訪問看護師は通常、単独で利用者の自宅を訪れ、看護を行います。病院とは異なり、緊急対応体制や看護・医療器具、衛生材料などが完備されているわけではありません。
訪問看護は訪問という断続的な形態で行われるため、訪問看護師が来ない間は利用者や家族ができるだけ自立して療養生活を送ることが求められます。
このため、療養者と家族の自己管理の動機付けやケアの担い手としての支援が重要となります。訪問看護は、この支援を提供する上で大きな役割を果たしています。
本コラムでは、病棟と在宅療養の違いを踏まえながら、在宅療養の医療ケアにおける訪問看護ステーションの役割についてお伝えしてきます。
利用者から見た入院と在宅の違いとは
入院治療から在宅療養に移行する利用者や家族は、様々な不安を抱えています。まず利用者から見た入院と在宅の違いを一覧でみてみます。
利用者から見た入院と在宅の違い
利用者から見た入院治療
・継続的・医療管理が容易
・他の患者からの感染の危険・不安
・治療・看護・検査等の優先
・同病者間の連帯感・励まし
・家族生活、日常生活からの隔離(QOLの低下)、長引く依存的状態、ADL低下、うつ状態、無力感
・プライバシーの侵害
・入院費等の経済的負担
利用者から見た在宅療養
・断続的医療、急変時対応に不安
・感染の危険・不安が少ない
・生活主体、生活の中の医療
・閉じこもりの不安
・生活の場での療養・生活機能の維持(QOLの向上)、なじみ、自己決定可、安心な場、自立保持
・家族の介護負担
・地域の社会資源の活用、在宅ケアチームによる在宅療養の継続
・通院・介護サービス等在宅療養にかかる経済的負担
このような利用者の視点を理解することで、利用者の希望や価値観に配慮しながら、自己管理を行いやすい環境や方法を提案することができます。
在宅での医療ケアとは~病棟との違い
訪問看護は、患者が自宅で医療処置を受ける際に必要なサービスを提供する重要な役割を果たしています。
在宅での医療処置は、病棟での処置と基本的には同じですが、その実施者が患者自身やその家族になるという点が異なります。
また病棟では医療を中心に生活をおこないますが、在宅療養では生活の一部に医療があるため利用者、家族が望む生活を最優先として医療行為をおこなう必要があります。
病棟と在宅との医療ケアの違い
ケアの担い手の違い
在宅での医療処置では、療養者や家族がケアの主要な担い手となります。病院では、24時間体制で医療スタッフが処置やケアを提供しますが、在宅ではそうはいきません。
訪問看護師や在宅支援チームはサポートを行いますが、療養者や家族自身が日常的なケアや処置を行う必要があります。そのため、自己管理の能力や知識の向上が求められます。
機器&物品の違い
在宅での医療処置では、病院と比較して使用する機器や物品が異なる場合があります。例えば、在宅栄養療法では経管栄養のための胃ろうや経管栄養ポンプが必要になることがあります。
また、在宅酸素療法では酸素供給装置が必要となります。これらの機器や物品の適切な使用方法を療養者と家族に指導し、安全な利用をサポートする役割が訪問看護師に求められます。
外出を含む生活様式の違い
在宅での医療処置では、療養者や家族が外出や日常生活を継続しながら療養を行います。これに対して、病院では入院中は病室内での生活が主体です。在宅療養では、外出時の処置や薬の持ち運び、予約などの調整が必要となります。また、外部の環境要因(例えば、バリアフリーなど)や社会的なサポートの利用も考慮する必要があります。訪問看護師は、療養者と家族が安全かつ快適に外出や日常生活を送るためのアドバイスや支援を提供します。
本当に必要な処置かどうかを倫理的に考える必要性
在宅療療において、本当に必要な処置かどうかを倫理的に考えることは、療養者の尊厳と自己決定権を尊重し、療養者が望む生活を実現するための重要な要素です。
在宅療養において療養者(利用者)や家族の意志や考えを正しく捉え、多職種間で共有するためには、以下の3つの要因を理解していく必要があります。
【要因1】「どこまでの医療を望んでいるか」
「どこまでの医療を望んでいるか」という要因は、在宅療養における医療処置の範囲を決定する上で重要なポイントです。療養者や家族がどの程度の医療処置を受けたいのかには個人の価値観や信念が影響します。以下に具体的な事例を挙げながら解説します。
口からの栄養摂取
もし療養者が口からの食事が困難になった場合、栄養を摂取する方法として経管栄養が考慮されます。しかし、療養者や家族が経管栄養に抵抗感や不快感を抱いている場合、医療処置の範囲をどこまで望むかによって選択が変わるでしょう。療養者が自然な食事の喜びや口からの栄養摂取を望んでいる場合には、経管栄養を選択しないこともあります。
呼吸器の使用
慢性呼吸器疾患や進行性の筋萎縮性疾患の場合、呼吸困難が進行し呼吸器の使用が必要になることがあります。しかし、呼吸器についても療養者の希望が重要です。療養者や家族が、呼吸器を使用することで生活の質が向上し、望む生活が実現できると感じるのであれば、医療処置の範囲として呼吸器の導入が検討されるでしょう。
これらの具体事例から分かるように、「どこまでの医療を望んでいるか」という要素は、療養者や家族の意向や価値観に大きく左右されます。医療処置の範囲を決める際には、療養者の自己決定権を尊重し、個別の状況や希望をしっかりと聞くことが重要です。
【要因2】どんな最期を迎えたいか
「どんな最期を迎えたいか」という要因は、在宅療養における医療処置の倫理的な考慮において重要な要素です。療養者が最期の日々をどのように過ごし、どんな最期を迎えたいのかは、その人の意思や価値観に基づいて決められるべきです。以下に具体的な事例を挙げながら解説します。
容体急変時の対応
療養者が容体急変した場合、救急車を呼ぶかどうかは重要な判断です。療養者が在宅で穏やかな環境の中で最期を迎えたいと望んでいる場合、救急車を呼ぶことは療養者の希望とは異なる場合があります。このような場合、医療チームと綿密なコミュニケーションを図り、療養者の希望に沿った最善の選択を行う必要があります。
気管切開の導入
呼吸困難が進行し、気管切開が必要になった場合も、療養者の意思や希望を尊重することが重要です。療養者が人工呼吸器や気管切開を望まず、自然な呼吸を維持しながら最期を迎えたいと考えている場合、医療処置の範囲として気管切開は選択されないかもしれません。
延命処置の望み
療養者が延命処置に関してどこまで望むかも重要なポイントです。例えば、心肺停止が発生した場合、心肺蘇生を行うかどうかは慎重に考える必要があります。療養者が自然な終末期を望んでいる場合、延命処置を行わずに自然な終末期ケアを提供することが適切かもしれません。
これらの具体事例から分かるように、「どんな最期を迎えたいか」という要素は、療養者の意思や価値観を尊重し、最期の日々を自己決定する権利を持つことを重視する重要な要素となります。
【要因3】「自己管理の意欲と能力」
「自己管理の意欲と能力」は在宅療養における医療処置の倫理的な考慮において重要な要素です。療養者が処置やケアを自己管理できる意欲と能力を持っているかどうか、そしてそのための環境が整っているかを考慮する必要があります。以下に具体的な事例を挙げながら解説します。
禁煙の意思がない場合の在宅酸素療法
在宅酸素療法は、酸素を常時使用する治療法であり、火気の使用や禁煙が必要な場合があります。しかし、療養者が禁煙の意思がなく、喫煙を継続する場合、在宅酸素療法の導入は困難です。喫煙と酸素の組み合わせは火災の危険性を高めるため、療養者の安全を考慮し、適切な療法やケアの提案が必要です。
自己排尿管理の能力がない場合の導尿カテーテルの使用
在宅療養では、療養者が排尿管理を行う能力が求められることがあります。しかし、療養者が自己排尿管理の能力を持っていない場合、導尿カテーテルの使用が必要になることがあります。しかし、カテーテルの管理や感染リスクなど、導尿カテーテルの適切な使用とケアには継続的な指導や環境整備が必要です。自己排尿管理の能力がない療養者に対しては、看護師やケアプロバイダーが的確な指導と支援を提供する必要があります。
薬物管理の能力に制約がある場合の薬物投与
在宅療養では、療養者が自己管理で薬物を服用することが求められることがあります。しかし、認知機能の低下や身体的な制約などで薬物管理の能力に制約がある場合、薬物投与に関しては家族やケアプロバイダーがサポートする必要があります。薬物の正確な投与と副作用管理のために、適切な指示や教育を受けた担当者が薬物の調整と投与を行います。
これらの具体事例から分かるように、「自己管理の意欲と能力」は在宅療養における医療処置の倫理的な考慮において重要な要素です。療養者が処置やケアを自己管理する能力があるかどうか、そしてそれを支援する環境が整っているかを評価し、適切なケアプランや支援を提供することが求められます。また、療養者や家族とのコミュニケーションを通じて、意欲や能力の変化を把握し、必要に応じてケアプランを見直すことも重要です。
まとめ
在宅での医療処置や慢性疾患のケアは、病棟とは異なる視点やアプローチが求められますが、療養者と家族の望む生活を最優先にし、自己管理の意欲を引き出すことが重要です。訪問看護の役割は、療養者と家族をサポートし、より良い生活を実現することです。
今回の記事が将来訪問看護で働きたい、在宅医療でのケア提供を目指している看護師の参考になれば幸いです。
参考文献:ナースのためのやさしくわかる訪問看護