訪問看護ステーションがその特性を活かし、事業を拡大するためにナーシングホームを開設するケースが増えています。
訪問看護ステーションがナーシングホームを開設する際、その建物を新築とすべきか、中古の改修でも運営できるか、物件選びは経営者の検討課題の一つとなっています。
コストと開設までの期間の削減を優先する観点では、中古物件の改修が適しているとの意見もありますし、機能性や設計の柔軟性を重視する観点では新築が適しているとの考えもあります。
本日は、訪問看護ステーションのナーシングホームの建物物件は、新築で建築すべきか、中古建物の改修も適しているかについて、ナーシングホームと一般的な有料老人ホームとの比較も踏まえて説明したいと思います。
ナーシングホームと一般的な有料老人ホームとの違い
訪問看護ステーションがナーシングホームを開設する際の建物物件は、新築で建築すべきか、中古建物の改修も適しているかについて検討するにあたり、まずナーシングホームと一般的な有料老人ホームとの違いを見ていきましょう。
ナーシングホームと一般的な老人ホームの大きな違いには、医療体制が挙げられます。
ナーシングホームは、介護サービスだけでなく、医療的な処置やリハビリ、看取りなどを行う施設で、難病や重度の障害により自宅で暮らすことが困難となり、医療的なサポートが必要な方が主な入居対象となります。
ナーシングホームは、日常的な生活支援に加え、医療的ケアを行うための設備やスペース、看護師の24時間365日常駐といった医療体制がある施設です。
一方、一般的な有料老人ホームは、介護が必要な入居者に、日常生活支援、身体介助、緊急時の対応、レクリエーションなどのサービスを提供する施設で、通常は医療的なケアや看取りの提供は行いません。
また、看護師の24時間365日常勤の体制は整備せず、緊急時や急変時には、介護スタッフが提携の訪問看護ステーションと連絡を取り対応をします。
ナーシングホームと一般的な有料老人ホームの共通するサービスとは
次に、ナーシングホームを開設する際の建物物件を検討するために、ナーシングホームと一般的な有料老人ホームが提供するサービスの特徴を、共通サービスとナーシングホーム特有のサービスから見ていきましょう。
ナーシングホームと一般的な有料老人ホームのどちらも、日常生活支援、身体介助、レクリエーションなどのサービスの提供においては共通しています。
以下に共通する具体的なサービスを紹介します。
健康管理
定期的なバイタル測定や食事摂取など生活の様子を観察し、毎日の健康状態の管理をします。
食事支援
1日3食とおやつを提供します。入居者の噛む力や飲み込む力に応じて、きざみ食やソフト食、ミキサー食など調整します。
身体の状況によっては、口腔ケアや食事介助も行います。
洗濯・掃除・見守りなどの生活支援
居室の掃除や洗濯のサポートをします。また、転倒や転落といった事故を事前に防いだり、急な体調不良に早期に対応するため、見守りサービスをします。
スタッフによる見守りに加え、センサーなどのシステムで、万全な見守り体制を整備しているホームもあります。その他、買い物代行や来客の受付の対応など、状況に応じた必要な生活支援サービスを提供します。
入浴介助、清拭、身体整容
入浴の準備から入浴の介助をします。入浴できない場合は、タオルで身体を拭き、清潔を保ちます。また、洗顔、歯磨き、整髪を手伝います。
排泄介助
トイレの介助やおむつ交換をします。
体位変換
寝返りの介助、床ずれを防止するための姿勢の交換をします。
更衣介助
衣類の着脱など着替えの介助をします。
移乗介助
ベッドから床や車椅子に移る際の介助をします。
歩行、外出支援
歩行時に転倒しないようにサポートしたり、通院や日用品の買い物など外出時の付き添いを行います。
ナーシングホーム特有のサービス内容とは
ナーシングホームでは、上記のサービスに加えて以下のような特有のサービスを提供するといった特徴があります。
医療的ケア
気管切開、人工呼吸器、経管栄養(胃ろうなど)、カテーテル管理、在宅酸素療法(HOT)、人工肛門(ストーマ)、喀痰吸引、緩和ケア、看取りなど医師と連携し医療的なケアを提供します。
入居の受け入れ対象
ナーシングホームでは、高齢者に限らず難病(ALS、パーキンソン病など)や末期がんの疾患、ターミナル期の方も対象として入居を受け入れて、看護師が24時間365日の常勤体制でケアを提供します。
リハビリサービス
身体機能の維持・向上のために、リハビリ専門職による機能訓練を提供するケースもあります。医療依存度が高い入居者の生活の向上に向け、いわゆる「寝かせきり」にしないようにリハビリサービスの提供に力を入れているナーシングホームも多く存在しています。
ナーシングホームに必要な設備やスペースとは
上述のようにナーシングホームでは、一般的な有料老人ホームで行うサービスに加えて、医療的ケア、難病や重度者の受け入れ、リハビリサービスを行います。
次にナーシングホームと一般的な有料老人ホームとの違いから、ナーシングホームで必要な体制、設備やスペースとはどのようなものかを把握し、建物物件の選択肢を考えていきます。
(1)看護師の24時間365日常勤のためのスペース
ナーシングホーム内に、看護師が入居者の状態を観察し、医療記録を管理したり、休憩を取りながら24時間365日常勤体制を遂行できるように設計されている独立したスペースが必要となります。
(2)ストレッチャーが入るエレベーター
ナーシングホームでは、難病や重度の方を受け入れるためのストレッチャーが入るエレベーターが必要となります。
これは、一般的なエレベーターとは異なる仕様と設備、広さが備わっている専用のエレベーターです。
(3)機械浴
ナーシングホームでは、難病や重度の入居者の安全かつ快適な入浴を支援するために一般的な老人ホームの浴槽とは異なる機械浴の設置が有効とされています。
機械浴は、入居者をリフトして持ち上げ、浴槽内に降ろすことができる機能を備えていますので介助者の負担が軽減され、本人の体への負担が最小限に抑えられます。
(4)スプリンクラー
ナーシングホームではスプリンクラーは、火災発生時の早期鎮火と入居者およびスタッフの安全確保に不可欠な設備です。
(5)救急車が通行可能な接道
難病や重度の方が入居しているナーシングホームのでは急変や緊急事態による救急搬送があります。
救急車がナーシングホームにアクセスできない場合、入居者が病院に到着するまでに時間がかかり。処置が遅れる可能性があります。
救急車が通行可能な接道は、早期の医療処置を受けるために大切な要件です。
(6)医療器具や医薬品の保管庫
ナーシングホームでは、入居者の健康管理と医療処置に必要な機器や薬剤を適切に保管するために適正な広さの保管庫が必要です。
この保管庫は、誤った使用や不正アクセスを防ぐために施錠され、限定されたスタッフや医療従事者だけがアクセスできるような機能も必要です。
(7)停電に備えた自家発電装置
ナーシングホームでは、難病や重度の方の医療ケアが24時間365日行われています。停電が発生した場合でも連続的な医療ケアができるように、自家発電装置を稼働させる必要があります。
また自家発電装置はエアコンや暖房装置の稼働を支え、室温を適切に管理します。
難病や重度の方にとって室温管理は非常に重要です。
※太陽光発電は、自然災害で停電が起きた際に、非常用電源として利用できるため、高齢者のケアが必要な施設では、太陽光発電設備を導入していると安心です。
(8)機能訓練のためのスペース
ナーシングホームでの重度の入居者に対するリハビリ職による機能訓練は、身体状態及び精神的な安定や、生活品質の向上に寄与します。重度の入居者に対する機能訓練は、個別の状態に合わせて効果的かつ安全に行う必要があるため、充分な広さのスペースが必要となります。
(9)食堂のスペース
難病や重度の方が入居するナーシングホームでは、様々種類やサイズの車椅子が利用されています。また医療処置が行われている方もいます。
こうした入居者と介助者がスムーズに移動し、着席するためには、適切な広さの食堂スペースの確保が必要となります。また、食堂スペースはナーシングホーム内での様々なイベントや活動の場所としても活用されます。
中古物件をナーシングホームにすることが難しい理由
難病や重度の方をお預かりするナーシングホームには、以下のような要素が必要不可欠となります。
・看護師の24時間365日常勤のスペース
・緊急搬送が必要な時にストレッチャーが入るエレベーター
・機械浴
・スプリンクラー
・救急車の通行が可能な接道
・医療器具や医薬品の保管庫
・停電に備えた自家発電装置
・機能訓練および充分な広さの食堂スペース
・スタッフがケアしやすい導線設計
改修によってこれらの要件を満たすことができる中古物件を見つけることは非常に困難です。
また、要件を満たす設備に近づけるような大掛かりな改修をするためには、改修コストが高額になり、最終的には新築建築と比べて費用がほぼ同額程度となる可能性があります。
本来、提供すべきサービスや機能を削って、中古物件の改修でナーシングホームを運営した場合、入居者やその家族の満足が得られず、関係者やスタッフからの評価も低くなりことが予測されます。
仮にオープン出来たとしても、長期的な視点で見た場合、機能を備えた競合との競争力が低くなってしまい、スタッフの採用や入居者の獲得、事業の維持、発展が難しくなる可能性があります。
もちろん、元々が中古物件であるため定期的に発生する修繕費用も新築に比べ高額になります。
これらの理由から、ナーシングホームを中古物件の改修で運営できる可能性は極めて低いといえます。
訪問看護ステーションがその特性を活かし、難病や重度の方へ提供する本来のサービスを充実させたナーシングホームを運営するための物件としては、新築建設を検討することが、高品質な医療ケアと介護サービスを提供するために適切な選択肢となるでしょう。
新築は、初期建設費用は高額となりますが、ナーシングホームに求められる高品質な医療ケアと介護サービスを提供し、収益を増加させる構造を築くことで、長期的な発展が期待できます。
軽度・自律できる方向けの老人ホームには中古改修型が魅力的な選択肢に
では、中古改修は、老人ホーム全般に不向きなのか、というと必ずしもそうではありません。
医療体制が必要なく、日常生活支援や身体介助を主たるサービスとしている一般的な有料老人ホームには中古改修も大きな選択肢の一つとなります。
近年、空き家が急増している背景から、国も空き家の活用、事業転用に対し、様々な規制緩和を進めています。
厚労省の有料老人ホーム設置指針には、中古物件の改修で有料老人ホームを開設する際には、以下のような緩和特例があります。
既存建築物等の活用の場合等の特例(抜粋)
・既存の建築物を転用して開設される有料老人ホーム又は定員9人以下の有料老人ホームについて、建物の構造上指針に定める基準を満たすことが困難である場合においては、条件付きで当該基準に適合することを要しない。
・都道府県知事が、火災予防、消火活動等に関し専門的知識を有する者の意見を聴いて、特定の要件を満たす木造かつ平屋建ての有料老人ホームであって、火災に係る入居者の安全性が確保されていると認めたものについては、耐火建築物又は準耐火建築物とすることを要しない。
これは、既存の中古物件で建物の構造が指針に定める基準を満たすことが難しい場合、条件付きで当該基準を満たす必要がなく、柔軟な対応が認められること、さらに専門家の意見を聴いた上で、特定の要件を満たす木造かつ平屋建ての有料老人ホームに関して、通常の耐火建築物の要件が適用されない場合もあるということです。
このように、中古改修の有料老人ホームは、安全性や適切な対応が工夫されていれば、特定の条件下で建築物の基準や要件に緩和措置が取られています。
医療的ケアを提供しない一般的な有料老人ホームは、この緩和措置を活用し、コストと開設までの期間を削減できる中古改修で始めることも魅力的な選択肢となるでしょう。
まとめ
今回は、要介護度の重い方、医療依存度の高い方をお預かりするナーシングホームを新築で建築すべきか、中古建物の改修も適しているかについてお伝えしました。
中古物件の改修は一般的な有料老人ホームで医療的なケアを提供しない場合、合理的な選択となります。
しかし、ナーシングホームとして、難病や重度の患者を受け入れ、高品質な医療的ケアを提供し、高い評価を受ける施設を運営する場合、中古物件の改修だけでは不足する要素が数多く存在します。
そのため、ナーシングホームを開設する際には、建築に精通した信頼性のある建築会社からアドバイスやバックアップを受けながら、できるだけ低コストで必要な機能や設備を整備できる新しい施設を建設することが現実的です。
これにより、訪問看護ステーションと同様に、地域から信頼と高い評価を受けるナーシングホームの運営が実現できるでしょう。