訪問看護ステーションは、ご存じの通り、人材集約型の事業です。看護師や療法士といった専門職が主軸を担う組織構造であるため、一般企業と比べてもマネジメントの難易度が高く、人間関係の悪化による離職が後を絶たないという声も少なくありません。
さらに近年では、同一エリア内での競合ステーションの増加や、人材獲得競争の激化など、経営環境は一層厳しさを増しています。
こうした中で、人材が定着し、スタッフ一人ひとりがやりがいを持って働くためには、「この組織は何を目指しているのか」という理念やビジョンを、明確にし、日々の現場にまで浸透させていくことが欠かせません。
その鍵となるのが、インナーブランディングです。
今回は、訪問看護ステーションにおけるインナーブランディングの重要性と、現場で実践できる具体的な方法についてご紹介します。
インナーブランディングとは?組織の「軸」を育む戦略
まずインナーブランディングは何かについてみていきます。
インナーブランディングとは、企業の理念、ビジョン、ブランド価値といった根幹を、社員(この場合は訪問看護師やスタッフ)に対して社内で積極的に伝えていく戦略的な活動です。
スタッフ一人ひとりが「なぜこの仕事をしているのか」「このステーションで何を実現したいのか」を深く理解し、共通のゴールに向かって自発的に行動できるようにすることを目指します。
また、単なる「お給料をもらう場所」ではなく、自身の仕事に意味や価値を見出し、ステーションの一員であることに誇りを持てるような組織風土を醸成することが、インナーブランディングの最終的な目標です。
訪問看護ステーションの現状とかかえる課題
次に、訪問看護ステーションの運営における現状と、組織マネジメントに関する主な課題について見ていきます。
(1)法制度内の枠組みによる運営の標準化(差別化が難しい)
訪問看護は医療保険・介護保険制度の中で提供されるサービスであり、運営方法や報酬体系が制度によって細かく定められています。
そのため、サービスの質や内容で他のステーションと明確に差別化することが難しく、どこも似たようなステーションに見えてしまうという現実があります。
独自性を打ち出すには、仕組みではなく“人”や“姿勢”に軸を置く必要があります。
(2)看護師や療法士という専門職が主軸の組織構造
訪問看護ステーションは、看護師や理学療法士・作業療法士・言語聴覚士などの専門職で構成される職場です。
彼らはそれぞれ専門性と自律性を持ち、一定の価値観の中で仕事をしてきた経験があります。
そのため、組織全体で同じ方向を向くように意識を変えていくことは簡単ではなく、特に管理職には“共感を得ながら方向性を示す”マネジメント力が求められます。
(3)MVV(ミッション・ビジョン・バリュー)の形骸化
多くのステーションがMVVを掲げていますが、日々の業務に追われる中で、それが現場で“生きた言葉”として機能していないケースも少なくありません。
掲げている理念と実際の行動が結びつかないと、スタッフの心には届かず、単なる「お題目」として形骸化してしまいます。
(4)福利厚生だけでは定着しない現実
給与や休暇制度、研修制度などの福利厚生は確かに大切ですが、それだけではスタッフのモチベーション維持や定着にはつながりにくいのが現実です。特に訪問看護という責任の重い現場では、「自分の仕事に誇りが持てるか」「成長実感があるか」が働き続けるための鍵になります。
訪問看護におけるインナーブランディングとは
では、訪問看護ステーションにおいて、インナーブランディングを効果的に進めていくためには、どのような視点が必要なのでしょうか。
まず前提として理解しておきたいのは、前述のとおり、インナーブランディングとは、外に向けた広告や広報ではなく、職場の“内側”から生まれるブランド力のことです。
単なるキャッチコピーやスローガンではなく、「自分たちの仕事には意味がある」とスタッフ一人ひとりが心から感じている状態こそが、真のインナーブランディングの成果です。
訪問看護は、看護師や療法士といった専門性の高い職種で構成された職場です。彼らは、ただ待遇が良いから働くのではなく、「自分の専門性が活かせる」「社会に貢献できている」と実感できることを重視します。
だからこそ、制度や福利厚生といった“外側”の条件だけでなく、“内発的な動機づけ”を生み出す仕掛けが不可欠になります。
特に重要なのが、彼らのやりがいを刺激するような「共通のゴール」を設定することです。
たとえば、緩和ケアや看取り、小児や精神など、一般的に難易度が高いとされる利用者への支援に積極的に取り組み、「地域で最も信頼されるプロフェッショナル集団を目指す」といった挑戦的なゴールを掲げること。
これは、専門職としての誇りを引き出し、自然とチーム内の切磋琢磨や成長意欲につながっていきます。
一見すると、「働きやすさ」や「ワークライフバランスの確保」などが組織運営のポイントに見えるかもしれませんが、本質的なモチベーションの源泉は、“自分の専門性を高められる環境”にあるのです。
実はこの“やりがい重視”の考え方こそが、結果的に定着率を高め、スタッフの質を引き上げ、ステーション全体の成長を加速させるカギとなります。
つまり、訪問看護ステーションのインナーブランディングにおいて最も大切なのは、スタッフ一人ひとりが「この職場で、何を目指しているのか」を自分の言葉で語れる状態をつくること。
その中心に「共通の目的意識=共通ゴール」が据えられていれば、専門職としてのやりがいと組織の方向性が一致し、“強いチーム”が自然と形成されていきます。
“和気あいあい”から“切磋琢磨”へ
実は、ここまでお話ししてきた「専門職としてのやりがいを重視する姿勢」は、採用の段階から非常に重要な観点となります。
訪問看護ステーションの収益構造は、病院とはまったく異なります。
病院では、医師の診療行為が主な収入源であり、看護師はその医療を支える存在として配置されます。
一方、訪問看護では、看護師や療法士自身が“サービスの提供者”であり、その働きが直接売上につながる仕組みです。
つまり、ステーションの経営を成り立たせ、成長させるためには、まずスタッフ一人ひとりの稼働率=訪問件数の確保が不可欠になります。
ところが現在の採用現場では、「ワークライフバランス重視」「未経験でもOK」「子育てママも安心」など、“働きやすさ”を前面に出した募集が主流になっています。
もちろん、柔軟な働き方を支援することは大切ですが、こうした打ち出し方が続くと、「働きやすさ」を目的とした人材が集まりやすくなり、「専門職としての挑戦ややりがい」を求める人材とのミスマッチが生まれやすくなるのです。
そして実際に採用された後、こうした“働きやすさ重視”で入職したスタッフは、業務量や責任に対して不満を抱きやすくなり、不平や不満が組織内に広がるリスクが高まります。
訪問看護ステーションの多くは小規模なチームで運営されているため、人員体制にも限界があり、多少態度に問題があったとしても、現場の維持を優先するあまり注意や改善が後回しにされることも少なくありません。
その結果、声の大きいスタッフの意見が通りやすくなり、本来の組織のバランスが崩れていくような事態も起こり得ます。
こうした空気に違和感を覚えながらも声を上げられず、静かに現場を去っていくのは、むしろ志の高いスタッフであることが多いのです。
それは結果的に、組織としての成長力や信頼性を削ぐことにもつながり、悪循環を生んでしまいます。
だからこそ、今、あらためて見直すべきなのは、「看護師・療法士として、どんな成長を目指せる職場なのか」というビジョンを明確に打ち出すことです。
ただ「優しい」「楽しい」だけの職場ではなく、専門職として互いに学び、支え合い、成長し続けられる“切磋琢磨の文化”を持ったチームを育てていくこと。
それこそが、これからの訪問看護ステーションが成長していくために必要な土台なのです。
“和気あいあい”から“切磋琢磨”へ。
この意識の転換こそが、訪問看護の未来を切り拓く、次のスタンダードになっていくのではないでしょうか。
共通ゴールが、組織の軸になる
前述のとおり、インナーブランディングにおいて最も重要なのは、スタッフ一人ひとりが「なぜこの仕事をしているのか」「このステーションで何を実現したいのか」を自らの言葉で語れるようになることです。
そして、その意識を一つの方向にそろえていくために欠かせないのが、「共通ゴール」の存在です。
この「共通ゴール」があることで、スタッフは日々の業務の意味を見いだしやすくなり、自発的に成長を目指せるようになります。
つまり、「共通ゴール」は、切磋琢磨する文化を支える“組織の軸”となるのです。
共通ゴールの一例:「緩和ケアのプロフェッショナル集団を目指す」
例えば、あるステーションが「地域で最も信頼される“緩和ケアのプロフェッショナル集団”になる」という共通ゴールを掲げたとします。
この目標は、単なるスローガンではなく、日々の判断や行動の“よりどころ”となるものです。
このような共通ゴールを定めることで、組織には次のような良い循環が生まれます。
・難易度の高いケースに挑戦することで、スタッフの専門性が磨かれる
・スタッフ同士が互いに学び合う、前向きな切磋琢磨の風土が育つ
・地域の利用者・家族・多職種からの信頼が高まる
・成果や意義が実感できることで、やりがいが深まり、離職率も低下する
このように、「共通ゴール」は個人の成長と組織の成長、両方をつなぐ“橋渡し”の役割を果たすのです。
「共通ゴール」をどう浸透させていくか
どんなに素晴らしいゴールを掲げたとしても、それが現場で共有されなければ意味がありません。
「共通ゴール」は掲げるだけでなく、日々の業務の中に“息づかせる”ことが必要です。
そのためには、以下のような継続的な取り組みが効果的です:
✅ 経営者・管理者が“口癖”のように語る
共通ゴールを文化として根づかせるためには、まずトップが繰り返し発信することが不可欠です。
朝礼、面談、同行訪問後のフィードバック、雑談など、あらゆる場面でゴールに触れることで、スタッフの中に自然と「自分たちは何を目指しているのか」という意識が刷り込まれていきます。
「言い過ぎかな?」と思うくらいでちょうど良く、“繰り返しが文化をつくる”という意識で継続していくことが大切です。
✅ スタッフミーティングで事例を共有する(成功・失敗問わず)
共通ゴールを“抽象的な理想”で終わらせないためには、日々の実践と紐づけることが必要です。
「このケースは私たちの目指す〇〇に近づけたか?」「もっとできることはあったか?」という視点で、成功事例だけでなく、失敗や改善点もオープンに語ることが、組織としての成長につながります。
事例共有は“反省会”ではなく、“学び合い”の場として活用することで、チーム全体のゴール理解が深まります。
✅ 「共通ゴールに近づけた行動」を定期的に讃える
スタッフが「自分の行動が評価された」と実感できることが、やりがいと定着に直結します。
「〇〇さんが終末期ケアでこんな工夫をしていた」「この一言がご家族の安心につながった」といった、共通ゴールに沿った行動を具体的に、そして“見える形”で称えることが大切です。
月1回の表彰や、ホワイトボードでの紹介、チャットツールでのシェアなど、称賛の“習慣化”が、前向きな行動を組織に広げていきます。
✅ 新人教育・OJTの中に組み込む
新人が「ここで働く意味」を早期に理解することは、その後の定着と成長に大きな影響を与えます。
初期研修の中で共通ゴールを丁寧に説明し、日々の指導でも「これは私たちのゴールにつながる行動だよ」と繰り返し伝えることが重要です。
またOJT担当者が率先してゴールを意識した言動を見せることで、“共通ゴールは口だけでなく、実際に体現されている”という信頼感が生まれ、新人の共感と意欲を引き出します。
共通ゴールは“成長する組織”の共通言語
訪問看護ステーションは、個人プレーに見えやすい環境だからこそ、「私たちは何を目指すチームなのか」を全員で共有することが欠かせません。
その共通言語こそが、“共通ゴール”なのです。
表面上の一致ではなく、心の底から「この仕事に誇りが持てる」と感じられるスタッフが集まることで、ステーションは自然と強く、成長していく組織へと変わっていきます。
“プロフェッショナルが育ち、誇れる仕事ができるステーション”へ
私たちはこれまで、全国の多くの訪問看護ステーションと関わり、その立ち上げや運営、組織づくりを支援してきました。
そのなかで実感したのは、真に成長するステーションには、共通して「専門職としての誇り」と「挑戦し続ける文化」が根づいているということです。
“プロフェッショナルが育ち、誇れる仕事ができるステーション”――
それこそが、私たちが多くの現場を見てきた中で辿り着いた、訪問看護ステーションの理想の姿です。
本記事が、訪問看護に従事されている方々、また今後この分野に参入を考えている方々にとって、よりよいステーションづくりの一助となれば幸いです。
【無料プレゼント】「共通ゴール」ワークシート&チェックリスト
今回の記事を読んでいただいた方に訪問看護ステーションの「共通ゴール」を設定するためのワークシートとステーション内で「共通ゴール」が浸透しているかを確認できるチェックシートをプレゼントします。
(1)「共通ゴール」ワークシート内容
わたしたちの訪問看護ステーションが目指す「共通ゴール」を考える
ステップ①|現場のリアルを共有する(個人 or チームディスカッション)
ステップ②|キーワードを出す(自由記述)
ステップ③|「共通ゴール」を言葉にする(最終的に1文に)
(2)「共通ゴール」チェックリスト内容
「共通ゴール」の社内浸透率の月次評価をチェックできる8つのチェックリスト。
管理者・マネジメント用/月1回の確認推奨