訪問看護は、利用者が望む「自分らしく生きる」のために、生活の場で看護を提供します。
病院とは異なり、病気やケガだけでなく、生活全体を見ながら、利用者の力を最大限に引き出し、自主性と満足感を促すアプローチを行います。
よりよい訪問看護の提供のためには、訪問看護師自身が健康で幸福であることが必要不可欠です。
いろいろナースでは、「訪問看護師のウェルビーング」と題して訪問看護師が幸せに働くための様々なニュース・トピックをシリーズでお伝えしていきます。
第2回目は、訪問看護師に欠かせない「マスク」をテーマに長時間のマスク着用が肌に与える影響、そして、その対策などについて恵比寿こもれびクリニックの西嶌暁生先生に解説していただきます。
訪問看護師に欠かせない「マスク」
こんにちは、医師の西嶌暁生です。
新型コロナウイルスの流行に伴い、一般人の生活に欠かせないものとなったマスクですが、パンデミックが落ち着き、最近では徐々にマスク離れが進んでいます。
一方で、医療従事者である訪問看護師は、仕事中のほとんどの時間、マスクの着用が求められています。
マスクは飛沫の拡散予防に有効で、基本的な感染対策として推奨されています。しかし、マスクを着用していると、「摩擦」、「ムレ」、「乾燥」「紫外線の影響」などが起こりやすくなります。
このため、長時間のマスク着用に伴う肌あれに悩む看護師は少なくありません。
しかし、マスクが肌に与える影響のメカニズムやマスクの知識をきちんと理解することで、肌へのダメージを軽減するために工夫や対策をおこなうことができます。
まずは、長時間のマスク着用が肌に与えるについてみていきましょう。
マスクが肌に与える6つの悪影響とは
四六時中、マスクを着用して言う看護師さんにとっては耳の痛い話かもしれませんが、同業者として、あえて情報を共有させて頂きます。
マスクが肌に与える悪影響は主に6つあります。
(1)高温多湿環境による肌へのダメージ(過乾燥)
(2)摩擦によるバリア機能の低下(かさかさ、ゴワゴワ、かゆみ、赤み)
(3)摩擦によるメラノサイトの活性化(シミ)
(4)紫外線の影響(日焼け、シミ)
(5)活性酸素による肌の老化(シワ、たるみ)
(6)高温多湿環境による細菌の繁殖(にきび)
少し長くなりますが、1つずつ、説明していきます。
(1)高温多湿環境による肌へのダメージ(過乾燥)
マスクを着用していると、マスク内は高温多湿環境となり、汗をかきます。このときマスク内の温度は外気温より1℃も上昇します。
汗がマスク内では蒸発しにくいため、肌表面に汗が長時間残り、汗に含まれる成分が刺激となり肌あれを引き起こす原因にもなります。
高い湿度に長時間さらされた皮膚は、水分を含んで膨潤した状態となります。
マスクをはずすと、皮膚周りの環境の湿度・温度が低下し、角層内に取り込まれた水分が急激に失われてしまうことで「過乾燥」の状態となってしまいます。
入浴後の過乾燥と同じメカニズムです。
マスクをはずした後、ツッパリ感を感じることはありませんか?
このツッパリ感は過乾燥による角層の物理的な収縮により認識されるといわれます。このような状況が繰り返されることでバリア機能が低下し、肌あれの原因となります。
定期的にマスクを外して蒸れを逃すことが大切ですが、換気の良い場所やまわりに人がいない場所ではずすように注意しましょう。
汗の成分が刺激になることもあるため、汗はハンカチなどでこまめに拭きとるようにしましょう。
拭き取る際は肌を擦らないように、そっと押さえつけるように拭きましょう。また、必要のない時は外し、マスクの着用は最小限にとどめましょう。
(2)摩擦によるバリア機能の低下(かさかさ、ゴワゴワ、かゆみ、赤み)
通常、お肌にはバリア機能が備わっており、肌表面は皮脂膜によって守られています。
また、角質細胞内にはお肌の水分を維持する「NMF(Natural Moisturizing Factor:天然保湿因子)」があり、セラミドなどの細胞間脂質が角質細胞の間を埋めることで、水分を保持しています。バリア機能は体内の水分蒸散を防ぐだけでなく、微生物や化学物質などの異物が皮膚内部へ侵入するのを防ぐ働きがあります。
角質の厚みはわずか0.02mmと薄く、デリケートな構造をしています。角質層はふやけたり、傷ついたりすることで、構造が容易に崩れます。
毎日マスクの線維とこすれあうことで角質が少しずつ削られてしまい、バリア機能が低下します。
バリア機能が低下すると
・皮膚が乾燥しやすくなる
・刺激物質が皮膚へ侵入しやすくなる
などにより、炎症反応を引き起こします。
マスクの線維だけでなく、洗って繰り返し使えるマスクの場合、繊維の間に残った洗剤の成分が刺激になってしまう場合もあります。
この他タバコの煙や、車の排気ガス、工場のばい煙などの大気汚染物質、PM2.5、黄砂などの大気浮遊粒子状物質、花粉など肌への刺激となるものは身の回りにありふれています。
刺激を受けた皮膚の中ではさまざまな炎症反応が生じて、ケラチノサイト(表皮角化細胞)の異常な増殖反応が起こります。
その結果、未熟なまま角質表層に押し上げられてしまって、鱗屑が形成されたり、角質肥厚が起こります。
角質が厚く硬くなるなどの表面上の形態変化が生じるので、肌がかさかさ、ごわごわしていると感じます。バリア機能の低下した肌が花粉などの刺激物質にさらされると、かゆみが出たり赤みが出ることもあります。
また、多くの女性は、日焼け止めやファンデーション、化粧品を使用しており、主に洗いすぎや合成界面活性剤の使用が原因で、マスク云々の前に一年中乾燥肌がベースになっている方が多いです。
もともと乾燥肌の方は、マスクを着ける前からバリア機能が低下していたり、皮脂や美肌菌が低下しており、マスクによる悪影響を受けやすい状態にあります。
(3)摩擦によるメラノサイトの活性化(シミ)
よく耳にする「メラニン」とは、シミのもとになる色素のこと。
本来は体の防御機能のひとつで、紫外線からDNAを守る役割があります。その「メラニン」をつくりだすのが基底膜にある「メラノサイト」と呼ばれる細胞。
この細胞は、外部刺激がきっかけで活性化し、「メラニン」を過剰につくりだしてしまうこともあります。この状態が続くと、シミとなってしまうのです。
肌へ刺激を与えるものとしては、紫外線、大気汚染物質、有害化学物質、ストレス、タバコなど色々ありますが、肌への摩擦も同様に刺激となり炎症を起こし、メラノサイトを活性化させシミができやすくなります。
肝斑というシミがある方は、ホルモンや遺伝など原因には諸説ありますが、メラノサイトが過活動状態にあるため特に摩擦に注意が必要です。
摩擦でシミがさらに悪化するので、特にマスクがこすれる頬骨の位置に肝斑ができやすい傾向にあります。
(4)紫外線の影響(日焼け、シミ)
マスクで擦れる部分は日焼け止めが落ちやすく、紫外線の影響を受けやすくなります。マスクを着用していれば日焼け止めを塗る必要がないと思っている方もいますが、マスクを着用していても紫外線を完全に防ぐことはできません。
頬骨の上など摩擦で落ちやすい部分は日焼け止めを塗り直したり、紫外線カット効果のあるマスク素材を選びましょう。日焼け止めは、紫外線吸収剤が入っていないノンケミカルタイプが肌には優しいです。
すでに肌荒れを起こしている場合や、肌が敏感なときは、マスクで隠れる部位に日焼け止めやファンデーションを塗るのは避けたほうがよい場合もあります。その場合は、日傘、帽子、サングラスなど物理的な遮光も意識しましょう。
※紫外線・日焼け対策についてはこちらの記事も参考にしてみてください。
(5)活性酸素による肌の老化(シワ、たるみ)
紫外線、摩擦、大気汚染物質、タバコなどの外的刺激は酸化ストレスとなり、活性酸素の発生を促します。活性酸素はタンパク質やDNAを傷つけ、肌の老化を招きます。
活性酸素が繊維芽細胞などを攻撃すると、コラーゲンやエラスチンの生成に影響します。
コラーゲンやエラスチンは、お肌のハリや潤いを保つために必要不可欠なタンパク質なので、お肌はハリを保てなくなり、お肌にしわやたるみが発生してしまいます。
活性酸素の除去には、抗酸化作用のある食材をとることも有効です。
(6)高温多湿環境による細菌の繁殖(にきび)
マスクにより皮膚が長期間にわたり摩擦を受け続けると、角質肥厚が起こります。
また、マスク内部は温度・湿度ともに高く、ニキビを引き起こすアクネ菌などの細菌や雑菌が繁殖しやすくなっています。
またこの状態は、汗だけではなく皮脂も分泌されやすくなります。そのため、角質肥厚により、毛穴の入り口が詰まって皮脂がたまり、ニキビとなってしまいます。
また、ニキビと似たような症状として「あせも(汗疹)」が起こる可能性もあります。
あせもとは、大量の発汗に伴い、汗の正常な排出が妨げられることで起こる発疹です。高温多湿の状況で汗腺が詰まり、皮膚の中に汗がたまることで起こります。
マスクをすることで、汗をかきやくむれやすい状態になっているため、マスク着用によるあせもにも気をつけなればいけません。
マスクの常態化による肌への影響
次にマスク着用の常態化による発生する具体的な肌トラブルについてみていきます。
(1)脂漏性皮膚炎
その名の通り、鼻や口の周りなどの脂漏部位によくできる皮膚疾患です。
痒み、火照り感は比較的少なく、カサカサした湿疹が目立ちます。脂漏性皮膚炎はマラセチアという皮脂を餌にする皮膚の常在菌が原因で生じると考えられています。
皮脂の分泌異常やビタミンB群の不足、ストレス、皮膚表面のpHなどが関与しているという説もあります。
マスクを着用すると鼻や口の周りが蒸れてマラセチアが増殖します。するとマラセチアに対して肌が過敏反応を起こして肌に炎症がおき、脂漏性皮膚炎になってしまうのです。
鼻の横あたりが左右対称に赤くなって、フケのようなものができるのが代表的な症状ですので、マスクを着用してこういった症状が出たら脂漏性皮膚炎を疑い皮膚科を受診するようにしましょう。
(2)唇の荒れ
唇は皮膚表面の角質層が薄く、皮脂腺や汗腺もないため乾燥や紫外線などの外的刺激に弱く、荒れやすいです。
マスクの着用前、外した後などは、リップクリームでケアするようにしましょう。
(3)酸欠状態
マスク着用中は自分が吐いた息がマスク内にたまり、その空気を吸うことになります。
結果として、体内に入ってくるのは二酸化炭素を多く含んだ空気。つまり今、多くの人の体が二酸化炭素過多の状態になっています。
また、コロナ禍のストレスで自律神経のバランスが乱れがちになると、交感神経が優位になります。そうなると、緊張・興奮している状態と同様に呼吸の間隔が短くなり、呼吸が浅くなるという特徴があります。
<酸欠が与える影響>
・慢性的な片頭痛
・不安やイライラ
・免疫力の低下
・集中力の低下
・肩こりや首のこりの悪化
マスクの選び方や対策
マスクの選び方は、訪問看護師にとって、感染防御を第一に考えるのか、肌に愛護的なものを選ぶのか、非常に難しく、ジレンマが生じるところです。
(1)マスクの素材
一般的な不織布マスクは表面が毛羽立っているので、皮膚はダメージを受けやすくなります。また、通気性が悪い素材はマスク内に湿気がこもりやすいため、細菌が繁殖しやすくなり肌トラブルが生じることがあります。
そのため、マスクを着用する際にはできるだけ肌に優しい素材のマスクを選ぶようにしてください。肌トラブル対策や肌荒れしている方にオススメなのは、コットン素材のマスクです。
コットンは肌に対する刺激が最も少ないことが分かっていますし、通気性も良いため肌へのダメージが少なくなります。
ただし、訪問看護師という立場から、感染防御力を最優先に考えると、不織布マスクが最も効果があります。通気性が悪いほうが感染防御力は高く、通気性のよいものは肌にはよいですが感染防御力は落ちます。
患者さんと接する時間は不織布をつけ、移動の際など、患者に接しない際は布マスクに替えるなど、状況に応じて使い分けるのもよいでしょう。
また、マスクを洗う際の洗剤や柔軟剤の成分によって皮膚炎が悪化しやすくなる場合があるため、無添加の洗剤を選ぶなど注意が必要です。
(2)マスクの大きさ
マスクは小さすぎても大きすぎても肌に刺激や負担を与え、肌トラブルの原因になってしまいます。マスクを選ぶ際には、自分の顔の形や大きさに合ったものを選ぶことも大切です。
(3)マスクの使い方
マスクを2日以上連続で使う方もいらっしゃるかもしれませんが、肌荒れ予防のためにはマスクを清潔な状態に保つことが必須です。
マスク内は湿度が高く、唾液に含まれる雑菌が繁殖しやすい環境となっています。可能であれば半日使用したらマスクを取り替えるのが理想です。長くても、1日経ったらマスクを取り替えてください。
また、マスクと肌が接触する部分にワセリンやクリームなどの保湿剤を塗ると摩擦を軽減できるほか、保湿効果も期待できます。
(4)マスクプロテクター
マスクの下にシリコン製などのプロテクターを挟むと、多少通気性がよくなり蒸れにくくなり、肌荒れがよくなる方もいます。
看護師のマスク着用におけるよくある悩み
次に看護師の長時間のマスク着用における悩みについて個別に回答させて頂きます。
長時間の物理的な接触や摩擦で、刺激性接触性皮膚炎によりかぶれる方もいます。この場合、マスクに触れる口まわりや頬、マスクのゴムが当たる耳の後ろなどに症状が出やすく、赤みやかゆみ、湿疹、水ぶくれなどの症状をともないます。
摩擦や過乾燥でバリア機能が低下すると、刺激物質が皮膚へ侵入しやすくなり、赤みやかゆみが出やすくなります。女性は普段の化粧や間違ったスキンケアでもともとバリア機能が低下している人も少なくありません。
今、顔の下半分のたるみが気になっている人は、元々たるみがある人が多いです。マスクをすることが当たり前になったから顔の下半分がゆるみ始めたわけではありません。ですがマスクで覆われていることで、表情筋が以前よりも使われなくなっていることは事実です。それが、たるみが目立つようになった原因です。
マスクをしないときは、見られているという意識から口角を上げることも多いですが、マスクをすることや人と会わないことで表情筋を使う機会がぐんと減っています。使わない表情筋は衰えます。この他、摩擦や乾燥でバリア機能が低下した肌は、紫外線や酸化ストレスの影響を受けやすく、活性酸素により肌がダメージを受けていることも考えられます。
マスクだけではなく、心身の状態も肌に影響を与えます。運動不足、栄養の偏りや睡眠不足、精神的ストレスによる自律神経の乱れ、ホルモンバランスの乱れ、冷え症などの状態は、肌のくすみやたるみにも関わってくるので、インナーケア も疎かにはできません。
まとめ
マスクの着用は肌へのデメリットが大きいと理解していても、着用せざるをえない訪問看護師の悩みは、同じ医療従事者として、心から共感します。
マスクが肌に与える影響のメカニズムやマスクの知識をきちんと解釈すると、仕事中でもできる工夫は発見できると思います。
この記事が訪問看護師の顔面の肌をマスクの脅威から守る一助になれば幸いです。
西嶌 暁生(にしじまあきお)プロフィール
医学博士、形成外科専門医
恵比寿こもれびクリニック 院長
2013年より筑波大学の形成外科で、創傷治癒、外傷、再建、美容外科及び美容皮膚科を専門とする臨床医として従事。その後、「恵比寿形成外科・美容クリニック」の副院長を経て、2023年7月に「恵比寿こもれびクリニック」を開院。肌細胞の再生をキーワードに、美と健康のパーソナルドクターとしてオーダーメイド医療を提供している。