近年、高齢化の進展により高齢者の転倒が要介護状態を招く直接的な原因として深刻な社会問題となっています。
高齢者の転倒の原因は、加齢による身体能力の低下や、認知症による判断能力の低下、抱える疾患、治療薬の影響、室内環境など様々です。
そのため、直接自宅に訪問し利用者の生活状況や予測できる症状・対応などを把握しやすい立場にいる訪問看護師は、在宅高齢者の転倒事故のリスクマネジメントの要として大きな役割を担います。
今回は、在宅高齢者の転倒予防の現状から転倒の内的・外的要因、転倒予防のアセスメントのポイントなどについてお伝えします。
- 1 転倒や転落予防は、高齢者のQOL(生活の質)にとって重大な意味を持つ
- 2 転倒リスクは、利用者自身 (内的要因) と環境 (外的要因)から見極める
- 3 (1)転倒リスクの内的要因
- 4 (2)転倒リスクの外的要因
- 5 在宅で転倒リスクのある場所とは
- 6 在宅での転倒リスク除去の提案において訪問看護師が押さえるポイントとは
- 7 在宅での転倒リスク除去の提案と支援内容
- 8 転倒・転落リスクの観察項目とアセスメントの視点
- 8.1 (1)年齢・既往歴
- 8.2 (2)感覚障害(視力障害、聴力障害 、 平衡覚障害)
- 8.3 (3)運動機能障害(麻痺、しびれ、拘縮、変形、筋力低下)
- 8.4 (4)日常生活動作の低下(自立歩行、 杖 歩行器 車椅子の使用、移動・移乗に介助を要す)
- 8.5 (5)認知機能障害(判断力・理解力・記憶力の低下、不穏行動、認知機能の低下がある)
- 8.6 (6)薬剤(抗精神病薬、睡眠薬、麻薬、抗パーキンソン病薬などの使用)
- 8.7 (7)排泄障害(尿・便失禁 頻尿、夜間のトイレ歩行、 ポータブルトイレの使用など)
- 8.8 (8)病状(発熱、貧血、 ドレーン類の挿入、 リハビリ開始・訓練中、 病状が急激に変化しているなど)
- 8.9 (9)療養者の特徴(行動が落ち着かない、自立心が強いなど)
- 9 まとめ
転倒や転落予防は、高齢者のQOL(生活の質)にとって重大な意味を持つ
移動や移乗は、日常生活のさまざまな場面でおこなわれる動作ですが、高齢者にとっては転倒の危険を伴う動作でもあります。
実際に65歳以上高齢者の3人に1人は、1年間に1回以上転倒すると言われています。
高齢者にとって転倒や転落は、骨折や頭部外傷等の大けがにつながりやすく、転倒で救急搬送された高齢者の4割以上が入院を要するけがを負っています。
また、たとえ、骨折の症状が軽くても若いときに比べると回復に時間がかかります。
加えて、転倒した経験のある人は、療養者自身も家族も 「また転んだらどうしよう」という不安を抱えてしまいます。
転倒による不安や恐怖で何事にも意欲がわかず、気力がなくなったり、家族も心配のあまり、過度に介助したり、活動を制限したりするなど活動性の低下が転倒リスクのさらなる増加を招くという悪循環につながっていきます。
転倒が要介護状態を招く直接的な原因に
また最も注意すべきは、高齢者の転倒が要介護状態を招く直接的な原因になるということです。
「令和4年国民生活基礎調査(厚生労働省)」によれば、高齢者の介護が必要となった主な原因は、認知症、脳血管疾患(脳卒中)と続き、「骨折・転倒」が13.9%を占め、3番目の多さです。
なお、前回の「令和元年国民生活基礎調査」では、「骨折・転倒」は、12.5%であり「高齢による衰弱」に次ぐ4位だったことから「骨折・転倒」による要介護状態が増加傾向にあることがわかります。
65歳以上の転倒・転落による死亡者数は、交通事故の4倍以上
また「令和3年人口動態調査(厚生労働省)」によると、 65歳以上の転倒・転落・墜落による死亡者数は9,509人で、交通事故の2,150人の4倍以上となります。
特にスリップやつまづき、よろめきによる同一平面上での転倒による死亡者数は8,085人で8割以上を占めています。
在宅高齢者のQOL(生活の質)を維持し、 要介護や寝たきり状態にさせないためにも転倒予防はたいへん重要です。
安全な動きかたや安全な介助法をくり返し指導し、不安をとり除くことや、高齢者の転倒の危険性を、利用者本人だけでなく、家族や地域の方など身近にいる方々にも周知していくことも訪問看護師の重要や役割の一つです。
参照元:厚生労働省HP「2022(令和4)年 国民生活基礎調査の概況」
参照元:厚生労働省HP「令和4年(2022)人口動態統計(確定数)の概況」
転倒リスクは、利用者自身 (内的要因) と環境 (外的要因)から見極める
滑る、転ぶ、つまずく、ふらつき手をつく、尻もちをつく、ベッドから落ちる、椅子から滑り落ちるなどの在宅での転倒リスクは、利用者が抱える疾患、治療薬の影響などの「内的要因」と、物品や室内環境をはじめとする「外的要因」の両面からアセスメントすることが重要です。
(1)転倒リスクの内的要因
転倒リスクの内的要因としては、以下があげられます。
1.加齢による変化
加齢に伴い、筋肉量が減少し、バランス感覚も低下します。これにより、転倒しやすくなります。同時に、視覚機能の低下や注意機能の低下も転倒リスクを増加させます。
2.病気による変化
脳卒中後の片麻痺や半側空間無視、パーキンソン病などによる運動機能障害、また認知症における認知機能の低下が、転倒リスクを高めます。これらの病状により、日常生活での動きが制限され、安定性が損なわれることがあります。
3.治療による変化
内服治療時には、副作用としてめまいやふらつきが生じ、抗精神病薬、抗不安薬、睡眠薬などが転倒の原因となります。また、医療機器の管につまずく危険も存在します。これらの治療による変化は、高齢者が歩行や移動中に不安定さを引き起こし、転倒リスクを増大させる可能性があります。
転倒のリスクを高める薬
眠気やふらつきが出やすい薬
・抗不安薬 抗うつ薬
・催眠・鎮静薬 抗精神病薬
・抗アレルギー薬
・鎮痛薬(麻薬系)
めまい、立ちくらみが出やすい薬
・降圧薬(α遮断薬、 ACE阻害薬、利尿薬など)
体に力が入りにくい薬
・筋弛緩薬など
(2)転倒リスクの外的要因
転倒リスクの外的要因としては、以下があげられます。
1.衣類のリスク
サイズの合わない服や靴は転倒の危険が潜んでいます。ズボンの裾を踏んだり、靴下がすべったりすることが多く、特にサイズの合わない靴や、かかとが覆われていないサンダルやスリッパなどは転倒の原因となります。
2.福祉用具のリスク
療養者の自立を助ける福祉用具も、メンテナンスが不十分だと事故の原因になります。車椅子や杖、手すりなどの不適切な選択、メンテナンス不足、操作ミスなどが転倒のリスクを高める可能性があります。
3.住まいのリスク
住まいの環境にも転倒リスクが潜んでいます。じゅうたんなどの段差や、すべりやすい床でつまずいたり、夜間のトイレなどで足もとが見えづらいことがリスク要因です。普段の動線を注意深く確認し、安全対策を行うことが大切です。
4.介護中のリスク
移動や移乗の際、介護者の技術不足が転倒の原因となることがあります。介護者はケアに携わるスタッフ全員で事故内容を把握し、再発防止に努めることが不可欠です。介護技術の向上と連携を大切にし、安全な介護環境を整えることが求められます。
在宅で転倒リスクのある場所とは
高齢者の転倒事故は主に自宅で発生しており、東京消防庁によるとその約6割が自宅での転倒です。
自宅での転倒場所に関して、内閣府の「平成22年度 高齢者の住宅と生活環境に関する意識調査結果」によれば、「庭」が36.4%と最も高く、「居間・茶の間・リビング」が20.5%、「玄関・ホール・ポーチ」が17.4%、「階段」が13.8%、「寝室」が10.3%の順になっています。
危険な箇所としては、段差の多い玄関や階段、滑りやすい浴室が一般的ですが、庭を除いて考えると、居間での転倒が最も多いことに留意すべきです。
転倒の原因としては、足元のトラブルが主で、つまずき、滑り、踏み外しといったケースが7割以上を占めています。特に、敷居やカーペットの縁、電気コードなどの軽微な障害物につまずくことが多く、床面に置きっぱなしになっている衣類や紙類で滑ることもよく見られます。
このような実態を把握し、身近な場所に潜む転倒リスクに意識を向けることが重要です。
高齢者の生活環境を確認し、段差の解消や雑誌、新聞の片付けなど少しの工夫で危険を軽減し、もし転倒しても大けがに至らないような対策を行うことが必要です。
参考文献:公益社団法人 日本理学療法士協会「理学療法ハンドブックシリーズ 18 転倒予防」
在宅での転倒リスク除去の提案において訪問看護師が押さえるポイントとは
訪問先の中には、足の踏み場がないほど物が散乱していて、危険な動線で暮らしている利用者もいます。
しかし、散らかった状態が落ち着く人もいれば、何でも手近に置いておくのが便利な場合もあります。また、看護師から見たら「不要で危険なもの」でも、利用者にとっては「必要で大事なもの」であることもあります。
また、看護師が考えた動線は「安全で正しい動線」ですが、療養者にとっては「不慣れで不安な動線」である可能性もあります。
在宅での転倒リスク除去の提案は、一方的に転倒リスクを指摘するのではなく、利用者の意思や家族の価値観を尊重しながら、自分で行きたい場所へ行けるように支援することが重要です。
看護師は利用者の転倒リスクを見極め、可能なものは除去をめざしますが単なる医療面での理想環境でなく、利用者にとって快適な環境を作ることが環境整備と心得ることが大切です。
在宅での転倒リスク除去の提案と支援内容
訪問看護がおこなう在宅での転倒リスク除去の提案と支援内容の例は、以下になります。
1.滑りにくい靴の選定
在宅での転倒リスクを軽減するために、滑りにくい靴を選ぶことが大切です。具体的な提案として、介護靴(リハビリシューズ)の利用をお勧めします。これらの靴は履きやすく、足の甲にしっかりと固定でき、かかとがあるため歩行時の安定性が向上します。
2.筋力低下予防
筋力を維持するためには、日常生活に運動を取り入れることが役立ちます。具体的な運動内容は個々の健康状態に合わせ、歩行や腕の運動などを選択します。運動を取り入れることが難しい場合でも、趣味活動を通じて楽しみながら筋力低下を予防できます。
3.環境の調整 ベッド周囲
寝室では、衝撃を和らげるマットレスや超低床ベッドを導入することで、転倒時の衝撃を最小限に抑えます。ベッドの周りには、転落を防止するためのサイドレールやL字に開閉するグリップを取り付けます。これにより、寝返りや起床時の安全性が確保され、転倒を防ぐ手助けとなります。
就寝時や夜間のトイレ利用時には、足元灯を設置して照明を確保します。暗い環境での歩行や移動時に、障害物を避けやすくなり、転倒のリスクが低減します。
4.その他の注意点
就寝前に内服薬を摂取する際は、排尿を先に済ませてから行うことが重要です。これにより、夜間のトイレ利用回数を減少させ、寝室への安全な移動が可能となります。
夜間にトイレに行く際には、採尿器やポータブルトイレを利用することを検討します。これらの補助具を使用することで、ベッドから安全かつスムーズに移動でき、夜間の転倒リスクを軽減します。
あくまでも利用者・家族の生活スタイルに合わせた転倒・転落リスクマネジメントを指導・提案することが重要です。
生活環境や習慣を変えるには、数年単位の時間がかかることもあります。訪問看護師の提案を受け入れてくれるような信頼関係を、根気よく築いていきましょう。
転倒・転落リスクの観察項目とアセスメントの視点
在宅における転倒・転落リスクの観察項目とアセスメントの視点は、以下になります。
(1)年齢・既往歴
年齢が65歳以上で、転倒・転落歴がある
高齢者かつ転倒経験がある場合、加齢に伴う機能低下や環境への適応力の低下を考慮する。
(2)感覚障害(視力障害、聴力障害 、 平衡覚障害)
視力・聴覚障害により危険予知が低下
視覚や聴覚に障害があると、周囲の危険を正確に察知できなくなります。平衡覚障害がある場合、めまいやふらつきが転倒の要因となります。
(3)運動機能障害(麻痺、しびれ、拘縮、変形、筋力低下)
筋・骨格系疾患、神経疾患、筋力低下による影響
麻痺や筋力低下により、バランスを崩しやすくなります。
(4)日常生活動作の低下(自立歩行、 杖 歩行器 車椅子の使用、移動・移乗に介助を要す)
歩行補助具を使用することによる転倒
歩行補助具を使用することで、転倒リスクが増加します。
移動・移乗の介助時の転倒・転落
移動や移乗の際に介助を要する場合、その際に転倒や転落が生じる可能性があります。
(5)認知機能障害(判断力・理解力・記憶力の低下、不穏行動、認知機能の低下がある)
自己の意見が伝えられないための影響
意思疎通が難しく、危険回避が困難になる可能性があります。
(6)薬剤(抗精神病薬、睡眠薬、麻薬、抗パーキンソン病薬などの使用)
薬剤使用によるバランスの崩れやすさ
特定の薬物使用が転倒リスクを増加させる可能性があります。
(7)排泄障害(尿・便失禁 頻尿、夜間のトイレ歩行、 ポータブルトイレの使用など)
排泄障害によるトイレ歩行への影響
排泄に伴うトイレ利用が転倒リスクを引き起こす可能性があります。
(8)病状(発熱、貧血、 ドレーン類の挿入、 リハビリ開始・訓練中、 病状が急激に変化しているなど)
病状に伴うめまい・ふらつきによる影響
病状の変化がめまいやふらつきを引き起こし、バランスを崩す可能性があります。
(9)療養者の特徴(行動が落ち着かない、自立心が強いなど)
行動特徴による転倒・転落
特定の行動特徴が原因で、転倒や転落が発生する可能性があります。
まとめ
今回は、在宅高齢者の転倒予防の現状から転倒の内的・外的要因、転倒予防のアセスメントのポイントなどについてお伝えしました。
転倒は高齢者の心身状況に大きな影響を与え、健康寿命の延伸やQOL(生活の質)の維持と向上を阻害する大きな要因となります。
在宅高齢者の転倒予防においては、訪問看護師が利用者の心身と生活全体を見る専門家として重要な役割を果たしています。
そのため高齢者の転倒リスクの様々な原因や対策について理解を深めていくことは、訪問看護師にとって必要不可欠です。
本記事が訪問看護事業に従事される方や、これから訪問看護事業への参入を検討される方の参考になれば幸いです。