訪問看護は「地域価値創造型」の時代へ──その道筋と実践例

高齢化の進展に伴い、社会保険制度の持続可能性があらためて問われるようになってきました。そうした中で、訪問看護ステーションを取り巻く環境も徐々に厳しさを増しています。

人材不足の深刻化や、介護・医療保険制度の見直し、さらに事業者間の競争の激化など、さまざまな課題が重なり合っています。

訪問看護ステーションは従来の延長線上では立ち行かず、いまこそ事業運営のあり方そのものを見直す転機が必要と言われています。では、これから何が求められ、どのように変わっていくべきなのでしょうか。

いま訪問看護に求められているのは、単に看護ケアを提供し、利用者数や売上を拡大することにとどまらず、地域に根ざし、地域とともに課題を解決することで、「地域にとってなくてはならない存在」として価値を生み出す、“地域価値創造型の訪問看護ステーション”としての取り組みです。

こうした取り組みは、地域住民のQOL(生活の質)向上や在宅療養の適切な推進を通じて、介護・医療保険の給付抑制にも寄与し、社会保障制度全体の持続可能性を支える重要な役割を担うと期待されています。

今回は、「地域価値創造型」としての訪問看護とは何か、その必要性、実際の取り組み事例や今後の5年間の展開計画、そして得られるメリットについて詳しく紹介します。

目次

地域価値創造型の訪問看護とは何か?

地域価値創造型の訪問看護とは、単に医療や看護ケアを提供するだけでなく、地域の中で健康・福祉・生活の質(QOL)を高める活動に積極的に関わり、「ケアの担い手」から「地域づくりのパートナー」へと役割を広げていく、“地域にとってなくてはならない存在”としての訪問看護ステーションへの転換を意味します。

具体的には、次の3つの変化が求められています。

1. ケアの提供者から、地域づくりの担い手へ

従来の医師の指示に基づいて訪問しケアを提供することに加えて、地域での、健康教室や介護予防イベント、子育て支援などに関わります。

2. 利用者中心の支援から、地域全体への貢献へ

これまでは訪問先の利用者への個別対応が中心でしたが、今後は地域全体の課題に対しても働きかけていきます。
たとえば、認知症予防の講座を地域住民向けに開催したり、災害時に要支援者をどう支えるかといった地域の防災体制づくりに参画するなど、幅広い活動が求められています。

3. 医療者の視点にとどまらず、多職種・多機関との連携で地域課題を解決

一人の看護師だけで解決できない複雑な課題には、行政職員、介護福祉の専門職、栄養士、学校教員、地域ボランティアなどと連携して取り組みます。

たとえば、独居高齢者の生活困難に対して、医療だけでなく福祉・生活支援の側面からも包括的に支援する“地域チーム”の一員として動くことが求められています。

このように、地域価値創造型の訪問看護とは地域社会の未来を地域と共につくっていくという進化を意味する概念であり、訪問看護ステーションが地域に価値をもたらすことで、地域からの信頼を得て、続可能な運営と新たな競争力の獲得へとつながっていきます。

なぜ今、訪問看護に地域価値創造へのシフトが求められるのか?

日本社会は今、かつてないスピードで高齢化が進み、地域医療・介護を取り巻く環境が大きく変化しています。

こうした変化の中で、訪問看護ステーションには、単なる医療提供の枠を超え、地域に新たな価値を創出する役割へのシフトが求められるようになってきました。

その背景には、以下のような複合的な課題があります。

1. 高齢化の進行と医療・介護ニーズの増大

2040年には高齢化率が約35.3%に達すると見込まれており、高齢者の慢性疾患やフレイルの増加により、医療・介護の需要は今後ますます拡大します。

2. 膨らむ社会保障費とその抑制の必要性

2022年度の国民医療費は約46.1兆円、介護給付費は約11.3兆円と過去最高を記録。こうした中、訪問看護が重症化予防や自立支援による費用抑制の鍵を握っています。

3. 医療関係人材の不足

訪問看護を含む看護職は慢性的な人手不足が続いており、2040年にかけて医療・介護ニーズがピークを迎える中、その深刻さはさらに増すと見込まれています。こうした状況下で、限られた人材を有効に活用し、地域を支える体制の構築が急務です。

4. 多様化する住民ニーズと予防・健康づくりの重要性

高齢者だけでなく、子育て世代や働く世代の心身の健康にも支援が必要です。また、病気のケアにとどまらず、予防や健康づくりを通じた支援が、健康寿命の延伸と地域全体の活力向上につながります。

地域価値創造型の訪問看護~取り組み例

ここでは、訪問看護ステーションが実際にどのような地域価値創造型として実践するかについて、その取り組み例を分野別に紹介します。

1. フレイル・認知症予防教室

対象 高齢者とその家族、介護予防に関心のある住民
主な内容 ・椅子に座ってできる筋力体操(理学療法士)
・たんぱく質・水分摂取の栄養指導(看護師)
・脳トレや回想法を使った認知症予防(作業療法士)
・家庭で続けられる健康習慣の紹介

※看護師や療法士が主導し、必要に応じて栄養士や体操指導員と連携します。

2. 健康相談会・講演会

対象 地域住民全般、中高年、子育て世代、企業の従業員など
主な内容 ・生活習慣病・転倒・嚥下障害の予防(看護師・療法士)
・ストレス対処や睡眠改善のアドバイス(作業療法士など)

※会場は公民館や地域包括支援センター、企業など柔軟に対応可能です。

3. 自治体主催の介護予防事業への参画

対象 市町村が実施する高齢者向け通いの場・健康教室
主な内容 ・教室の講師として看護師・療法士が参加
・プログラム設計段階から専門職が関与
・出前講座形式(月1回の地域開催など)

※行政と連携し、地域包括ケアの一翼を担います。

4. 子育て世代向け健康教室

対象 妊婦、乳幼児の保護者、子育て支援団体
主な内容 ・産後ケアや心身の変化への対応(看護師)
・乳幼児の事故予防や感染対策
・育児中のメンタルヘルス支援と相談対応

※地域に「気軽に相談できる看護職」がいることで、育児疲れの解消や、孤立予防にもつながります。

5. 一般企業向け健康経営支援

対象 健康経営に関心のある企業とその従業員
主な内容 ・健康チェックと生活習慣改善の支援
– 血圧測定、体調チェック、ストレスや睡眠の相談対応
– 食事・運動・姿勢など、生活習慣病予防に向けたアドバイス

・メンタルヘルスサポート
– 精神的ストレス、不安、不眠などの初期相談
– 必要に応じて産業医や専門機関との連携も

・リモートワークや座り仕事に伴う不調のケア
– 肩こり、腰痛、眼精疲労の予防とセルフケア指導
– リハビリ職と連携したストレッチや簡単な運動メニュー提案

※企業における健康課題への対応は、従業員の生産性向上や離職防止にもつながります

近年では、こうした取り組みに対して国の補助金制度が発足した以下のような事例もあります。

厚生労働省が令和7年度に創設した「エイジフレンドリー補助金」では、中小企業を対象に、理学療法士等による身体機能チェックや運動指導に係る経費の4分の3(上限100万円)が補助されます
(申請期間:令和7年5月15日~10月31日)。

この制度を活用し、訪問看護ステーションに所属する療法士が企業と連携して、職場での腰痛・転倒予防指導を実施する取り組みも始まっています。

▶ 詳細:https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_09940.html

このような補助制度をうまく活用すれば、企業にとっては費用負担を抑えながら専門的な健康支援を導入でき、訪問看護ステーションにとっても企業向けサービス拡大の好機となります。

こうした実践を積み重ねることで、訪問看護ステーションは、地域課題に挑む、地域価値創造型の訪問看護として、新たな役割を担うようになっていきます。

地域価値創造型訪問看護として確立する5年計画

訪問看護ステーションが「地域価値創造型」へと進化し、地域にとって“なくてはならない存在”となるためには、計画的かつ段階的な取り組みが求められます。以下は、その確立に向けた5年間の実践プラン例です。

【1年目】地域との接点づくり・現状把握フェーズ

目的:地域課題の把握とステーションの信頼づくり

・地域の保健・福祉関係者、行政、自治会、学校などとの関係構築をスタート

・地域ニーズの調査(ヒアリングを通じた情報収集)

・地域イベントへの参加・協力(健康相談ブース設置など)

・スタッフ向け研修:地域連携・健康教育に関する基礎研修の実施

【2年目】地域参加型の活動開始フェーズ

目的:地域住民との継続的な関わりを通じた信頼の定着

・フレイル・認知症予防教室や健康講座などの定期開催(主催または共催)

・地域包括支援センター・自治体との連携強化(介護予防事業の受託等)

・子育て世代や就労世代向けの健康教室・ミニセミナーを開始

・企業向け健康支援ニーズのヒアリング・関係構築

【3年目】多様な主体との連携強化フェーズ

目的:地域課題解決の主体としての機能発揮

・行政・医療・福祉・教育・企業などとの多職種連携モデルの構築

・健康経営支援サービスの試行・企業との連携開始(補助金制度の活用提案含む)

・地域防災・災害支援ネットワークへの参画

・地域課題別のプロジェクト立ち上げ(独居高齢者、ヤングケアラー支援など)

【4年目】「地域の資源」としての定着フェーズ

目的:地域からの評価・依頼を得るポジションへの移行

・自治体や企業との共同事業の実施・委託化(例:通いの場の運営受託)

・訪問看護ステーション主導の地域保健プロジェクトの発信

・地域の専門職ネットワークの中核として活動(事例共有会、研修会の主催)

・企業支援の定型化(健康支援メニュー化・定期契約化)

【5年目】地域価値創造型訪問看護の確立フェーズ

目的:地域に根付き、将来にわたって価値を提供する存在として確立

・「地域価値創造型訪の問看護ステーション」としてブランド化・広報

・他地域への取り組みモデルの展開(視察受け入れ、ノウハウ共有)

・持続可能な体制の確立(新規職員の教育、専門人材の配置)

・自治体計画や地域包括ケアビジョンへの正式参画

訪問看護が地域価値創造型へシフトするメリットとは?

訪問看護ステーションが地域価値創造型へとシフトすることは、ステーション運営と地域社会の両方に以下のような大きな実利をもたらします。

1. 地域からの信頼・ブランド力向上

地域価値創造に本気で取り組むことで、ステーションは「地域の健康を共に創るパートナー」としての地位を確立できます。地域住民からは「頼れる存在」として、医療機関・専門職からは「連携しやすい」と信頼され、行政からは地域の課題解決に貢献する重要なプレーヤーとして評価されます。結果として、ステーションのブランド力は大きく向上します。

2. 利用者・家族の満足度向上と継続利用促進

予防や健康づくりに積極的に関わることで、利用者の生活の質が向上し、ステーションへの満足度が高まります。病気になる前から「伴走者」としてサポートすることで、利用者や家族は安心感を得られ、「できることが増えた」「生活が楽しくなった」という実感が深まります。これにより、継続利用や新規紹介に繋がります。

3. 多職種・他機関との連携強化による支援力向上

地域価値創造の訪問看護では、多職種・他機関との協働が不可欠です。地域包括ケアシステムの中で多様な専門家と連携することで、各機関の役割を理解し、より円滑な連携が可能になります。複雑なケースでもチームとして最適なサポート体制を構築でき、支援の質と効果が飛躍的に向上します。

4. 保険外サービスや予防分野での新たな需要創出

介護保険や医療保険の枠にとらわれない予防・健康づくりの分野は、新たな事業展開の大きな可能性を秘めています。予防医療や健康経営支援など保険適用外のサービス提供により、安定した収益源を確保できます。地域のニーズに応じたオーダーメイドのサービスを開発し、新たな市場を開拓できるでしょう。

5. 地域全体の医療・介護費削減による評価向上

地域住民の健康寿命が延び、生活習慣病の重症化予防が進むことは、地域全体の医療費や介護費削減に繋がります。ステーションの活動が地域経済にも良い影響を与えることは、行政や地域社会から高く評価されます。

医療・介護費削減への貢献は、自治体との連携や補助金獲得にも有利に働く可能性がありす。

6. 働きがいや誇りのある職場づくりによる人材確保と定着

訪問看護ステーションの地域価値創造への取り組みは、スタッフの働きがいと成長に深く関わります。

「地域の健康と生活全体を支える」という実感は、専門職としての誇りや使命感を高めます。多職種連携や地域課題解決への主体的な関与は、新たな知識やスキルの習得に繋がり、キャリアアップの機会を増やします。

これにより、離職率の低下や優秀な人材の確保にも繋がります。

このように、地域価値創造型へのシフトは、訪問看護ステーションにとって社会貢献と事業成長の両方を実現する大きなメリットをもたらします。

まとめ

加速する高齢化、医療・介護ニーズの増大、社会保障費の膨張、人材不足といった日本の複合的な課題に対し、訪問看護ステーションは変革を求められています。これからの訪問看護は、ケアの提供の枠を超えて、地域に深く根ざし、地域と共に課題を解決する「地域価値創造型」へとシフトすることが不可欠です。

地域価値創造へのシフトは、社会貢献と事業成長の両方を実現する、訪問看護の未来にとって不可欠な道筋と言えるでしょう。