日本の医療保障制度には、病気の種類や患者の境遇などに応じて、法律や予算措置に基づいて医療費の全額あるいは一部を国や地方自治体の公費で負担する「公費負担医療制度」があります。
公費負担医療制度は、生活保護などの社会的弱者や難病など特定の疾病に苦しむ人々などが対象となるため、訪問看護を必要とする方々もこの制度の対象となることがあります。
そのため訪問看護にかかわる公費負担医療制度について理解を深めておくことは、利用者やその家族をサポートしていく上でとても大切です。
今回は、訪問看護がかかわる「公費負担医療制度」についてお伝えします。どのような種類があるのか、どのようなケースが該当するかなどをおさえておきましょう。
- 1 公費負担医療制度とは~制度の5つの目的
- 2 公費負担医療制度の法律・制度
- 3 公費負担医療制度の対象となる医療
- 4 訪問看護がかかわる公費負担医療制度とは
- 5 自立支援医療 (障害者総合支援法)
- 6 難病法による医療費助成制度(特定医療)
- 7 在宅人工呼吸器使用特定疾患患者訪問看護治療研究事業
- 8 小児慢性特定疾患治療研究事業
- 9 原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律
- 10 労災保険における訪問看護
- 11 生活保護法
- 12 公害医療
- 13 自動車損害賠償責任保険
- 14 心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律による医療の実施に係る医療の給付(法第81条関係)
- 15 石綿による健康被害の救済に関する法律による医療費の支給(法第4条関係) など
- 16 公費負担医療制度の優先順位
- 17 まとめ
公費負担医療制度とは~制度の5つの目的
公費負担医療制度は、社会福祉や公衆衛生の向上を目的とし、法律に基づいて医療費の全額または一部を国や地方自治体が負担する制度です。
この制度は以下の5つの目的に分類されます。
(1)社会的弱者の救済
生活保護者や児童、幼児などの社会的弱者に対して、医療費の全額または一部を負担し、経済的な負担を軽減して健康な生活をサポートします。
(2)障害者等の福祉
障害を持つ人や、病気やけがで障害を負った人々に対して福祉の向上を目指し、医療費の一部または全額を補助して必要な医療サービスを提供し、障害による制約を軽減し、社会参加を支援します。
(3)難病・慢性疾患の治療研究及び助成
難治性の病気に苦しむ患者に対して治療研究や助成が行われ、原因不明や治療方法が確立していない難治性の病気に対する支援が行われます。
(4)健康被害等に対する補償
戦時中の軍人たち、原爆被害者、公害や中国残留邦人など、特定の健康被害に見舞われた人々に対して補償を提供し、被害者やその家族に経済的な支援を行い、社会的な安定を促進します。
(5)公衆衛生の向上
感染症や自傷・他害の恐れがある疾病に関して補助を行い、結核などの感染症の予防策などを通じて、社会全体の健康を守り、公衆衛生の改善に寄与します。
公費負担医療制度の法律・制度
公費負担医療制度における5つの区分による主だった法律・制度は、以下になります。
給付目的 | 法律・制度名・法別番号 |
---|---|
(1)社会的弱者の救済 | 母子健康法(法律番号:23) 児童福祉法(法律番号:17・52) 義務教育就学時医療費助成制度(法律番号:88) 生活保護法(法律番号:12) |
(2)障害者等の福祉 | 障害者総合支援法(法律番号:15・16・21) (旧障害者自立支援法) 身体障害者福祉法 |
(3)難病・慢性疾患の治療研究及び助成 | 難病等医療費助成制度(法律番号:51・54) 肝炎治療特別促進事業(法律番号:38) |
(4)健康被害等に対する補償 | 原爆被爆者援護法(法律番号:18・19) 戦傷病者援護表(法律番号:13・14) 中国残留邦人等支援法(法律番号:25) |
(5)公衆衛生の向上 | 結核予防法(法律番号:10・11) 精神保健福祉法(法律番号:20) 感染予防・医療法(法律番号:28・29) |
公費負担医療制度の対象となる医療
公費負担医療制度は、社会的弱者救済と疾病への公費助成の二つの区分があります。社会的弱者救済の公費は、母子健康法、児童福祉法、生活保護法に基づいています。社会的弱者救済の公費は、全ての保険診療行為(一部例外あり)が公費の対象となります。
疾病への公費は、難病医療費助成制度や感染症予防法に基づいています。こ該当する疾病の治療に関連する保険診療行為が対象で、他の医療行為は通常の保険診療となります。
例えば、悪性関節リウマチの難病患者に対して、ステロイドやメトトレキサートなどの治療薬の投与は公費対象となりますが、同じ患者に関連のない処置や投薬などは公費対象外となります。
訪問看護がかかわる公費負担医療制度とは
訪問看護がかかわる公費負担医療制度としては、以下のようなものがあります。
・自立支援医療 (障害者総合支援法)
・難病法による医療費助成制度(特定医療)
・在宅人工呼吸器使用特定疾患患者訪問看護治療研究事業
・小児慢性特定疾患治療研究事業
・原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律
・労災保険
・生活保護法
・公害医療
・自動車損害賠償責任保険
・心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律による医療の実施に係る医療の給付(法第81条関係)
・石綿による健康被害の救済に関する法律による医療費の支給(法第4条関係)
それぞれの種類ごとに解説していきます。
自立支援医療 (障害者総合支援法)
都道府県知事から指定自立支援医療機関としての指定を受けた医療機関は、以下の3つの分野で医療サービスを提供します。
1.障害児の健全な育成と生活の能力を得るための育成医療
2.身体障害者の自律と社会経済活動への参加促進のための更生全医療
3.精神障害の適正な医療の普及を図るための精神通院医療
これらの医療サービスの自己負担は一律で1割であり、世帯の所得に応じて負担上限月額が設定されています。
訪問看護ステーションが自立支援医療の指定医療機関として指定を受けるためには、都道府県知事に対して所定の手続きを行う必要があります。
※自立支援医療制度についてはこちらの記事も参考にしてみてください。
難病法による医療費助成制度(特定医療)
これまで特定疾患治療研究事業として実施されていた難病の患者に対する医療費助成制度は、2015年1月より施行された「難病の患者に対する医療等に関する法律」(以下、難病法)に基づく医療費助成制度へ移行し、自己負担が3割の場合は2割に引き下げられました。
現在、338疾病について医療の確立・普及と医療費負担軽減を図るために、都道府県が医療の給付を行い、都道府県知事との委託契約に基づいて実施されます。
※難病医療費助成制度の対象となる疾病一覧はこちらをご覧ください。
医療費においては、入院と入院外の区別を設けず、複数の指定医療機関(病院、薬局、訪問看護ステーションなど)で支払われた自己負担をすべて合算した上で、自己負担上限月額が適用されます。
難病法による医療費助成制度(特定医療)は、世帯の所得に応じ、自己負担する金額の限度額(月額)が設定されています。
訪問看護ステーションは、都道府県知事に対して申請を行い、指定医療機関となるためには必要な手続きがあります。この指定は6年ごとに更新されます。
指定難病については、こちらの記事も参考にしてみてください。
在宅人工呼吸器使用特定疾患患者訪問看護治療研究事業
特定疾患患者で人工呼吸器を使用している方に対しては、年間260回の訪問看護が医療保険制度とは別に支給されます。
都道府県知事と訪問看護ステーション等は、都道府県の所管課を通して契約を結びます。費用の請求は翌月10日までに都道府県知事に行います。契約は1年間(~3月31日)を限度とし、中止の意思表示がないかぎり順次更新できます。
この事業が各都道府県で実施される場合、国は支出した費用の1/2を補助する制度があります。
小児慢性特定疾患治療研究事業
慢性疾患で長期にわたる療養が必要な児童等の健全な育成のために、治療方法に関する研究等に資する医療の給付は、都道府県、指定都市および中核市によって行われ、委託契約となります。
小児の公費負担医療制度については、こちらの記事も参考にしてみてください。
原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律
原子爆弾による熱線や放射能に起因する負傷や疾病の認定を受けた者に対して、都道府県知事を通して厚生労働大臣の指定医療機関となり、実施されます。
主な認定疾病は、白血病や再生不良性貧血などです。訪問看護の費用は全額公費負担となります。
訪問看護ステーションは都道府県に対して申請書を提出し、指定を受ける必要があります。
労災保険における訪問看護
労働者災害補償保険法において、業務上の事由または通勤による負傷、疾病、障害、死亡などに対して、医療費等の補償が実施されます。
労災保険における訪問看護を実施する場合は、訪問看護ステーションは所在地を管轄する都道府県労働局長に対して申請を行い、労災訪問看護事業者の指定を受ける必要があります。
この指定を受けていないステーションが訪問看護を行った場合は、利用者(傷病労働者)から訪問看護の費用を受け取り、利用者は所定の請求書にて、当該利用者の職場を管轄する労働基準監督署長に請求を行います。
労災保険の訪問看護の制度は、医療保険の訪問看護の制度と同様であり、労災保険の給付は介護保険の給付に優先します。
生活保護法
医療保険制度において、生活保護の対象者は医療扶助として、「居宅における療養上の管理およびその療養に伴う世話、その他看護」を「医療券」によって受けることができます。
介護保険制度では、「居宅介護」が「介護券」によって提供され、65歳未満の生活保護受給者はみなしの介護保険第2号被保険者として「介護券」が給付されます。
訪問看護ステーションが生活保護の指定医療機関になるためには、都道府県知事、指定都市市長、または中核市市長の指定を受ける必要があります(指定は6年ごとの更新制度が適用されます)。
支払能力によっては、本人負担が発生することもあります。交通費や医療保険のその他の利用料については、費用負担に関する詳細は福祉事務所にて確認してください。
公害医療
公害認定疾病に対する訪問看護で、指定医療機関の指定は不要です。
自動車損害賠償責任保険
自動車事故で治療の必要の程度による訪問看護です。指定医療機関の指定は不要です。
心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律による医療の実施に係る医療の給付(法第81条関係)
心神喪失等の状態で重大な他害行為を行い、通院対象者通院医学管理のもとに通院している対象者に対して、指定通院医療機関の主治医の指示に基づき、本人または家族の了解を得て訪問し、看護または必要な療養上の指導を行います。
医療観察訪問看護を行う訪問看護ステーションは、訪問看護事業型指定通院医療機関の指定を地方厚生(支)局長から受ける必要があります。
指定を受けるにあたっては、通院対象者通院医学管理を行う医療機関との連携が条件となっています。
石綿による健康被害の救済に関する法律による医療費の支給(法第4条関係) など
環境再生保全機構から石綿健康被害医療手帳の交付を受けた場合、認定期間(5年間)中は、対象疾病である中皮腫や肺がんなど著しい呼吸機能障害を伴う石綿肺に関連する医療費の自己負担分全額が支給されます。
公費負担医療制度の優先順位
診療報酬明細書の記載時に2以上の公費負担医療制度の併用がある場合は、この表の上から順番に、先順位の公費負担医療を第1公費、後順位の公費負担医療を第2公費となります。
戦傷病者特別援護法による | 療養の給付(法第10条関係) | 13 |
更生医療 (法第20条関係) | 14 | |
原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律による | 認定疾病医療(法第10条関係) | 18 |
心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律による医療の実施に係る医療の給付(法第81条関係) | 30 | |
感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律による結核患者の入院(法第37条関係) | 11 | |
障害者総合支援法による | 精神通院医療 (法第5条関係) | 21 |
更生医療 (法第5条関係) | 15 | |
育成医療 (法第5条関係) | 16 | |
療養介護医療(法第70条関係) 及び 基準該当療養介護医療 (法第71条関係) |
24 | |
原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律による | 一般疾病医療 (法第18条関係) | 19 |
特定疾患治療費、先天性血液凝固因子障害等治療費、 水俣病総合対策費の国庫補助による療養費及び研究治療費、茨城県神栖町における有機ヒ素化合物による環境汚染及び健康被害に係る緊急措置事業要綱による医療費及びメチル水銀の健康影響による治療研究費 | 51 | |
肝炎治療特別促進事業に係る医療の給付 | 38 | |
児童福祉法による小児慢性特定疾患治療研究事業に係る医療の給付(法第21条の5関係) | 52 | |
児童福祉法の措置等に係る医療の給付 | 53 | |
石綿による健康被害の救済に関する法律による医療費の支給 (法第4条関係) | 66 | |
特定B型肝炎ウイルス感染者給付金等の支給に関する特別措置法による定期検査費及び母子感染防止医療費の支給(法第12条第1項及び第13条第1項関係) | 62 | |
中国残留邦人等の円滑な帰国の促進及び永住帰国後の自立の支援に関する法律第14条第4項に規定する医療支援給付 (中国残留邦人等の円滑な帰国の促進及び永住帰国後の自立の支援に関する法律の一部を改正する法律附則第4条第2項において準用する場合を含む。) | 25 | |
生活保護法による医療扶助 (法第15条関係) | 12 |
まとめ
今回は、訪問看護がかかわる「公費負担医療制度」についてお伝えしました。
訪問看護に関わる公費負担医療制度について理解を深めておくことは、患者やその家族にとって重要です。この制度の詳細を把握することで、適切な医療サービスを受けるための手続きや権利を理解しやすくなります。
本記事が訪問看護事業に従事される方や、これから訪問看護事業への参入を検討される方の参考になれば幸いです。