せん妄とは、脳が機能不全を起こした状態であり、意識障害(意識変容)を中心として、注意障害や認知障害など様々な症状がみられます。高齢者に多く発症し、訪問看護の現場でも遭遇する頻度が極めて高い症候群のひとつです。
せん妄は、ドレーン抜去や転倒などの事故の危険性を高める可能性があり、また家族にとって身体的・精神的な負担も増大させることがあります。そのため、予防、早期発見、早期改善を図ることは非常に重要です。
本コラムでは、訪問看護師が知っておきたい在宅療養におけるせん妄の基礎知識とケア内容についてお伝えします。
せん妄とは
せん妄は、脱水、感染、貧血、薬物など、身体に何らかの異常や薬剤が原因として急性に起こる意識障害です。興奮状態や意識混濁がみられ、幻覚や妄想が現れることがあります。
一般的に、時間や場所の把握が急に難しくなる見当識障害から始まることが多く、注意力や思考力が低下し、さまざまな症状を引き起こします。これらの症状は1日の中で変動することがあり、昼間は安定していても夕方になると急に興奮したり暴れたりすることもあります。
せん妄は基本的には数日から数週間の間に回復する傾向がありますが、放置すると症状が悪化し、生命予後を悪化させる深刻な病態となることがあります。
せん妄と認知症との違い
せん妄と認知症は、発症時期、意識、症状などの点で違いがあります。
せん妄は急性に発症する意識障害であり、その要因として複数の要因が重なって生じます。一方、認知症は、せん妄とは異なり、ゆっくりと進行する性質を持つ症候群です。
また、せん妄では注意力や思考力の低下など「意識の障害」が中心の症状となるのに対し、認知症では「記憶障害」が症状の中心となります。そのため、せん妄では意識障害がありますが、認知症では意識自体はおおむね正常です。
ただし、認知症の高齢者がせん妄を発症することも多いため認知症やうつ病等との鑑別および診断が極めて重要となります。
せん妄と認知症との違い
せん妄 | 認知症 | |
---|---|---|
発症の仕方 | 急激, 夕刻から夜間に多い | さまざま |
症状の持続性 | 数日~数週 | 数カ月~数年、進行性 |
症状の動揺性 | 多い | 少ない (例外:レビー小体病) |
注意集中 | 困難 | ほぼ保たれる |
幻覚 | しばしば,とくに幻視 | 少ない (例外:レビー小体病) |
見当識 | 障害 | 重症で障害 (時間,場所, 人物の順) |
自律神経症状 | 発汗、頻脈視が多い | 正常 |
在宅におけるせん妄の症状
せん妄の症状には、利用者自身や周囲の人々に対する危険行動(点滴、カテーテル、ドレーンなどのルート抜去による自傷や治療中断、転倒・転落の危険性、周囲への暴力および器物損壊など)が含まれます。
また、つじつまの合わない言動がみられ、意思決定能力が低下します。コミュニケーションが難しくなると、周囲へ心理的な影響を及ぼすこともあります。
特に在宅では、医療者による評価が少ないため、気づきにくく、原因の同定が困難であること、さらに、療養者と家族が共に過ごす時間が長くなることから、家族が療養者の変化を目の当たりにし、その直接的な影響や心理的ショックが大きくなることが問題となります。
そのため、在宅ケアの場で、せん妄について療養者家族にあらかじめ何が起きているのか、その原因や対処法について情報を提供することが重要です。
せん妄の症状における3つのタイプ
せん妄は、精神活動の活動性変化に応じて、「過活動型せん妄」、「低活動型せん妄」、「混合性せん妄」の3タイプに分けられます
(1)過活動型せん妄
興奮状態となり、大声を出す、幻覚や妄想が現れる、不眠に陥る、イライラし、安定しないなど、活発で活動的な症状が現れます。ベッドから急に抜け出し、転倒や点滴のカテーテル抜去など、重大な事故の危険性もあるため、特に注意が必要です。
(2)低活動型せん妄
声をかけても反応が鈍いなど、意欲や活動性が低下し、注意力や思考力の低下も見受けられます。この状態は過活動型のようにはっきりとした特徴がないため、見逃されることが多く、時折、うつ病などと混同されることがあります。
(3)混合性せん妄
過活動型と低活動型の症状が混ざったタイプで、24時間の間に両方の症状が現れることがあります。
せん妄発症の3つの要因
せん妄をきたす要因は複数あることが多く、直接的な要因が発生した場合、関連要因となる状況や悪化を促進する環境が結びつくことで、せん妄が発症しやすくなります。
(1)直接因子: 疾患や薬剤
① 抗がん剤、睡眠薬, モルヒネなどの薬剤
② 脳血管障害,頭部外傷、脳腫瘍, 感染症などの中枢神経疾患
③血糖異常,電解質異常, 腎不全, 肝不全, ビタミン欠乏などの代謝性疾患
④ 内分泌疾患
⑤ 心筋梗塞, 心不全などの
⑥悪性腫瘍など
(2)誘発因子: 日常生活や環境変化
①入院, 転居などの環境変化
②疼痛、便秘、尿閉, 脱水, ドレーン留置, 身体拘束などの身体的ストレス
③ 睡眠障害
④抑うつ・不穏など
(3)準備因子: 脳機能の脆弱性
①高齢
② 認知機能障害
③脳神経系の疾患
せん妄の症状緩和のための看護の工夫と環境整備
せん妄を早期に発見して対処するための観察ポイントとして、まず最近の薬物投与の変化、全身の状態変化、および検査値の変動に異常がないかを確認し、それが直接の原因であれば適切に対処します。
その後、会話の連続性、記憶、日常の一般的な活動に変化がないか、表情や視線に異常がないか、不眠、落ち着きの欠如、大声を出す、刺激を受けやすい、攻撃的な行動、焦燥、暴言の発言など、人格に著しい変化がないかどうかを含むアセスメントを行い、症状を和らげるための環境整備と看護を提供します。
(1)看護の工夫
・顔なじみの看護師による訪問
・日中の活動促進~昼間に活動を奨励する
・明確でゆっくりとわかりやすいコミュニケーション
・睡眠のサポート
・せん妄の要因に対するケア(例: 便秘の対策)
・口腔ケア
(2)快適な環境の整備
・ベッドの位置、室温、明るさなど、居心地の良い環境の調整
・興奮時の転倒や転落のリスクを排除(ベッドの高さや柵の調整、 ルート類の視認性を最小限に)
・利用者が安心感を与える人がそばに寄り添う
・夜間にはスポット照明を使用
・時計、カレンダー、窓の外が見えるようにするなど、時間感覚の回復を促す措置を実施
終末期せん妄とは
終末期せん妄は、終末期に生じる治癒不能で、回復困難なせん妄のことを指します。
終末期がん患者の30~40%に見られる症状であり、看取りの時期には90%近くの方が経験するともいわれています。
終末期せん妄には、過活動型や低活動型の両方のパターンが存在します。 また、終末期せん妄は、複数の原因が絡むことに加え、これらの原因が悪化するため、回復が難しくなることがあります。
終末期のせん妄と判断した場合でも、早期に発見し、できる限り原因を取り除くことによって、症状の深刻化を防ぐことができ、残された貴重な時間をを少しでも穏やかに過ごすことが可能となります。
せん妄における家族のケアの重要性
せん妄のケアは、患者自身の苦痛だけでなく、介護者である家族の苦痛にも思いやりを持つことが必要です。特に、せん妄を発症している利用者の言動や状態は通常と異なることが多く、その変化を見ることは非常につらいものです。そのため、訪問看護師による「家族に対するケア」も大切な要素となります。
また、家族は利用者の症状などを詳しく聞き取るためにも重要な観察者としての役割を担っています。
そのため訪問看護師は、家族がどのように感じているかを評価し、家族の状況を考慮しながら、せん妄の特徴や患者の状況をわかりやすく説明し、家族と共に対処策を具体的に検討することが必要です。
なにより家族の苦悩に同情し、彼らの身体的および精神的負担を和らげる方法を検討することが非常に重要です。
まとめ
今回は、在宅におけるせん妄をテーマにお伝えしました。
せん妄は高齢者や在宅療養患者によく見られる問題であり、終末期の発症を除き、早期発見、適切なケアをおこなうことで改善が可能です。
利用者と家族の生活の質を向上させ、安心感を提供するためには、せん妄に対する知識と理解を深め、日頃からコミュニケーションを密にして早期に発見して対処することが重要です。