高次脳機能障害は、脳外傷や脳血管障害(脳梗塞、脳出血)、脳炎、低酸素脳症などが原因で、脳が部分的に損傷を受けた結果生じる障害です。
高次脳機能障害は、訪問看護で関わる疾患で一番多い脳血管疾患における後遺症であり、高齢化の進展によりその発生率が増加しています。
厚生労働省が平成28年に実施した調査(平成28年生活のしづらさなどに関する調査)によれば、医師による高次脳機能障害の診断を受けた方は約32万7千人と推定されています。
高次脳機能障害は一般に「隠れた障害」や「見えない障害」と呼ばれ、その特徴は外見からは理解しにくく、特に高齢者の場合、高次脳機能障害の症状が認知症やせん妄と類似しているため、家族でさえ見逃してしまうことがあります。そのため、訪問看護師が高次脳機能障害について理解を深めておくことは非常に重要です。
今回は、高次脳機能障害について、その原因や諸症状、特徴、認知症やせん妄との違い、治療の進め方等についてお伝えします。
高次脳機能障害とは
高次脳機能とは、主に知的能力のことをいい、記憶・思考・判断などを行う機能や感情などの精神をコントロールする働きを行なっています。
高次脳機能障害は、病気や事故などにより脳が部分的に損傷され、それに伴って言語、思考、記憶、行動、学習、注意などの知的な機能に障害が生じた状態を指します。
注意力や集中力の低下、比較的古い記憶は保たれているものの新しい情報が覚えにくくなる、感情や行動の抑制が難しくなるなどの精神・心理的な症状が現れ、周囲の状況に応じた適切な行動が難しくなり、これが生活に支障をきたすようになります。
高齢者の場合、高次脳機能障害が原因で行動量が減少し、それに伴って身体機能が著しく低下することがあります。その結果、複合的な理由から介護や介助が必要となるケースもあります。
高次脳機能障害の判断基準
高次脳機能障害は、以下の(1)~(3)をすべて満たした場合に診断されます。
(1)主要症状などが確認されている
①脳の器質的な病変の原因となる事故による受傷や疾病の発症の事実が確認されている。
②現在、日常生活または社会生活に制約があり、その主な原因が記憶障害、注意障害、遂行機能障害、社会的行動障害などの認知障害である。
(2)検査所見
MRI、CT、脳波などにより、認知障害の原因と考えられる脳の器質的な病変の存在が確認されているか、あるいは診断書により脳の器質的な病変が存在したことが確認できる。
(3)除外項目
①脳の器質的病変に基づく認知障害の中で、身体障害として認定可能な症状を有する者であっても、上記主要症状(1)の②を欠く者は除外する
② 診断に際し、受傷または発症以前から存在する症状と検査所見は除外除外する
③ 先天性疾患、周産期における脳損傷、発達障害、進行性疾患を原因とする者は除外する。
一般的に、高次脳機能障害の診断は、脳の器質的な病変が引き起こした外傷や疾病の急性期症状が軽減した後に行われます。診断の際には、神経心理学的な検査結果が参考にされることがあります。
高次脳機能障害と間違えられやすい状態
高次脳機能障害と間違えられやすい状態としては以下の2つがあります。
(1)せん妄
せん妄状態は、軽度の意識障害(注意散漫な状態)、幻覚、および運動不穏(落ち着きのない状態)を伴い、歩き回ったり、大声で泣いたり怒鳴ったりする状態を指します。高齢者の場合は、夜間に悪化することがよくあります。
せん妄は急性な状態であり、原因が解決されれば改善することが期待されます。
※せん妄についてはこちらの記事も参考にしてみてください。
(2)認知症
認知症は、全般的に知的能力の低下と日常生活への支障が見られる状態を指します。記憶喪失がありますが、他にも言語能力や判断力、抽象思考などの複数の認知機能に障害が現れます。
脳の特定の領域における損傷が主な原因の高次脳機能障害とは異なり、アルツハイマー病、血管性認知症、レビー小体型認知症などがあり、それぞれに異なる脳の変化が見られます。
※認知症については、こちらの記事も参考にしてみてください。
高次脳機能障害の特徴
高次脳機能障害は前述の通り、精神・心理面での障害が中心となります。そのため主に以下に3つの特徴があります。
(1)外見上は症状が目立たないため、周囲が気付きにくい
身体上の障害とは異なり、表面的には目立たないため、周囲が気付きにくい状態です。
(2)本人自身も、障害を十分に認識できていないことがある
本人も障害を十分に認識できていない場合があり、そのために配慮を求めることが難しい場合があります。
(3)医療スタッフに見落とされやすい
障害は診察場面や入院生活よりも、在宅での日常生活、特に社会活動場面(職場、学校、買い物、役所や銀行の手続き、交通機関の利用など)で顕著になりやすいため、医療スタッフに見落とされやすい傾向があります。
高次脳機能障害を引き起こす疾患
高次脳機能障害は、脳血管障害はもとより、頭部外傷、感染症、中毒疾患などのさまざまな疾患から引き起こされます。
高次脳機能障害を引き起こす主な疾患
頭部外傷 | 硬膜外血腫 硬膜下血腫、 脳挫傷、慢性軸索損傷 |
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脳血管障害 | 脳内出血、脳梗塞、クモ膜下出血、 もやもや病 |
感染症 | 脳炎、エイズ脳症 |
自己免疫疾患 | 全身性エリテマトーデス、 神経ベーチェット病 |
中毒疾患 | アルコール中毒、 一酸化炭素中毒、薬物中毒 |
その他 | 多発性硬化症、正常圧水頭症、ビタミン欠乏症、脳腫瘍 |
高次脳機能障害の原因
原因疾患別に見ると、脳血管障害が約8割を占め、次いで頭部外傷が約1割となっています。
高次脳機能障害の主な症状
高次脳機能障害の中で最も多く見られる症状は失語症(56.9%)で、次いで注意障害(29.8%)、記憶障害(26.2%)となっています。
高次脳機能障害であらわれる症状
(1)失語症
脳の損傷が原因で話す・書く・読むなどの言語機能が失われた状態
・言い間違いをする
・読み書きができない
・簡単な計算ができない
(2)注意障害
気が散って、適切な対象に注意が向けられず、注意が持続しない状態
・集中できない
・周囲のことにすぐ気を取られる
・落ち着かない
・同時にいくつものことができない
(3)記憶障害
健忘症が代表的なもので、記憶(記銘・保持想起) のいずれかが障害された状態
・どこにしまったか忘れる
・何度も同じことを言う
・買い物に行っても何を買うのか忘れてしまう
・忘れていることさえ忘れる
(4)行動と感情の障害
状況に適した行動が取れない、感情のコントロールがうまくできない、欲求が抑えられない状態
・怒りっぽい
・一つのことにこだわる
・すぐパニックになる
・何もしようとしない
・過度になれなれしい
・子供っぽい
・ほしいものが我慢できない
(5)半側空間無視
右頭頂葉の後方の障害で視野には入っているものの、意識して注意を向けない限り、おもに左側のものに気づかない状態 (視空間失認)
・左(右)側にぶつかって歩く
・麻痺があるのにないようにふるまう
(6)遂行機能障害
目標を設定し計画的に効率よく取り組むことができない状態
・計画ができない
・順序良くまとまった形で実行できない
・出来ばえを気にしない
(7)失行症
運動機能、知識、 意欲に明確な問題がないにもかかわらず正しい動作を行うことができない状態。
・お茶を入れる時に、順序が逆になる
・洋服が正しく着られない
(8)半側身体失認
身体の片側(麻痺側)が気が付きにくくなってしまう状態
・麻痺している手足が、自分の身体だということがわからない
・手足の麻痺は少ないのに使わない
(9)地誌的障害
熟知している場所で道に迷う状態
・道順や方角が分からない
・自宅内で迷いトイレに行けない
(10)失認症
失認は、 感覚自体(視覚・味覚・聴覚など)には異常がないにもかかわらず、対象が認知できない状態。
・声を聞かないと誰なのか分からない
・絵を見て全体のまとまりが分からない
・聞こえているのに、何の音か分からない
高次脳機能障害の治療の進め方
上記の通り、高次脳機能障害といっても障害される脳の部位によって生じる症状は、様々であり、精神面では、意欲の低下、抑うつ、不安といった症状が多く見られます。
そのために訪問看護師は、以下の観察項目をしっかりと把握し、利用者だけでなく、家族へのサポートもあわせておこないます。
(1)利用者の基礎疾患の有無、障害の部位
利用者の脳損傷や病気の原因を把握し、障害がどの部位に影響しているかを確認します。これにより、特定の機能や能力の喪失の程度を理解できます。
(2)高次機能障害の種類や程度、症状
利用者の高次機能障害の種類(記憶障害、認知機能の低下など)や程度を明確にし、日常生活における具体的な症状を観察します。
(3)治療方針とその内容
医師や治療チームと連携し、利用者の治療方針や実施中の治療内容を把握します。これにより、看護ケアを適切に調整できます。
(4)利用者・家族の疾患への理解度の確認
利用者と家族の疾患に対する理解度を確認し、必要に応じて情報提供や教育を行います。理解度が高いかどうかは、適切なサポートを提供する上で重要です。
(5)コミュニケーション手段、ケア方法などの確認
利用者とのコミュニケーションのための手段や、ケアの進め方について確認します。特定のコミュニケーション方法やケアプランが必要な場合、それに合わせた対応が求められます。
(6)リハビリへの意欲の程度
利用者のリハビリへの意欲やモチベーションを評価します。これはリハビリの成果に直結するため、適切なサポートや励ましを行うことが重要です。
(7)リハビリ状況
利用者が受けているリハビリの内容や進捗を確認します。治療の成果や変更があれば、それに基づいて看護計画を調整します。
また、高次脳機能障害の治療は症状に合わせたリハビリテーションが中心となります。
障害された脳の機能や利用者がどのような生活を望んでいるかに応じて、必要なリハビリテーションが異なります。
日常生活の基本的な活動だけでなく、より高度な脳の機能が必要な料理や洗濯、買い物などのトレーニングも行います。
リハビリテーションだけでは症状が十分に改善しない場合には、薬を使用して症状を改善を図ることもあります。
まとめ
今回は、高次脳機能障害について、その原因や諸症状、特徴、認知症やせん妄との違い、治療の進め方等についてお伝えしました。
高次脳機能障害は、損傷した脳の部位によって現れる障害はさまざまです。
高次脳機能障害を発症することで、その人の大切な役割や生きがいが損なわれることがあります。
そのため、周りの人は病気を理解し、患者の意志や役割を大切にすることが重要です。
本記事が訪問看護事業に従事される方や、これから訪問看護事業への参入を検討される方の参考になれば幸いです。
参考文献:公益社団法人 東京都医師会「高次脳機能障害について」