~いろいろナースでは、訪問看護の業界予測をテーマにしたコラムをシリーズでお届けします~
訪問看護ステーションが、今後も質の高いケアを提供し続けるためには「キャリアラダー」の導入が効果的です。
近年、看護師不足が深刻化しており、訪問看護の現場でも5年後にはさらに採用が難しくなると予想されています。
こうした状況の中で、キャリアラダーは看護師の成長を見える化し、モチベーションを高めることで定着を促進する役割を果たします。
今回は、人材不足が進む背景や訪問看護業界の現状を踏まえ、キャリアラダー導入の重要性についてご紹介します。
- 1 2030年には訪問看護の看護師不足がさらに深刻化
- 2 訪問看護のキャリアパスの不明確さによる影響と、人材不足解消の鍵となるキャリアラダー
- 3 訪問看護ステーションのキャリアラダーとは何か
- 4 訪問看護におけるキャリアラダー導入のメリット
- 5 訪問看護ステーションでキャリアラダー導入が進まない理由
- 6 5年後を見据えて訪問看護ステーションにキャリアラダーが必要な理由
- 7 キャリアラダー導入に必要となる6つの準備
- 8 訪問看護ステーションのキャリアラダーの例
- 9 訪問看護ステーションがキャリアラダーを5年後に機能させるための方策とステップ
- 10 まとめ
2030年には訪問看護の看護師不足がさらに深刻化
訪問看護師の人材不足が、今後さらに深刻化すると予測されています。
厚生労働省の「令和4年衛生行政報告例(就業医療関係者)」によると、看護師総数131万1,687人のうち、訪問看護に従事しているのはわずか7万975人で、全体の5.4%に過ぎません。2025年には13万人が必要とされており、現状では約5万人が不足しています。
さらに、2030年には高齢化が進み、需要がさらに増加することで、この人材不足は一層深刻化する見込みです。
訪問看護師不足の原因として、次の4つの要因が挙げられます。
1. 看護師全体の不足
高齢化に伴う医療・介護ニーズの増加に対して、看護師の供給が追いついていません。2025年には団塊世代の約800万人が後期高齢者(75歳以上)となり、2030年には80歳を超えます。
この間、在宅医療の需要が急増し、訪問看護分野への人材流入はさらに難しくなると予測されています。
2. 訪問看護の業務の専門性
訪問看護師は、病院勤務と異なり一人で利用者宅を訪問し、多様なケースに臨機応変に対応する必要があります。高齢化に伴い、医療依存度の高い利用者が増加することで、求められる専門性はさらに高度化します。
しかし、こうしたスキルを持つ人材の育成には時間がかかるため、慢性的な人材不足につながっています。
3. 厳しい労働環境
訪問看護には、移動時間やオンコール対応、緊急時の時間外労働など負担の大きい業務が伴います。加えて、医療・介護職との連携が求められ、業務は複雑化しています。
今後、訪問件数が増えるにつれ、1人あたりの負担が増加し、離職につながる可能性が高まります。
4. キャリアパスの不明確さ
訪問看護師としてのキャリアパスが十分に整備されていないことも、人材不足を加速させる要因です。将来のキャリアの見通しが立たないと、長期的なキャリアを求める看護師は訪問看護の分野を敬遠しがちです。
訪問看護の安定的な人材確保には、これらの課題を踏まえた対策が不可欠です。
訪問看護のキャリアパスの不明確さによる影響と、人材不足解消の鍵となるキャリアラダー
訪問看護分野における人材不足は、年々深刻さを増しています。現状のままでは、2030年にはさらに深刻な人材不足に陥ることが明らかです。質の高い訪問看護サービスを維持・発展させるためには、抜本的な対策が急務です。
その中でも特に重要なのが、訪問看護師のキャリアパスを明確にすることです。その有効な手段として「キャリアラダー」の導入が挙げられます。
キャリアパスの不明確さは、人材不足をさらに悪化させる原因となっています。その影響は、次の3つの側面に表れています。
1. 看護師全体の不足への影響
訪問看護に興味があっても、キャリアの先が見えないために他の分野へ流れてしまう看護師が少なくありません。結果として、訪問看護に限らず看護師全体の人材不足がさらに進行してしまいます。
2. 訪問看護の専門性への影響
訪問看護は、高度な専門知識と柔軟な対応力が求められる分野です。しかし、どのようにスキルを磨き、キャリアアップできるのかが不明確だと、潜在的な希望者にとって魅力を感じにくくなります。
3. 労働環境への影響
訪問看護の現場には、移動やオンコール対応など負担の大きい業務が伴います。しかし、将来の成長イメージが描ける環境があれば、モチベーションを維持できます。逆に、キャリアパスが不明確だと負担感ばかりが強調され、離職につながりやすくなります。
このように、キャリアパスの不明確さは人材不足を悪循環させる要因となっています。訪問看護の未来を支えるためには、まずキャリアパスを明確にし、看護師が成長を実感できる環境を整えることが欠かせません。
訪問看護ステーションのキャリアラダーとは何か
キャリアラダーとは、職員のスキルや経験に応じて段階的に目標を設定し、成長を支援するための体系的な仕組みです。訪問看護ステーションで導入することで、訪問看護師の専門性向上やキャリア形成を効果的にサポートできます。
具体的には、次の4つの要素で構成されています。
1. 段階的な目標設定
新人からベテラン、管理職に至るまで、成長に合わせた目標を段階的に設定します。
2. 能力評価基準の明確化
各段階で求められる知識・技術・姿勢を具体的に定義し、目指すべき姿をわかりやすく示します。
3. 研修・教育プログラムとの連動
キャリアラダーに沿って、必要な研修や教育プログラムを提供し、目標達成をサポートします。
4. 評価制度との連携
キャリアラダーに基づいて公正に評価し、昇給や昇進に反映することで、職員のモチベーション向上につなげます。
このように、キャリアラダーは看護師の成長を促し、訪問看護ステーション全体の質の向上にも貢献する仕組みです。
訪問看護におけるキャリアラダー導入のメリット
訪問看護におけるキャリアパスを明確にするために、キャリアラダーの導入は非常に効果的です。キャリアラダーは、訪問看護師の成長段階や必要なスキル、キャリアアップの道筋を明確にすることで、以下のような多くのメリットを提供します。
1. 長期的なキャリア形成の支援
キャリアラダーを導入することで、訪問看護師は将来の目標が明確になり、長期的なキャリア設計が可能になります。これにより、モチベーションの維持や向上が促され、定着率向上に繋がります。
2. 段階的な専門性の向上
キャリアラダーに研修制度や資格取得支援を組み込むことで、訪問看護師は段階的に専門性を高めることができます。高度化する在宅医療ニーズに対応できる人材を育成し、質の高い訪問看護サービスを提供できるようになります。
3. 公正な評価と処遇の実現
キャリアラダーに基づく評価基準を設けることで、訪問看護師の能力や貢献度を公正に評価し、適切な処遇を提供できます。これにより、看護師のモチベーションや組織への信頼感が向上し、働きやすい環境作りに貢献します。
4. 訪問看護分野の魅力向上
キャリアラダーを通じて、訪問看護の専門性やキャリアの魅力を具体的に示すことで、他の分野で働く看護師や看護学生に対する興味・関心を引き、訪問看護分野への就労促進が期待できます。これにより、訪問看護分野全体の活性化に繋がります。
5. 採用活動の強化と人材定着の促進
キャリアラダーを導入することで、求職者に訪問看護ステーションの魅力を明確に伝えることができます。特に経験の浅い看護師や異分野からの転職者にとって、成長の道筋が見えることは大きな安心材料となります。また、キャリアアップの仕組みが整備されている職場では定着率が高まり、人材の流出防止にも繋がります。
このように、訪問看護におけるキャリアラダーの導入は、訪問看護師の成長を支援するだけでなく、採用力の強化や人材定着、サービスの質向上、さらには地域医療の発展にも寄与する重要な取り組みとなります。
訪問看護ステーションでキャリアラダー導入が進まない理由
前述のように、訪問看護におけるキャリアラダーの導入は、訪問看護師の長期的なキャリア形成や専門性の段階的な向上、公正な評価と処遇、訪問看護分野の魅力向上、さらに採用や定着率の向上など、多くのメリットをもたらします。
しかし、このようなメリットがあるにもかかわらず、訪問看護ステーションではキャリアラダーの導入が進んでいない現状があります。その主な理由は以下の通りです。
小規模事業所が多い
訪問看護ステーションは小規模な事業所が多いため、十分な資源(時間、費用、人材)を人材育成に充てることが難しい状況です。
多様な働き方
常勤、非常勤、パートなど、さまざまな雇用形態が存在し、統一的なキャリアラダーを適用することが難しい場合があります。
評価基準の曖昧さ
訪問看護では、個々の利用者の状況に応じた柔軟な対応が求められるため、客観的な評価基準を設けることが難しいとされています。
管理者への負担
キャリアラダーの構築や運用には、管理者に大きな負担がかかるため、導入に対して慎重になる場合があります。
5年後を見据えて訪問看護ステーションにキャリアラダーが必要な理由
2030年に向けて訪問看護を取り巻く環境は、さらに高齢化が進み、社会構造や医療技術の進歩など様々な要因によって大きく変化すると予測されています。以下にその変化とキャリアラダーが必要とされる理由を説明します。
<高齢化の進展と多死社会の到来>
高齢者、特に後期高齢者の増加は今後も続き、多死社会が本格化します。この影響で在宅医療や看取りのニーズが増え、訪問看護の需要もさらに高まります。
<疾病構造の変化とケアの高度化>
慢性疾患や認知症患者の増加により、疾病構造が複雑化しています。これに対応するため、より専門的で高度なケアが求められるようになり、高度な医療対応ができる人材の育成が急務となります。
<在宅医療・地域包括ケアシステムの推進>
国は在宅医療や地域包括ケアシステムの推進を進めており、訪問看護は地域の中で重要な役割を担うことが求められます。そのため、多職種との連携強化や地域資源の活用、地域住民への啓発活動など、活動の範囲は広がります。
<医療技術の進歩とICT技術の活用>
医療技術が日々進化しており、訪問看護でも最新の知識や技術を取り入れることが重要です。また、ICT技術の進歩により、遠隔診療や情報共有システム、AIを活用したデータ分析が不可欠となります。これらの技術に対応できる人材の育成が求められます。
<働き方改革と人材確保の重要性>
少子高齢化に伴う労働力不足が深刻であり、看護師の働き方改革は急務です。柔軟な勤務体制の構築や労働環境の改善、キャリアパスの明確化を進めることで、優秀な人材の確保と定着を図る必要があります。
<生活者の価値観の変化と個別化されたケアの重視>
利用者の価値観が多様化しており、画一的なサービスではなく、一人ひとりの意向や生活スタイルに合わせた個別最適化されたケアが求められます。利用者中心のケアを提供できる人材を育成する時代です。
これらの社会的変化を踏まえ、訪問看護ステーションには変化に柔軟に対応できる人材の育成が不可欠です。
キャリアラダーは、職員の能力を段階的に向上させ、専門性を高め、モチベーションを維持するための有効な手段です。変化が激しい時代において、組織の持続的な成長のためにキャリアラダーの導入は重要な戦略となるでしょう。
キャリアラダー導入に必要となる6つの準備
キャリアラダーを導入するためには、以下の6つの準備が必要です。
(1)現状分析
職員のスキルや経験、組織の課題を分析し、現状を把握します。
(2)目標設定
組織の理念や目標に基づいて、キャリアラダーの目標を設定します。
(3)評価基準の作成
各段階で求められる能力を明確に定義し、評価基準を作成します。
(4)研修・教育プログラムの検討
キャリアラダーに連動した研修や教育プログラムを検討します。
(5)導入計画の策定
導入時期や方法、運用体制を具体的に計画します。
(6)職員への説明と合意形成
キャリアラダーの目的や内容を職員に丁寧に説明し、理解と協力を得ることが重要です。
訪問看護ステーションのキャリアラダーの例
以下は、具体的なキャリアラダーと評価シートの例です。
レベル1: 新人看護師
レベル2: 一人立ち(基礎看護実践者)
レベル3: 一人前
レベル4: 中堅(中堅看護実践者)
レベル5: 達人(管理者/スペシャリスト)
訪問看護ステーションがキャリアラダーを5年後に機能させるための方策とステップ
訪問看護ステーションでキャリアラダーを作成しても、それが十分に機能していないことは少なくありません。
キャリアラダーを導入・運用する際には、最初から完璧を目指すのではなく、無理なくできることから始めることが大切です。
例えば、現場の意見を丁寧に聴き、各段階の目標を具体的に設定することから始めるのも良いでしょう。
また、キャリアラダーは一度作成したら終わりではなく、継続的に見直し・改善を行うことが重要です。現場の状況や看護師のニーズに柔軟に対応することで、5年後に効果を発揮する優れたキャリアラダーを構築できます。
これにより、単なる書面だけではなく、看護師の成長とステーションの発展を支える有効なツールとなります。
以下では、5年間の長期的な計画に基づき、各段階における具体的な方策とステップを説明します。
1. 計画段階(1年目)「現場のニーズと連動したキャリアラダーの設計」
現場の意見を反映する
キャリアラダーを作成する際は、管理者だけでなく、現場の看護師の意見を十分に聴取しましょう。現場のニーズや課題、キャリアに対する希望などを把握することで、実効性の高いキャリアラダーを設計できます。まずはアンケートやヒアリングで現状を把握します。
明確な目標設定
各段階の目標(到達目標、行動目標など)を具体的に設定します。「どのような知識・スキルを習得すべきか」「どのような行動ができるようになるべきか」を明確にすることで、看護師は自身の成長を具体的にイメージしやすくなります。目標は、5年後の理想像から逆算して設定することが効果的です。
評価基準の明確化
各段階の到達度を評価する基準を明確に定めます。評価項目や評価方法を具体的に決め、評価の客観性と公平性を確保します。評価基準は、目標達成度を測る指標として設定します。
研修・教育体制との連動
キャリアラダーと研修・教育体制を連携させ、段階的なスキルアップを支援します。必要な研修や資格取得を明確にし、受講しやすい環境を整備することが重要です。
多様なキャリアパスの提示
管理職へのキャリアアップだけでなく、専門看護師・認定看護師などの専門分野や、教育・研修担当者としてのキャリアパスも提示することで、看護師のモチベーションを高めます。多様な選択肢により、看護師は自身の興味や適性に合ったキャリアプランを選べます。
2. 運用段階(2年目~4年目)「継続的な活用と支援」
定期的な面談の実施
管理者と看護師が定期的に面談を行い、キャリアラダーの進捗状況や課題、目標を共有します。面談は、看護師の成長を振り返り、キャリアプランを具体的に考える機会です。
自己評価と他者評価の実施
定期的に自己評価と他者評価を行い、強みや課題を客観的に把握します。評価結果を面談で共有し、今後の目標設定や研修計画に活かします。
OJT(On-the-Job Training)の充実
日常業務の中で、先輩看護師や管理者が後輩を指導するOJTを実施します。キャリアラダーに沿ったOJTプログラムを作成し、段階的なスキルアップを支援します。
キャリア形成支援
研修受講費用の補助や資格取得支援、キャリア相談窓口など、看護師のキャリア形成を支援する体制を整備します。自律的な成長を促進します。
情報共有とフィードバック
キャリアラダーの運用状況や課題を定期的に共有し、現場の意見を反映しながら改善していきます。
3. 評価・改善段階(5年目)「PDCAサイクルによる継続的な改善」
定期的な見直し
キャリアラダーは社会情勢や医療・介護ニーズの変化、現場の状況に合わせて見直しが必要です。見直しには現場の意見を再度聴取し、改善点を反映させます。
効果測定
キャリアラダーの導入による看護師の定着率、スキルアップ、サービスの質などの変化を測定し、その効果を検証します。
PDCAサイクルの実施
計画(Plan)→実行(Do)→評価(Check)→改善(Action)のPDCAサイクルを回し、キャリアラダーを継続的に改善します。これにより、キャリアラダーは常に進化し続けます。
5年間の計画に基づき、キャリアラダーを導入・運用・改善することで、看護師は自分のキャリアビジョンを実現し、高い目標に挑戦できるようになります。そして、地域医療・介護の質向上に貢献する持続可能なキャリアラダーを構築できます。
まとめ
高齢化の進展と医療技術の発展に伴い、訪問看護を取り巻く環境は今後ますます変化していくと予測されます。
特に、質の高い訪問看護の提供が求められる一方で、訪問看護師の不足がさらに深刻化する可能性があります。
このような状況の中で、持続的に質の高いケアを提供するためには、明確なキャリアパスを整備することが重要です。
そのために、キャリアラダーの導入が鍵となります。キャリアラダーは看護師の成長を可視化し、モチベーションや定着率の向上に寄与する仕組みとして注目されています。
今からその構築に向けて準備を進めることで、5年後には実際に機能し、訪問看護業界全体の発展に貢献できる体制を整えることができます。