訪問看護の成長戦略の変化:複数展開からナーシングホーム開設へ

これまでは、訪問看護ステーションの経営が軌道に乗ってくると、多くの場合、新たな事業所を急速に増やし、市場占有率を高め、事業を拡大する戦略を取る方法が主流でした。

しかし、近年では、需給のバランスや収益の安定化、看護師採用の困難性を考慮する観点から、訪問看護ステーションは、新たな事業所を増やすより、ナーシングホームの設立が事業成長を計画する戦略としてより適しているとの認識が芽生えつつあります。

実際、訪問看護ステーションが新たな事業所を増やす代わりに、より包括的かつ医療的ケアを提供できるナーシングホームを開設することで、長期的な安定収益を確保し、競争力を強化して手堅く成長を遂げるケースが増えています。

本日は、訪問看護ステーションの事業所を増やす際に考慮すべきことや、増やすことのリスクを伝えた上で、訪問看護ステーションの成長戦略は、事業所を増やすよりナーシングホーム開設が適すると言われる理由について解説します。

訪問看護ステーションの事業所を増やす際に考慮すべき5つのポイント

訪問看護ステーションが順調に運営されており、更なる事業拡大に向け、事業所数を増やす成長戦略を検討する際に考慮すべきポイントを説明します。

【1】 地域の需要予測と競合状況

訪問看護ステーションが新しい事業所を増やすために、候補地域の需要予測と競合状況を調査し、調査結果を考慮する必要があります。

候補地域の需要予測と競合状況の調査は以下のように詳細に行います。

1. 地域の需要予測

<状況把握>


a. 地域内の高齢者、日常生活支援の対象者、要支援者、要介護者の各人口を把握します。


b. 高齢者、日常生活支援の対象者、要支援者、要介護者に関する身体活動、食事習慣、日常生活、地域での参加活動、社会的サポート、健康状態などについて情報を収集し、地域の現状を把握します。


c. 慢性疾患、障がい、認知症、薬物治療などに関する情報も収集し、高齢者の日常生活における介護医療ニーズを把握します。


d. 高齢者、日常生活支援の対象者、要支援者、要介護者に対する身体的なケア、医療処置、日常生活の支援が必要な状況を把握します。


<ニーズの将来的な予測>

・高齢者、日常生活支援の対象者、要支援者、要介護者人口の増減率や将来の在宅医療介護ニーズを予測します。


・将来における数年から十数年先までの予測を含め、長期的な傾向を理解します。

これらの状況把握やニーズの将来的な予測を考慮し、訪問看護ステーションの新しい事業所開設を検討します。

2. 競合状況の把握

<競合の特定>


・地域内に存在する他の訪問看護ステーションや医療提供者を特定します。


・競合の規模、運営母体、特徴、得意分野、地域での網羅率などを調査します。


<競合の市場シェアと評判>

・各競合の市場シェアと評判を調査分析し、どの競合者が地域で強力な存在感を持っているかを把握します。


<競合の戦略と弱点>


・競合の事業戦略と弱点を理解し、自社がどのように競争力を維持または強化できるかを考慮します。


・競合のサービスの質やプロモーション戦略も把握します。


<戦略の立案>

a. 需要と競合状況の分析を基に、新しい拠点の設置地を選定します。


b. 需要が高く、競合が少ない地域を重点的に検討します。


c. サービスの特化と差別化戦略を策定します。

以上のプロセスを考慮することで、訪問看護ステーションは需要を満たし、競合状況に対処し、新しい事業所の設立計画を成功に導くための戦略を策定することができます。

【2】 地域の看護師採用と増員の可能性

訪問看護ステーションが事業所を増やすために、新しい事業所で看護師の採用と増員できるかは重要なことです。

新しい事業所での看護師の採用と増員における可能性を以下の項目で調査・分析します。

1.看護師の総数: 地域の看護師の総数を把握します。


2.看護師の求人倍率:地域内の看護師の求人倍率及び、訪問看護の求人倍率を把握します。


3.看護師の資格と専門性: 正看護師、准看護師、専門看護師など、異なる資格の看護師を区別し、専門分野やスキルに関する情報を収集します。


4.経験と年齢構成: 看護師の平均年齢、経験年数、キャリア段階(新人、中堅、ベテラン)などの情報を調査します。


5.看護師の就労先分布:一般病棟、救急病棟、総合病院、精神科、クリニック、介護施設、訪問看護など就労先の分布状況を把握します。


6.雇用形態: 正社員、パートタイム、契約、派遣など、異なる雇用形態で働く看護師の割合を確認します。


7.転職・離職率: 看護師の転職率や離職率を把握し、職場環境や労働条件の状況を把握します。


8.給与水準: 給与水準や報酬制度に関する情報を収集し、訪問看護の魅力を高める施策を検討します。


9.ニーズと要望: 看護師の職場でのニーズや要望を収集し、職場環境の改善や研修プログラムの設計に役立てます。


10.訪問看護の志向: 看護師が訪問看護に興味や志向を持っているかどうかを調査し、訪問看護への就労意欲を把握します。


11.訪問看護のキャリアパス: 看護師が訪問看護をキャリアとして選ぶ際のキャリアパスや成長機会について確認します。

以上の項目を通じて、訪問看護ステーションは新しい事業所の採用計画を成功に導くための戦略を策定します。

【3】地域の連携先

病院や他の医療介護事業者との連携は、訪問看護ステーションの事業を成功させる上で不可欠な要素です。そのため、訪問看護ステーションの拠点を増やすため、地域における病院などの連携先を考慮することが重要です。

以下は、新しい事業所で病院などの連携先を考慮する際のポイントです。

1. 地域の医療介護事業者の特定

地域内に存在する病院、クリニック、診療所、リハビリ施設、薬局、介護施設、介護事業者などの医療介護事業者をリストアップし把握します。

2. 連携可能な医療介護事業者の把握

医療介護事業者の連携の可能性を確認します。
特に、大規模な医療機関は、緊急時や患者様の退院支援に新しい訪問看護ステーションとの連携が可能かを予め確認します。

ポイントを抑えて、訪問看護ステーションは新しい事業所の連携を成功に導くための戦略を策定します。

【4】資金計画と調達

訪問看護ステーションが新しい事業所を開設し、運営していくには、適切な資金の確保が不可欠です。

これを実現するための活動は次の通りです。

1. 資金計画

新しい事業所の立ち上げに必要な資金を詳細に算出し計画をたてます。事務所の賃貸、設備の導入、従業員の給与、広告宣伝費、運営費用が資金項目です。また、運営初期のキャッシュフローも十分に考慮します。

2. 資金調達

必要な資金を調達するための方法を検討します。資金調達方法には、金融機関からの融資、投資家からの資本調達、助成金、自己資金などがあります。

3. リスクマネジメント

業界や地域の特定のリスク要因(競合他社、法的規制、市場の変動など)を考慮し、それらに対処するためのリスクマネジメントを実施します。

潤沢な資金調達により、新しい事業所の立ち上げと運営を安定成長させるとができます。

【5】 事業所間の情報共有

事業所間の情報共有とご利用者情報管理は、訪問看護ステーションの効率的で質の高いサービス提供に不可欠です。

適切な情報システムの構築と導入については次の2点を考慮します。

1. システムの構築

事業所間の情報共有を円滑に行うために、適切な情報システムを構築することが必要です。このシステムによって、訪問看護ステーション全体のデータベースや情報フローを統合し、スムーズな情報共有ができるようにします。

データベースは、ご利用者の情報、訪問看護履歴、ニーズ、予定、連携先などの情報を効果的に管理します。

2. セキュリティとプライバシー管理

情報システムはセキュリティとプライバシーに関する厳格な基準に従って管理する必要があります。

以上のように、訪問看護ステーションの事業所を増やす際には考慮すべき5つのポイントを抑えた上で、適切な事業計画を立てることが必要となります。

しかし、近年では競争が激化している上、看護師の増員が難しいため、訪問看護ステーションの事業所数の拡大にはリスクが高まっているとの見方も増えています。

次に訪問看護ステーションの事業所を増やす、複数戦略のリスクについて解説します。

訪問看護ステーションの事業所を増やす、複数戦略のリスクとは

従来は、訪問看護ステーションの成長戦略として、新たな事業所を急速に増やし、市場占有率を高める方法が主流でした。

しかし、近年では情勢の変化に伴い、訪問看護ステーションの事業所数を増やすことはリスクを伴うと考えるケースも増えています。

訪問看護ステーションの事業所を増やす、複数戦略には次のようなリスクがあります。

(1)競合リスク

地域の高齢者人口や在宅医療介護需要が増加しており、競合が限定的である時代は、拠点を増やす戦略は有効でした。

しかし近年では、地域によっては訪問看護ステーションが急増し、市場での競合が激化しています。

新たな事業所を開設する際、既存の訪問看護ステーションや新参入者とご利用者や看護師を奪い合う、競合リスクが高まっています。

以下は、令和4年の都道府県別の訪問看護ステーションの増加状況です。

参照元:一般社団法人全国訪問看護事業協会「令和4年度 訪問看護ステーション数 調査結果

(2)看護師採用~増員の困難性

看護師の採用や増員は、新しい事業所を運営するために最も重要です。訪問看護ステーションの看護師の採用は、以前にも増して厳しい状況となっています。

また、訪問看護ステーションでは、看護師の採用と訓練に時間がかかるため、スピーディな拡大が難しい場合があります。新たな事業所を開設する際、適切なスタッフを確保し増員できないリスクが存在します。

(3)地域連携の難しさ

地域連携は、訪問看護ステーションの新しい事業所の成功に不可欠です。ただし、地域によっては連携先との調整が難しくなっている場合があります。

新たな事業所を開設する際、地域の医療機関や介護事業所との連携が不十分だと、事業所の成長に悪影響となるリスクがあります。

(4)事業所間の共有不足

複数の事業所を運営する際、事業所間の情報の共有は不可欠です。これがスムーズにできない場合、統制が取れなくなるリスクがあります。

(5)組織の管理と品質維持

事業所数を増やすと、組織の管理と品質管理がより複雑になります。品質の維持や組織の効率性を確保しずらくなるリスクを伴います。

こうした事業所数を増やすことのリスクを避けた訪問看護ステーションの成長戦略として優位とされ注目を集めているのがナーシングホームによる事業成長です。

訪問看護ステーションの成長は事業所数を増やすより、ナーシングホーム開設が適すると言われる6つの理由

次に、訪問看護ステーションの成長は事業所数を増やすより、ナーシングホーム開設が適すると言われる理由について解説します。

【1】訪問看護ステーションのナーシングホームは競合が少ない領域

2022年4月時点で特養(特別養護老人ホーム)に入所を申し込んでいるものの、ホームに入所していない方の待機者数は、27.5万人いると報告されています。

参照元:厚生労働書HP「特別養護老人ホームの入所申込者の状況(令和4年度)

訪問看護ステーションの運営するナーシングホームは、民間事業者によって運営される民間型特養といえます。

その特徴は、介護度3以上の方、ターミーナル、看取りに対応でき、医療的ケアも可能、看護師が24時間365日対応し、月額の費用負担が比較的安価である入居施設です。

こうした特徴を満たすナーシングホームは、訪問看護ステーションを営む事業所が運営することが最も望ましいとされています。

特養の待機者問題は、未解決のままであり、民間版特養といわれる、訪問看護ステーションが運営するナーシングホームは競合が少ない領域となっており、今後においても、競合が急増する可能性の低いとされています。

こうした理由から、競合が急増する訪問看護ステーションの複数事業所展開を避け、ナーシングホームを開設する戦略が選択され始めています。

【2】看護師採用が圧倒的に有利

下のグラフにあるように、求人倍率を施設種類別にみると「訪問看護ステーション」3.26倍、「病院(20~199床)」 1.93倍、「病院(200~499床)」1.58倍、「介護老人福祉施設(特養)」1.15倍、「ナーシングホーム含む有料老人ホーム」1.00倍となっています。

「訪問看護ステーション」は、継続して最も高い求人倍率の職種であり、採用が困難な職種となります。

さらに、直近の5年間の訪問看護ステーションの求人状況をみると、求人数は増加しているが、求職者数は2018年度をピークに減少しています。

訪問看護ステーションに比べて、求人倍率1.00倍のナーシングホームでは、求人数と求職者数が同数で、採用の困難性がほとんどない職種といえます。

参照元:公益社団法人 日本看護協会「2020年度「ナースセンター登録データに基づく看護職の求職・求人・就職に関する分析」 結果

また、訪問看護ステーションは、ご利用者数の増加の伴い、看護師の増員が必要となりますが、ナーシングホームでは、増員の必要がなく一定数の看護師で安定経営が実現します。

このように看護師採用のやりやすさの理由から、訪問看護ステーションの複数事業所展開を避け、ナーシングホームを開設するケースが増えています。

【3】大きな市場への参入が可能となる

以下のグラフに示されるように、介護保険給付に関連する総費用内での各サービス種類の内訳割合を考えると、訪問看護は全体の2.9%と、わずかなシェアしか持っていません。複数事業所展開において、この限られたシェアを競合相手と争うことになります。

一方、ナーシングホームの運営においては、サービス別費用の割合が全体の9.5%を占めている訪問介護サービスを併設することで、より大きな市場シェアに参入できることになります。

参照元:厚生労働省 老健局「介護保険制度をめぐる最近の動向について

【4】ご利用者ひとりの売上が約10倍

訪問看護ステーションのご利用者ひとりの月売上は約6万円とされています。一方、訪問看護ステーションが運営するナーシングホームの利用者ひとりの月売上は約60万円も可能と言われています。

これは、新たな訪問看護の事業所を開設して、100名のご利用者を獲得するのと、ナーシングホームを開設して10名のご利用者を獲得するのが同じということになります。

更に、ナーシングホームはニーズの高さから営業活動の労力が少なくて済むと言われています。

このように、ご利用者ひとりの売上が約10倍であり、営業活動の労力が少ないことが、ナーシングホームは、訪問看護ステーションの事業所を増やすよりも成長戦略に適している理由となっています。

【5】増え続ける独居高齢者

下の図表にあるように、独居高齢者は増加し続けています。

独居高齢者の増加も訪問看護ステーションが事業所を増やすよりも、ナーシングホームを成長戦略として選択する理由となっています。

訪問看護ステーションの看護サービスは、訪問看護師が限られた時間を提供するもので、それ以外の時間はご家族などが看ることが一般的です。
独居高齢者の場合、訪問時間以外のケアができない状況となります。

一方、訪問看護ステーションが運営するナーシングホームは、24時間365日施設内で専門職による医療・介護を提供するため、高齢者の安心な在宅療養が可能です。

下の図表は、内閣府が発表している一人暮らしの高齢化の現状です。

参照元:内閣府ホームページ

昭和55年には、男性約19万人、女性約69万人、65歳以上人口に占める割合は男性4.3%、女性11.2%であった一人暮らしの高齢者(65歳以上)は、平成27年には、男性約192万人、女性約400万人、65歳以上人口に占める割合は男性13.3%、女性21.1%となりました。

更に令和40年には、男性約356万人、女性約540万人、65歳以上人口に占める割合は男性20.8%、女性24.5%となることが推定されています。

このように、独居高齢者の数は増加し続けており、そのニーズに対応するために訪問看護ステーションが事業所を増やすよりも、ナーシングホームを成長戦略として選択する理由となっています。

【6】介護家庭の多くが老々介護

下のグラフにあるように、「要介護者等」と「同居の主な介護者」について、年齢の組合せをみると、「60歳以上同士」 の割合は77.1%、「65歳以上同士」は63.5%、「75歳以上同士」は35.7%となり、年次推移でみると、いずれも上昇傾向となっています。

「同居の主な介護者」の介護時間について、「要介護者等」の要介護度別にみると、「要支援 1」から「要介護2」までは「必要なときに手をかす程度」が多くなっているが、「要介護3」 以上では「ほとんど終日」が最も多くなっています。

参照元:高齢労働省HP「2022(令和4)年 国民生活基礎調査の概況

ほとんど終日の介護が必要となる要介護3以上の高齢者の老々介護家庭では、時間的に制約のある訪問看護ステーションや在宅サービスでは限界があります。

現代社会において、多くの介護家庭が老々介護の課題を抱えており、そのために訪問看護ステーションの需要が増加しています。

しかし、この増加に比べて、ナーシングホームへの入居を希望する家庭が圧倒的に多いのが現状です。

こうした理由から、訪問看護ステーションは新しい事業所を開設する代わりに、ナーシングホームを設立して、事業を拡大を成長戦略として選択するケースが増えています。

まとめ

訪問看護ステーションの成長戦略は時代と共に変化しています。

以前は、訪問看護ステーションは競争が激しくない「ブルーオーシャン市場」と言われ、市場占有率を高めるために急速に新しい事業所を展開し、事業を拡大することが主要な戦略でした。

しかし、近年では訪問時間ステーションを取り巻く状況が変化し、需要を超える供給数となっている地域があったり、看護師採用の困難性が増すなど、新しい事業所を展開するリスクも取り上げられています。

その一方で、競合が少なく、看護師の採用が容易であり、ご利用者の売上単価が高く、経営が安定するナーシングホームの設立による成長戦略が優勢になっています。

今後、訪問看護ステーションへ参入する方や既存の経営者にとっては、複数の事業所を展開する際に考慮すべき要点を確認し、ナーシングホームの設立も含めた戦略を検討することも必要となってくるでしょう。