食嚥下機能の評価は、必要に応じて歯科衛生士や言語聴覚士(ST)などの専門家に依頼するか、医師にVE(嚥下内視鏡検査)をしてもらうことがあります。
こんな時は、主治医に報告しましょう
肺や頸部の音を聞いて、ゴロゴロという音がしたり、呼吸音が聞こえにくい部位があれば、誤嚥を疑いましょう。ガラガラ声やかすれ声は、唾液の誤嚥や喉頭残留物の可能性があります。
また、発熱があった場合は誤嚥性肺炎の疑いがあります。呼吸音やSpO2の値、呼吸困難の有無を確認し、主治医に報告します。
嚥下機能の低下により水分摂取量が減少し、尿路感染症や脱水が起こる可能性も考えられます。そのため、水分摂取量や尿の性状、においについても報告します。
摂食嚥下機能の評価方法は様々な手法があります
摂食嚥下機能の評価方法として、KTバランスチャート、 EAT-10 (イートテン)、嚥下障害リスク評価尺度改訂版、 反復唾液、嚥下テスト、改訂水飲みテスト、 段階的フードテスト、ブクブクうがいテストなど様々な手法が存在します。
KTバランスチャート
また、ご家庭で手軽にできる嚥下機能テストとしては、厚生労働省が作成した「食べる力」のチェックシートがあります。
「食べる力」のチェックシートpdfは、こちらからダウンロードいただけます。
参考文献:厚生労働省「口腔機能向上マニュアル~高齢者が一生おいしく、楽しく、 安全な食生活を営むために~ (改訂版)」
摂食嚥下機能のアセスメントで注意するポイント
(1)食べる機能を評価し、食べられない原因を知る
食べる機能を評価し、食べられない原因を知るために口腔の状態や環境、認知機能などを評価します。義歯の合わせ具合が悪い、筋力の低下で腕が上がりにくい、好みの食べ物、姿勢やテーブル・椅子の高さなど、さまざまな理由で食べられないことがあります。
義歯が適切に合わない場合は、歯科に調整を依頼しましょう。これにより、快適な状態で食事を摂ることができ、食べる機能の向上につながります。
(2)摂食嚥下機能は1回だけでなく何度か評価する
摂食嚥下機能の評価は1回だけでなく、何度か繰り返して行います。病院などで「誤嚥の危険があるため、食べさせてはいけない」と指示された場合でも、利用者が食べたいという意志を持っているなら、1回の評価だけで諦めずに、何度か評価を行うことが重要です。
(3)口腔ケア時に嚥下反射の有無を観察する
口腔ケアを行う際、むせたり咳をしたりする場合、嚥下反射があると考えられます。誤嚥の危険がある場合は、吸引器を用意しておくようにしましょう。
(4)経口摂取後に発声をして確認する
経口摂取後に声を出してもらい、嗄声(ガラガラ声)になっていないか確認します。もし嗄声がある場合は、何も口に入れずに飲み込んでもらうか、ゼリーを一口飲み込んでもらい、喉に残らないように気を付けます。(ガラガラ声やかすれ声は、唾液の誤嚥や喉頭残留物の可能性があります。)
まとめ
今回は、訪問看護の摂食嚥下機能のアセスメントをテーマに訪問看護の役割から嚥下障害の原因やメカニズム、評価方法、注意すべきポイントなどをお伝えしました。
在宅療養者への食事支援は、栄養状態や病態の改善だけでなく、食べる楽しみや生きる意欲にも直結し、生活支援の中で重要な役割を果たします。
本記事が訪問看護事業に従事される方や、これから訪問看護事業への参入を検討される方の参考になれば幸いです。