訪問看護師のためのフィジカルアセスメントガイド ABCDEアプローチ、qSOFA、SAMPLE、OPQRST、FASTの解説

在宅療養では、患者が自宅や施設で療養を行うため、日常的な身体の変化や健康状態の監視が非常に重要です。訪問看護師は、患者の身体観察の責任者であり、医療の専門家として微細な異常を早期に発見する観察力を持つことが求められます。

特に訪問時におこなうアセスメントを通して利用者の身体症状の変化や普段との違い、異常の原因などを見極めることはとても重要です。

今回は、訪問看護におけるフィジカルアセスメントの重要性と、ABCDEアプローチ、qSOFA、SAMPLE、OPQRST、FASTという訪問看護におけるフィジカルアセスメントとの5つの手法について詳しく探っていきます。

訪問看護におけるフィジカルアセスメントの重要性

フィジカルアセスメントは、訪問看護において欠かせない要素です。患者の健康状態を的確に評価し、早期に異常を発見することは、適切なケアの提供や重篤な合併症の予防につながります。

また病院などの一時的な診察と比較して、訪問看護師は長期にわたって療養者を見ているため、微細な変化にも敏感に気づくことができます。

では訪問看護におけるフィジカルアセスメントの重要性について具体的にみていきましょう。

(1)高齢者は身体的な変化や症状が明確に現れにくい

高齢者は、身体的な変化や症状が明確に現れにくいことがあります。例えば、軽度の感染症や内臓の異常などは症状がほとんど現れず、重症化するまで気づきにくい場合があります。訪問看護師はフィジカルアセスメントによって、身体の微細な変化を観察し、早期に異常を発見することができます。

(2)うまく言葉にできず、我慢していることもめずらしくない

療養者の中には、認知症や言語障害を抱えている場合もあります。そのため、自覚症状があっても、それを的確に伝えることが難しいことがあります。訪問看護師は、フィジカルアセスメントを通じて、患者の身体の状態や反応を観察し、非言語的なサインや変化を読み取ることができます。

(3)複数の病患を併せ持っているため、異常の原因を見極めるのが困難

在宅療養では、多くの療養者が慢性疾患や合併症を抱えています。このような場合、異常の原因を特定するのが困難なことがあります。たとえば、呼吸困難や疲労感がある場合、それが心臓の問題なのか肺の問題なのかを見極めることが難しいことがあります。訪問看護師は、継続的なフィジカルアセスメントを通じて症状のパターンや変化を把握し、療養者の状態を的確に把握し、必要な場合には医療チームと協力して状況を判断することが重要です。


このように、訪問看護においてフィジカルアセスメントの重要性は多岐にわたります。

訪問看護師は療養者の身体的な変化を的確に観察し、異常を早期に発見することで、適切な介入や医療チームとの連携を行います。

また、高齢者や認知症の患者においては、フィジカルアセスメントが特に重要であり、症状の早期発見や緊急事態の予防につながります。訪問看護師の継続的な観察力と専門知識によって、在宅療養者の安心感や安全性が確保され、質の高いケアが提供されるのです。

訪問看護のフィジカルアセスメントの5つの手法とは

訪問看護のフィジカルアセスメントは、患者の健康状態を評価し、必要なケアを提供するために重要な手法です。その中でも、ABCDEアプローチ、qSOFA、SAMPLE、OPQRST、FASTという5つの手法は特に注目されています。

訪問看護のフィジカルアセスメントの5つの手法

(1)ABCDEアプローチ

ABCDEアプローチは、緊急医療現場で初期評価や緊急処置を行うために開発されました。この手法は、患者の状態を総合的に評価するためのシンプルなフレームワークです。

(2)qSOFA

qSOFA(Quick Sequential Organ Failure Assessment)は、敗血症の早期識別に役立つツールです。敗血症は重篤な感染症であり、早期発見と適切な治療が必要です。

(3)SAMPLE

SAMPLEは、病歴の取得に役立つ手法です。主に救急医療現場で使用され、患者の状態や症状に関する情報を収集するためのフレームワークとして機能します。

(4)OPQRST

OPQRSTは、痛みや症状に関する情報を評価するための手法です。患者の主訴や症状の詳細な情報を収集することで、疾患の特定や痛みの原因の特定に役立ちます。

(5)FAST

FAST(Face, Arms, Speech, Time)は、脳卒中の早期識別に役立つツールです。脳卒中は重篤な状態であり、早期の治療が重要です。

では、それぞれの手法について詳しく解説していきます。

ABCDEアプローチ

ABCDEアプローチは、重篤な状態や合併症の早期発見に役立ちます。背景としては、救急医療で使用されるABCDEアプローチが元となっています。ABCDEは、Airway(気道)、Breathing(呼吸)、Circulation(循環)、Disability(意識レベル)、Exposure(外傷や体温調節の評価)の頭文字を表しています。

それぞれの要素を詳しく説明します。

A: Airway(気道)

この要素では、患者の気道の確保と通気性の評価を行います。気道の確保が困難な場合、呼吸困難や窒息の危険性があります。訪問看護師は、気道の阻害要因(舌根の後傾、嘔吐物、異物など)を除去し、気道確保のために適切な措置を取る必要があります。

B: Breathing(呼吸)

この要素では、呼吸の評価を行います。訪問看護師は、呼吸の頻度、リズム、深さ、努力などを観察します。呼吸困難、異常な呼吸音、呼吸の浅さや速さ、シアンーゼ(口唇や末梢部の皮膚の青紫色)などの異常を確認します。呼吸の異常がある場合は、迅速な対応が必要です。

C: Circulation(循環)

この要素では、循環の評価を行います。訪問看護師は、脈拍の頻度、リズム、強さ、血圧の測定などを行います。また、皮膚の色、温度、湿度、脈拍の充実度なども評価します。循環不全の徴候やショック状態があるかどうかを把握し、必要に応じて早急な対応を取ります。

D: Disability(脳神経機能)

この要素では、患者の脳神経機能の評価を行います。意識レベル、認知機能、運動能力、感覚、反応性などを評価します。訪問看護師は、患者の意識レベルや症状の変化を的確に把握し、脳神経疾患や外傷の可能性を判断します。

E: Exposure(外傷や体温)

この要素では、外傷や体温の評価を行います。訪問看護師は、患者の体表面を観察し、外傷や皮膚の異常、出血、腫れ、潰瘍などを確認します。また、体温の異常(発熱や低体温)も評価します。外傷の可能性がある場合は、適切な処置や緊急の医療対応を行います。体温の異常がある場合は、原因を特定し、必要に応じて適切な措置を取ります。

ABCDEアプローチは、緊急時に生命維持に必要な要素を網羅的に評価するための手法です。このアプローチを使用することで、緊急事態や異常な状態を早期に発見し、適切な医療アクションを取ることができます。

訪問看護師は、このアプローチを適切に実施し、患者の安全と健康を確保するために必要な対応を行います。ただし、ABCDEアプローチは緊急時に使用されるものであり、一般的な訪問看護の評価手法ではありません。

qSOFA

qSOFA(quick Sequential Organ Failure Assessment)は、訪問看護におけるフィジカルアセスメントの手法の1つです。

qSOFAは、重篤な感染症による臓器不全の早期識別を目的として開発されました。以下にqSOFAの要素を詳しく説明します。

Respiratory Rate(呼吸数)

患者の1分間あたりの呼吸数を評価します。正常な成人の静息時の呼吸数は、通常は12〜20回/分です。qSOFAでは、22回/分以上の高い呼吸数を異常と見なします。

Altered Mental Status(意識変動)

患者の意識状態を評価します。意識変動は、一般的に患者の反応性の低下や混乱、傾眠、昏睡などの症状を指します。qSOFAでは、一過性または持続的な意識変動を異常と見なします。

Systolic Blood Pressure(収縮期血圧)

患者の収縮期血圧を評価します。正常な血圧範囲は個人によって異なりますが、qSOFAでは100 mmHg未満の収縮期血圧を低血圧と見なします。

qSOFAは、これらの要素を使って簡易的に臓器不全の兆候を評価します。患者がqSOFAの基準を満たす場合、重篤な感染症による臓器不全のリスクが高まっている可能性があります。

ただし、qSOFAは訪問看護の一環として使用される一般的な評価手法ではなく、主に救急医療や重症患者の評価に用いられます。訪問看護においては、qSOFAの結果を総合的に判断し、必要に応じて医師や適切な医療機関との連携を取ることが重要です。

SAMPLE

SAMPLEは、主訴、アレルギー、既往歴、薬品、最後の食事、イベント(S-AMPLE)の頭文字を表しています。この手法は、症状や状態の詳細な把握に役立ちます。

以下にSAMPLEの要素を詳しく説明します。

Signs and Symptoms(症状)

患者が抱えている具体的な症状を評価します。例えば、疼痛、吐き気、めまい、息切れなど、患者が主訴とする症状を明確に把握します。

Allergies(アレルギー)

患者がアレルギー反応を示す可能性のある物質や薬剤について評価します。過去のアレルギー反応や過敏症の情報を収集し、訪問看護において適切な医療行為や処置を実施する際に注意を払います。

Medications(薬剤)

患者が定期的に服用している薬剤や補完療法について評価します。薬剤の種類、投与量、投与頻度、処方医の情報などを収集します。これにより、患者が薬物相互作用や副作用のリスクにさらされる可能性を把握し、適切な看護ケアを提供します。

Past Medical History(既往歴)

患者の過去の病歴や既往疾患について評価します。慢性疾患、手術歴、入院歴、家族歴などの情報を収集し、現在の状態との関連性を把握します。

Last Oral Intake(最終摂取物)

患者が最後に摂取した食物や飲み物、薬剤について評価します。これにより、栄養状態や血糖値管理の情報を収集し、看護ケアの計画やアセスメントの根拠とします。

Events Leading to Present Illness(現在の病状への経緯)

患者の現在の病状がいつから始まったのか、何がきっかけとなって発症したのかを評価します。具体的な症状の開始時期、状態の進行、関連するイベントや状況の詳細を収集します。例えば、急性な出来事や特定の活動、環境要因などが現在の病状に関与している可能性があります。この情報を収集することで、病因や進行メカニズムを理解し、適切な看護計画を立てる上での根拠とします。

SAMPLEの手法を使用することで、訪問看護師は患者の病歴や現在の状態に関する重要な情報を収集することができます。これにより、病状の原因や進行のメカニズムを理解し、適切な看護ケアや処置を計画する上で有益な情報を得ることができます。また、過去の病歴やアレルギー情報などは、訪問看護師が提供する看護ケアや処置の安全性を確保するために重要な要素です。

ただし、SAMPLEは訪問看護における総合的な評価手法の一部であり、単体で使用されることはありません。訪問看護師は、この手法を他のアセスメント手法や評価ツールと組み合わせ、総合的な評価を行うことが重要です。

OPQRST

OPQRSTは、痛みや症状の評価に用いられる手法です。それぞれの頭文字は、Onset(発症)、Provocation(誘因・増悪要因)、Quality(性状・品質)、Radiation(放散・部位への広がり)、Severity(重症度)、Timing(時期)を表しています。

以下にOPQRSTの要素を詳しく説明します。

Onset(発症様式)

症状が始まった経緯や様式について評価します。患者に症状が突然発生したのか、徐々に進行したのか、ある特定の刺激や活動によって引き起こされたのかなどを明確に把握します。

Provocation/Palliation(増悪・寛解因子)

症状が増悪する要因や逆に緩和する要因について評価します。特定の動作、姿勢、食事、薬剤、休息などが症状を増悪させたり、逆に緩和させたりするかを把握します。

Quality(性質・程度)

症状の性質や程度について評価します。例えば、痛みの種類(鈍痛、鋭い痛み、圧迫感など)や痛みの程度(軽度、中等度、重度)などを把握します。この情報は、症状の原因や進行状態を理解するために重要です。

Region/Radiation(部位・放散)

症状の発生部位や放散範囲について評価します。患者がどの部位で痛みや不快感を感じているのか、それが他の部位に広がっているのかを把握します。放散する症状がある場合は、その放散範囲を特定します。

Severity(重症度)

症状の重症度や影響度について評価します。患者の主観的な評価や日常生活への影響、痛みの強さなどを把握します。これにより、症状の深刻さや緊急性を判断し、適切な看護ケアや処置を計画する上での根拠とします。

Time(時間経過)

症状の時間的なパターンや変化について評価します。症状の時間的な変化やパターン、発生頻度などを評価します。症状が特定の時間帯や特定の活動後に出現するか、一定の期間が経過すると自然に消失するかなどを把握します。また、症状の変化や進行に関連する時間的な要素を評価することで、治療の効果や病態の進行状況を判断する上で役立ちます。

OPQRSTの手法を使用することで、訪問看護師は患者の症状や痛みに関する重要な情報を収集することができます。これにより、症状の原因や進行メカニズムを理解し、適切な看護ケアや処置の計画を立てる上で有益な情報を得ることができます。

特に「症状が急速に悪化している」「重度の痛みや不快感がある」「症状が放散している」「症状が時間の経過とともに悪化している」などのパターンは、すぐに医師に診てもらうべきかを判断する上で重要な手がかりとなります。

ただし、OPQRSTは訪問看護における総合的な評価手法の一部であり、単体で使用されることはありません。訪問看護師は、この手法を他のアセスメント手法や評価ツールと組み合わせ、総合的な評価を行うことが重要です。また、患者とのコミュニケーションや臨床判断力も重要な要素となります。

FAST

FAST(Face, Arms, Speech, Time)は、訪問看護におけるフィジカルアセスメントの手法の1つです。主に脳卒中の症状や神経学的な異常を評価するために使用されます。以下にFASTの要素を詳しく説明します。

Face(顔)

顔の表情や筋力、感覚などを評価します。訪問看護師は、患者の顔が左右対称であるか、笑顔が歪んでいないか、感覚障害や知覚異常があるかなどを観察します。顔の筋力や感覚の異常は、脳卒中などの神経学的な問題を示唆する可能性があります。

Arms(腕)

腕の筋力と運動制御を評価します。訪問看護師は、患者が腕を上げ下げすることができるか、両腕の力が均等であるか、片方の腕に筋力低下や麻痺があるかなどを観察します。腕の筋力や運動制御の異常は、脳卒中などの神経学的な問題を示唆する可能性があります。

Speech(話し方)

話し方や言語の障害を評価します。訪問看護師は、患者が明瞭な言葉で話すことができるか、言葉の発音やリズムに問題がないか、言葉を理解することができるかなどを観察します。言語の障害は、脳卒中などの神経学的な問題を示唆する可能性があります。

Time(時間)

症状の持続時間や発生頻度を評価します。訪問看護師は、患者が症状を経験した時間的なパターンや継続時間、発作的な症状の頻度などを尋ねます。時間的なパターンや頻度には個別の特徴があり、診断や治療計画の立案に役立つ情報を提供します。

FASTの手法を使用することで、訪問看護師は脳卒中などの神経学的な異常を迅速に評価することができます。これにより、症状の早期発見や病態の進行度を把握し、適切な医療対応や緊急処置の必要性を判断することができます。

まとめ

訪問看護ステーションのサービスの質向上において、これらのフィジカルアセスメント手法は重要な役割を果たします。適切な手法を選択し、正確な評価を行うことで、患者の健康状態を継続的にモニタリングし、早期の異常や合併症を発見することができます。これにより、予防措置や適切な治療を行うことができ、患者の病状の悪化を防ぐことができます。

また、これらのフィジカルアセスメント手法は情報収集の効率性を高めることができます。短時間で必要な情報を収集し、患者の状態を総合的に把握することができます。これにより、訪問看護師は限られた時間の中で効果的にケアプランを立案し、効率的なサービスを提供することができます。

さらに、これらのフィジカルアセスメント手法はチーム間のコミュニケーションをスムーズにする助けとなります。訪問看護師が患者の評価結果を的確に伝えることで、他の医療プロフェッショナルとの連携や必要な専門家への紹介が円滑に行われます。これにより、継続的なケアの質が向上し、患者のニーズにより適したケアを提供することができます。