少子高齢化に伴い、近年では、高齢者の介護を高齢者が行う「老老介護」が急増しています。
老老介護は、介護をする側である介護者も高齢者であるため、身体機能の低下や経済的な不安など問題を抱えている場合が多く、介護者が、身体面や精神的面で疲弊し、介護放棄や虐待などの事件に発展するなど社会問題となっています。
訪問看護ステーションの現場でも、こうした老老介護の悲痛な状況に直面するケースも少なくないのではないでしょうか。
在宅医療を充実させる上で、老老介護の問題を軽減させることは重要であり、訪問看護ステーションもその一翼を担うことが期待されています。
そこで、本日は、老老介護の実態や深刻な問題に焦点を当て、訪問看護ステーションがその問題を軽減できる可能性としてのナーシングホームについて伝えていきます。
老老介護の実態とは
高齢者が介護が必要な高齢者を介護する老老介護は、高齢化社会の進行とともに増加しており、内閣府が高齢化社会対策の一環として実施している、介護や高齢者の生活に関する調査結果では次のようになっています。
要介護者と同居している介護者の年齢は、約70%が60歳以上、70歳以上は約40%で、80歳超えているケースも男性で約25%と高齢者であることが明らかとなりました。
こうした結果から、内閣府の見解も、いわゆる老老介護のケースが相当数存在していることがわかるとしています。
参照元:内閣府HP「第1章 高齢化の状況(第2節 2)図1-2-2-13要介護などからみた主な介護者の続柄」
老老介護で発生する深刻な問題とは
高齢者が高齢者を介護する老老介護には多くの問題が存在します。
老老介護の問題の中で、特に深刻な点を挙げてみましょう。
(1)身体面、精神面における疲弊と医療ケアの限界
老老介護で特に深刻な問題とされていることとして、身体面、精神面における疲弊と医療ケアの限界があります。
下記グラフにあるように、訪問看護ステーション利用者の傷病別内訳では、脳血管疾患が12.9%で最も多く、次いで認知症(アルツハイマー病含む)が8.9%、悪性新生物が8.5%、パーキンソン病4.9%となっています。
これは、在宅療養で訪問看護を利用している人の約3分の1は、介護者の身体的、精神的な負担が大きく、なおかつ、医療ケアが必要となり、ある程度の医療の知識が求められることを意味します。
参照元:公益財団法人日本訪問看護財団「訪問看護の現状とこれから2023年版」
日常生活支援がわずかに必要な、程度の軽い介護であれば、老老介護であっても介護者の負担は少なく済みますが、訪問看護を利用する状態の介護では、以下のように介護者の負担は大きくなります。
身体面での疲弊
訪問看護を利用する状態の人に対して、体力が低下している高齢者が介護する場合、介護者の身体的な疲弊が激しくなります。
例えば、訪問看護ステーション利用者の傷病で最も多い、脳血管疾患の介護では、要介護者の体を日常的に何度も持ち上げる必要があるなど、腰やひざ・腕など体のいたる部分に負担がかかるケースが多くなり、高齢の介護者は身体面で疲弊します。
精神面での疲弊
また、要介護者の介護では、介護者に精神的な負担がかかるケースが多くあります。
例えば、訪問看護ステーション利用者の傷病で2番目に多い、認知症の要介護者の介護では、認知機能の低下が進行することの不安や、認知症状が原因で、深夜に起きてしまって睡眠不足に陥いるなど、介護者が高齢である老老介護では、精神面で疲弊します。
医療ケアの限界
さらに、要介護者の状態によっては、病気や複雑な医療ニーズを持つ場合があり、こうしたケースでは、介護者が高齢であると十分な医療ケアを提供するのは難しい場合があります。
例えば、訪問看護ステーション利用者の傷病で多い、悪性新生物やパーキンソン病では、医師や看護師の指導を受けて、家族などの介護者も医療ケアを担うことがあります。
介護者が高齢者である場合、これら医療ケアを施したり、医療的な知識を身に着けることが難しく、介護が限界となるケースがあります。
介護する側が高齢者である老老介護では、上記のような身体面、精神面の疲弊が激しくなり、介護者自身の健康悪化やストレスが増大したり、医療ケアの限界を感じて、結果として、介護が難しくなったり、介護する人がいなくなってしまうといった問題が生じます。
(2)経済的な制約
次に、老老介護で、特に深刻な問題として挙げられることとして経済的な制約についてみていきましょう。
内閣府の調査によると、以下グラフにあるように、介護費用について、「年金等の収入でまかなう」と考えている人が63.7%と最も多いとされています。
参照元:内閣府HP「第1章 高齢化の状況(第2節 2)」
しかしながら、老老介護においては、以下のような経済的な制約があり、年金等の収入だけでは、介護者や要介護者が十分なサポートや適切な介護を受けることが難しくなります。
①医療費の負担増
要介護者に医療ケアが必要な場合、医療器材や薬剤、通院費用など医療費がかさみ経済的な負担となります。
②ナーシングホームの高額費用
老老介護での在宅療養が限界となって施設入所を検討した場合においても、一般的なナーシングホームの費用は高額であり、年金収入でこれをまかなうことは困難となります。
③介護者自身の働きざま
老老介護を行う介護者は、仕事に就いて働き、収入を得ることが難しくなるケースがあります。
④貯蓄の減少
年を経るにつれて貯蓄も減少し、介護者の将来に備えるための経済的な余裕が減少します。
⑤社会保障の限度
要介護者のQOLの維持と、高齢の介護者の負担を軽減するために手厚い医療介護サービスを受ける必要があっても、社会保障制度の限度内での実現は難しい場合があります。
介護する側が高齢者である老老介護では、上記のような経済的な制約があり、十分なサービスが受けられないといった深刻な問題が発生します。
(3)重度化における時間的束縛
老老介護で、重度化における介護者の時間的束縛も深刻な問題として挙げられます。
下記グラフが示すように、同居している主な介護者が1日のうち介護に要している時間を見ると、要介護4では45.3%、要介護5では54.6%とほとんど終日介護を行ってることがわかります。
要支援1から要介護2までは「必要な時に手をかす程度」であった状態が、要介護3以上では「ほとんど終日」が最も多くなり、要介護度が重度化することで、介護者の時間的な束縛が大きな負担となっていきます
参照元:内閣府HP「第1章 高齢化の状況(第2節 2)」
特に近年では、核家族が増え、親族との関係も希薄になりがちな上、近所や地域の交流も減っており、要介護度が重度化しても、他に介護を手伝ってくれる人がいないことから、介護者は介護に専念せざるを得ず、外出ができなくなっていくことがあります。
老老介護の高齢の介護者が家に引きこもることで、運動不足になったり、趣味などを楽しむことができなくなり、体力や活力が失われていくといった問題が生じます。
こうした問題を抱える老老介護の高齢介護者は、情報の入手がしづらいことや、相談相手がいないことで介護鬱に発展することもあります。
さらにこした状況がエスカレートすることで、介護放棄や介護殺人などのトラブルを引き起こす恐れも出てきます。
毎日新聞 の2023/12/16の記事によると、60歳以上の当事者が死亡し、介護疲れや将来への悲観などが原因とされる親族間での殺人や無理心中事件が2021年までの10年間で、全国で少なくとも計437件(死者443人)あったことが判明しました。
平均すると、8日に1件発生していることとなります。未遂事件などを含めると頻度はさらに高くなるとみられます。
訪問看護ステーションによるナーシングホームが、老老介護の深刻な問題を軽減できる理由
前述の通り、訪問看護を利用する状態における老老介護では、身体面、精神面での疲弊、医療ケアの限界、経済的な制約、重度化に伴う負担と、それによって引き起こされる事象が深刻な問題となっています。
老老介護のこうした問題の解決となる、低価格で住める公的施設の特別養護ホームにおいては、2022年の厚生労働省の統計によれば、待機者が25万3千人であり、減少傾向にあるものの入所の待機者数は依然として多い状況です。
また、住宅型有料老人ホームは増加していますが、看護師が常勤する施設は高額であり、介護度が高い重度者や医療的なケアが必要な要介護者に対応する施設は不足しており、上述の深刻な問題から解放されるための施設入所のハードルが高い現実があります。
老老介護で介護を担う人の身体的・精神的な負担を軽減し、重度者のケアや医療ケアを提供できる低価格のナーシングホームが地域に存在することが老老介護の深刻な問題を解消できるとされ、その需要は年々増加しています。
その中で、こうしたナーシングホーム運営は、訪問看護ステーションが実現可能な担い手として期待されています。
訪問看護ステーションが運営するナーシングホームが老老介護の深刻な問題を軽減し、介護者の身体的・精神的負担を軽減し、重度者の医療ケアや低価格での入居を実現できる理由は、次のとおりです。
(1)安心感の向上
既に訪問看護ステーションを利用している要介護者や家族にとって信頼している訪問看護の運営するナーシングホームへの入所を看護師が促すことで、施設入所への不安や抵抗感がほとんどなくなり、安心感が向上します。
(2)適切な状態把握
自宅での訪問看護を提供している要介護者の入所においては、訪問看護師が、要介護者の生活や疾病の状態を適切に把握しています。このため、ナーシングホームでの継続的なケアをスムーズに施すことが可能となります。
(3)総合的なケア提供
訪問看護ステーションが運営するナーシングホームは、専門的な看護師や介護スタッフが24時間常駐しているため、総合的かつ専門的なケアが提供されるため、重度の要介護者に必要な医療ケアも効果的に行えます。
(4)経済的な効率性
訪問看護ステーションが同じ組織内でナーシングホームを運営することで、人材や資源の共有が行われ、コストを削減できるため経済的な効率性を確保することが可能となります。
これが低価格での入居を実現させ、老老介護での問題となっている、年金収入での生活の難しさを回避し、経済的な不安を解消できます。
(5)リハビリテーションの強化
訪問看護のナーシングホームではリハビリテーションが展開できるため、要介護者の身体的機能の向上が期待できます。
(6)専門性と連携の強化
訪問看護ステーションが運営するナーシングホームでは、地域の医療機関や専門医との連携が強化されます。これにより、入居者に対する専門的な医療ケアが円滑に行われ、診療や治療が適切に提供されます。
(7)地域社会との連携
訪問看護ステーションは地域に根ざしているため、地域社会との連携を強化し、入居者に包括的なサポートを提供できることで、精神的な負担の軽減が期待されます。
訪問看護ステーションのナーシングホーム設立の課題とは
前述のようにさまざまな理由から、訪問看護ステーションが運営するナーシングホームが老老介護の深刻な問題を軽減させるとして期待が高まっています。
しかしながら、訪問看護ステーションがナーシングホームを設立する際には、以下のようないくつかの課題が存在しており、急増する需要に対し、供給が不足しています。
(1)施設運営の知識不足
ナーシングホームの設立には施設建築における知識や、法的な規制の理解、施設運営の予算管理、スタッフの配置やトレーニングなど多岐にわたる知識が必要です。
訪問看護ステーションの経営者においては、これらの施設運営に関する知識を習得する機会が少ないことが、ナーシングホーム設立が伸び悩む要因となっています。
(2)資金調達の難しさ
ナーシングホームの設立には、土地取得や建物、専用の備品を始め、スタッフの採用などに多額の資金が必要となります。
これを調達するための銀行交渉がハードルとなっていることが、訪問看護ステーションによるナーシングホーム設立の課題となっています。
(3)人材確保の難しさ
ナーシングホームで質の高い介護サービスを提供するためには、看護師や介護スタッフなどの適切な人材が必要です。
これらの人材確保は難しさが課題となり、ナーシングホーム設立を踏みとどまる訪問看護ステーションもあります。
(4)地域との調和
ナーシングホームが地域社会と調和して運営されるためには、地域のニーズや期待に合致した施設づくりが必要です。
地域社会とのコミュニケーションや調整が必要であり、これがスムーズに進めることが難しいと考える訪問看護ステーションがあります。
(5)事業の持続性
運営初期は特に、入所者の募集が難しかったり、運営コストが収益を上回ることがあります。
訪問看護ステーションにおいて、事業の持続性を確保するための適切な経営戦略やマーケティングが思うように進まず、ナーシングホーム設立を断念するケースもあります。
こうした課題をクリアにして需要の急増に対応するために、訪問看護ステーションがナーシングホームを設立するためには、早期に施設運営の知識やノウハウを入手し、事前に入念な調査や事業計画を実施し、地域の需要や資金調達の計画、人材確保など、多岐にわたる側面から準備をすることが必要となります。
まとめ
少子高齢化に伴い、急増する老老介護においては、介護をする側である介護者も高齢者であり、身体機能の低下や、経済的な不安など問題を抱えている場合が多く、身体面や精神的面で疲弊し、介護放棄や虐待などの事件に発展するなど社会問題となっています。
さまざまな理由から、訪問看護ステーションがナーシングホームを設立し、運営することで、老老介護における深刻な問題を軽減できるとし、期待が高まっていますが、その設立にはいくつかの課題もあります。
訪問看護ステーションが早期に施設運営の知識やノウハウを取得し、計画的にナーシングホームの準備を進め、設立に伴う課題を克服することで、訪問看護ステーションのナーシングホームが増加することが期待されます。
これにより、急増する需要に対応し、老老介護の問題の軽減に寄与できるでしょう。