糖尿病の服薬管理やインスリン療法の自己管理指導は、訪問看護で依頼を受けることが多い仕事のひとつです。
糖尿病は加齢とともに増加する疾患であり、65歳以上の約5人に1人が糖尿病であるといわれ、今後も高齢化の進展に伴い、高齢糖尿病患者の増加が予想されています。
高齢者糖尿病は、認知機能障害、ADL低下などの老年症候群※や重症低血糖、脳卒中の合併症などを起こしやすく、要介護状態の重度化や死亡の要因にもなり得ます。
(※老年症候群:高齢者に多い医療、介護を要する徴候や症状)
そのため、訪問看護師が高齢者糖尿病の服薬管理やインスリン療法について理解を深めていくことはとても大切です。
今回は、在宅における糖尿病治療に焦点を当て、インスリン療法の管理から高齢者糖尿病で訪問看護師が注意すべきポイントなどについてお伝えします。
糖尿病のインスリン療法とは
インスリン療法は、体内で不足するインスリンを注射などで補充する治療法のことです。
インスリンとは、膵臓から分泌されるホルモンの一種で、糖の代謝を調節し、血糖値を一定に保つ働きを持っています。
このインスリンの働きが悪くなったり、分泌される量が少なくなったりすることで、血糖値が高い状態が続いてしまうのが「糖尿病」です。
※糖尿病についてはこちらの記事も参考にしてみてください。
糖尿病には、主に1型糖尿病と2型糖尿病の2つの種類があります
1型糖尿病は、膵臓のβ細胞の破壊・消失によってインスリン分泌が少なくなったり, 無くなることによって起こります. そのため治療としては初めからインスリン治療が必要になります.
2型糖尿病は、遺伝的な体質(インスリン分泌低下、インスリン抵抗性)に過食、運動不足、肥満が加わることにより発症します。糖尿病患者の95%以上が2型とされ、主に中高年に多く見られます。
2型糖尿病の治療の基本は食事療法と運動療法の継続ですが、血糖値が十分にコントロールできない場合は、血糖降下薬などの治療薬も併用されます。
インスリンを分泌させる薬が効果がない、治療薬を使用しているにもかかわらず血糖値がコントロールしきれない場合は、インスリン注射が検討されます。
インスリン療法の目的は、不足しているインスリンを補うことで、健康な人のインスリン分泌パターンに近付けること(血糖コントロール)になります。
インスリン療法中は、低血糖に注意が必要
インスリンを注射で直接補うインスリン療法では、血糖値が下がりやすく、低血糖が起きやすくなります。
低血糖とは、血糖値が正常範囲より低くなり、中枢神経がエネルギー(糖)不足の状態になることであり、冷や汗、動悸、意識障害、けいれん、手足の震えなどの症状が現れます。
低血糖になりやすいとき
低血糖が発生する主な要因として、インスリン製剤や経口血糖降下薬の使用方法や量の誤り、食事量や運動量のバランスが崩れた時が挙げられます。
・インスリン注射の種類を間違えたとき
・注射を打つタイミングを間違えたとき
・インスリンの投与量が多すぎたとき
・食事の時間がずれたり、量が少なかったとき
・食事の量(特に炭水化物)がいつもより少ないとき
・運動量が多かったとき
・入浴時、飲酒
低血糖は、血糖値の値に応じて、様々な低血糖症状が現れます。症状が現れる血糖値には個人差がありますが、一般的には血糖値が70mg/dL以下になると自立神経の反応による症状が出現し、血糖値が50mg/dL程度からそれ以下になると中枢神経症状が現れます。
血糖値が50mg/dLより低くなると、昏睡など意識の喪失(重症低血糖)のリスクが高まるため、特に注意が必要です。
血糖値と低血糖症状の関係
血糖値 | 症状 |
---|---|
70~60㎎/dl以下 | 自立神経症状:異常な空腹感 体のだるさ 冷や汗 動悸 手や指の震え 熱感 不安感 |
50㎎/dl程度 | 中枢神経症状:頭痛 目のかすみ 集中力低下 眠気 めまい 脱力感・疲労感 言葉が出にくい 不安・抑うつ |
50㎎/dl~30㎎/dl以下 | 意識もうろう 異常行動 けいれん 深い昏睡 |
無自覚性低血糖
低血糖になると、通常は手足の震えや動悸・冷や汗などの症状が現れ、それによって低血糖に気付きます。
しかし、低血糖を何度もくり返していると、動悸や発汗、ふるえなどの症状交感神経系・副腎系の反応が低下し、軽い低血糖では気づかずに血糖値がかなり低くなって症状に気づくことがあります。
このような低血糖がおきているのに気づかない状態を「無自覚性低血糖」と呼びます。
低血糖がおこっているのに気づかずにそのまま血糖値が下がる無自覚性低血糖は、重篤な中枢神経系症状である意識障害や昏睡などに突然陥るリスクを孕んでいます。
低血糖時の対応方法
低血糖時の対応方法は、ブドウ糖(錠剤やゼリー状のものなど)を10g摂取する、砂糖20gを摂る、または同等の糖分を含む市販飲料(コーラなど)を飲むなど、具体的な方法を伝えます。
低血糖はいつどこで発生するか予測できないため、ブドウ糖などがすぐに摂れるように常に携帯しておくことが重要です。
低血糖症状があり、ブドウ糖で改善しない場合は、主治医に報告し、受診などが必要か相談します。
また、意識がない場合や緊急の場合の対応は、あらかじめ家族やヘルパーに伝えておき、目につく場所に掲示しておくなどが役立ちます。
糖尿病のシックデイの高血糖にも注意が必要
糖尿病患者が何らかの原因で体調不良となり、十分に水分や食事をとることができず、通常の血糖管理が難しくなった状態を「シックデイ(体調の悪い日)」と呼びます。
体調不良の最も一般的な原因はかぜやインフルエンザ、最近では新型コロナウイルスなどの感染症です。その他にも、胃腸や心臓などの病気、腰や膝などの痛みによるストレスも原因となります。
通常、感染・発熱・疼痛などの急性疾患が発生すると、インスリン拮抗ホルモン(ストレスホルモン)と炎症性サイトカインが増加します。さらに、発熱や下痢、嘔吐などによる脱水が、インスリン拮抗ホルモンの増加を促進する因子となります。
これらが増加すると、肝臓ではグリコーゲン分解や糖新生が亢進し、脂肪分解が促進されて筋肉に取り込まれる糖が減少します。このため、インスリンの分泌・作用が低下し、血糖値が上昇します。
シックデイ時に自己判断でインスリンを中断してしまうと、血糖値は急激に上昇し、最終的には生命に関わるほどの高血糖になる危険性があります。
このようにシックデイへの対応においては、非常に危険な状態に陥る可能性があるため、訪問看護師は利用者や家族に対して、事前にシックデイに対する理解を深めるような指導を行う必要があります。
また、シックデイへの対応やインスリン注射の実施については、あらかじめ主治医と相談しておくことが重要です。
シックデイの対応方法
・日頃から決して自己判断で経口血糖降下薬やインスリンを中断しないように指導する
・食事摂取が困難な場合は、早めに主治医に連絡し指示を受ける
・シックデイの際には、脱水予防のため、十分に水分を摂取し、できるだけ摂取しやすい形(御粥、麺類、果汁など)で糖分を摂取し、エネルギーを補給する
・できるだけ血糖自己測定やケトン体測定を頻回におこなう
血糖値の自己測定とは?
血糖自己測定は、簡易血糖測定器を使用して自分で血糖値を測定する行為です。
診察時に測定された血糖値だけでなく、日常の生活の中での血糖値を知ることで、より良い血糖コントロールを目指すことができます。また、低血糖時やシックデイ時の対応にも重要な指標となります。
また、インスリン注射を行う直前に測定することで、「血糖値が低いにもかかわらず自己注射を行い、さらに低血糖になる」といった事態を防ぐことができます。
血糖値の自己測定でわかること
・日々のインスリン療法の効果を確認できる
・インスリン注射の投与量や回数を調整し、きめ細かい血糖コントロールを行うことができる
・インスリンによる低血糖に早期に気づき、適切な対処ができる
血糖値の自己測定のタイミングとは
1.インスリン注射の前後
治療の影響やインスリンの効果が分かります。注射後はきめられた時間に測定します。
2.低血糖の症状を感じたとき
低血糖の症状と血糖値の関連がわかります。
3.運動の前後
運動による低血糖が確認できます。
4.体調不良のとき
病気のときは血糖値も乱れがちになるためこまめに測ることが大切です。
参考文献:アステラス製薬株式会社「自己測定・セルフケア_01血糖自己測定.indd」
参考文献:専門医が語る糖尿病の血糖自己測定
在宅での血糖値の自己測定での注意ポイント
1.高齢者が使いやすいものを選ぶ
測定器などは、高齢者がつかいやすいものを選ぶ
2.コスト面も考慮する
センサーや穿刺針は使い捨てなのでコスト面も考慮する
3.使用済みの穿刺針などの廃棄法の指導・確認する
使用済みのセンサーチップや穿刺針、インスリンの注射針は、お茶の缶やコーヒーの瓶(なるべく口がおおきものがよい)にいれておき医療機関で廃棄してもらうように指導する。また正しく処分できているか確認する。
4.手帳の数値を控えておき訪問記録に残す
療養者の自己管理や多職種連携に必要な情報をまとめた手帳である「糖尿病連携手帳」を用意してもらい、訪問時には数値を手帳にメモし、スマホ等で撮影する。
インスリン製剤の種類と特徴
インスリン製剤は、種類によって効き方が大きく異なります。
超速効型、速効型、中間型、 持効型、 混合型、配合溶解型に分けられるため、種類と製品ごとの特徴を理解して、正しく指導することが重要です。
インスリン製剤の種類と特徴
種類 | 特徴 | 商品名(一般名)の例 |
---|---|---|
超速効型 インスリン製剤 |
・インスリンの追加分泌を補う ・食直前に注射する |
アピドラ (インスリングルリジン)、ノボラピッド (インスリンアスパルト) 、ヒューマログ (インスリンリスプロ) |
速効型 インスリン製剤 |
・インスリンの追加分泌を補う ・食事30分前に注射する |
ノボリン R、ヒューマリン R(インスリンヒト) |
中間型 インスリン製剤 |
・インスリンの基礎分泌を補う ・決まった時間に注射する |
ノボリン N ヒューマリン N(インスリンヒト)、ヒューマログN(インスリンリスプロ) |
持効型溶解 インスリン製剤 |
・インスリンの基礎分泌を補う ・中間型より安定した作用 |
レベミル (インスリンデテミル) ランタス (インスリングラルギン)、 トレシーバ(インスリンデグルデク) |
混合型 インスリン製剤 |
・インスリンの追加分泌と基礎分泌を補う ・食事に合わせて注射する |
ノボラピッド 30 ミックス (インスリンアスパルト)、ヒューマログミックス 25 (インスリンリスプロ)、ヒューマリン3/7 (インスリンヒト) |
配合溶解 インスリン製剤 |
・インスリンの追加分泌と基礎分泌を補う ・超速効型と持効型を配合したもの |
ライゾデグ (インスリンデグルデク、 インスリンアスパルト) |
インスリン注射の注意ポイント
インスリン注射は命に直結するケアです。利用者が自己管理できるよう、少しずつ支援を行うことが重要です。
訪問時には、認知機能の低下など、管理が困難になる要因も適切にアセスメントし、主治医や家族と連携を取り、対処方法を検討します。
自己流の打ち方になっていないか確認する
自己流の打ち方になっていないか確認します。手洗いや、ゴム栓のアルコール綿消毒も欠かさないよう指導します。
インスリン製剤の使用期限・残数を管理する
インスリンは、未使用のものは冷蔵庫で、使用中のものは常温で管理します。冷蔵庫内では凍結を避けるため、ドアポケットに入れると良いでしょう。
冷蔵庫の中のものも含めて、定期的に使用期限と残数を確認します。また、使用中のインスリンは使用開始日を記載して管理すると良いでしょう。
インスリン製剤の使用期限・残数を管理する
訪問看護師が毎回自己注射を確認するのは難しいため、認知症などにより打ち忘れや単位の間違いが予測される場合は、薬液の残量により実施できているかを推測します。
打ち忘れや打ち間違いが起こりやすい場合の対応
独居の利用者が打ち忘れを防ぐためには、携帯電話などのタイマーを利用して、インスリンを打つ時間を設定しておくと良いです。また、インスリンの単位数を忘れてしまう方は、単位数をテープにマジックで記入し、それを薬剤に貼っておくと便利です。
針の取りつけや単位の合わせが難しい場合の対応
打つことはできるが、針の取りつけや単位の合わせが難しい利用者の場合、看護師が毎回介助できなくても、針をつけて単位を合わせ、すぐに打てる状態にセットしておくという方法があります。
インスリン製剤や血糖測定器の種類が変わった場合の対応
入院などによりインスリン製剤を処方する医療機関が変わったり、製品が新しくなったりすることで、利用者が使い方がわからなくなる場合もあります。変更があった場合は、対応できているかを確認してください。
インスリン製剤の自己注射が難しい場合の対応
GLP-1(ジーエルピーワン)受容体作動薬は、インスリンの分泌を促す作用を持つ薬剤で、その中には週1回の注射で済むものもあります。自己注射が難しい利用者でも、通院や訪問看護、あるいは同居していない家族に来てもらって注射するなどの対応が考えられます。
参考文献:公益社団法人日本糖尿病協会「インスリン自己注射ガイド」
高齢者のインスリン療法で訪問看護師が注意すべきポイントとは
高齢者(65歳以上)の糖尿病治療は、加齢に伴う機能低下や認知機能の低下,生命予後の短縮,糖尿病以外の疾病の合併などの様々な要因が関与するため,糖尿病の治療に際しても,画一的な治療ではなくそれぞれの利用者にあったよりきめ細かい治療が必要となります。
高齢者のインスリン療法は、以下のような特徴があります。
(1)糖尿病の高血糖症状が出にくい
高齢者はのどの渇き(口渇)を感じにくく、高血糖による異常な疲れが「歳のせい」とされることがあり、症状が見過ごされることがあります。
(2)食後の高血糖をきたしやすい
加齢により、インスリン分泌量が低下し、特に食後に高くなった血糖値をコントロールする「追加分泌」が低下。その結果、食後の血糖値が上昇しやすくなります。
(3)低血糖症状が出にくいまたは非典型的である
低血糖の症状が出にくく、または非典型的であるため、低血糖が起こりやすく、重症な低血糖を引き起こしやすくなります。
(4)無症候性を含めた動脈硬化性疾患が合併しやすい
高齢者は無症候性を含めた動脈硬化性疾患や心不全、脳梗塞、虚血性心疾患などが合併しやすい傾向があります。
(5)腎機能や肝機能の低下がおこりやすい
腎機能などの低下により、薬剤の蓄積が起こりやすく、有害事象をきたしやすい。肝機能も低下しやすい特徴があります。
(6)老年症候群をおこしやすい
高齢者は老年症候群(認知機能障害、サルコペニア、フレイル、ADL低下、転倒、うつ、低栄養、多剤併用)を発症しやすい傾向があります。
(7)社会・経済的な問題を伴いやすい
社会サポート不足、居住環境悪化や経済的問題をきたしやすく、これらが糖尿病管理に影響を与える可能性があります。
(8)注射手技の習得が困難な場合が多い
高齢者は脳梗塞や認知機能障害、視力障害や聴力障害など様々な障害を有するため、注射手技の習得が困難なケースが多い。
認知機能障害を伴うことが多い低血糖には特に注意が必要
高齢者の糖尿病治療においては、特に低血糖には注意が必要です。
低血糖は突発的な意識障害を伴うことが多く、インスリン注射や服薬などのセルフケアのアドヒアランスが低下し、糖尿病治療が困難になることがよく見られます。
特に重症な低血糖は認知症のリスクと深く関係しているとされ、重症な低血糖が発生すると、認知症になる割合が約1.7倍に増加することが報告されています。
参考文献:厚生労働省「あたまとからだを元気にするMCIハンドブック」
まとめ
今回は、在宅における糖尿病治療に焦点を当て、インスリン療法の管理から高齢者糖尿病で訪問看護師が注意すべきポイントなどについてお伝えしました。
インスリン療法の管理は、利用者の命に直結するケアで自己管理ができるように、できることを見きわめて少しづつ支援していくことが大切です。
特に血糖測定や注射は毎日のことなので、本人が疲弊しないように管理ではなく、一緒におこなう雰囲気作りを大切に励ましながら、継続できるようにすることが重要です。
また訪問時には、利用者の認知機能をアセスメントし、指示された内容を実施できているか、状況をこまめに確認し、医師に報告するようにしましょう。
本記事が訪問看護事業に従事される方や、これから訪問看護事業への参入を検討される方の参考になれば幸いです。