頸髄損傷の在宅療養をサポートする!訪問看護に求められる役割とは

頸髄損傷とは、なんらかの外傷により、頸椎部で脊柱管が損傷され、脊髄に傷がつくことで生じる神経系の障害です。障害される部位により四肢麻痺をはじめとする様々な症状を呈します。

高齢化が進む日本では、加齢による頸椎変形が原因でちょっとした刺激で引き起こる「非骨傷性頚髄損傷」が日本の脊髄損傷の約70%を占めるほど増加傾向にあり、社会問題にもなりつつあります。

そのため、訪問看護師が頸髄損傷の在宅療養において理解を深めておくことは非常に大切です。

今回は、頸髄損傷をテーマにその概要から症状と訪問看護による在宅での支援のポイントなどについてお伝えします。

目次

頸髄損傷とは

頸髄損傷とは、脊椎(背骨)の中を通っている脊髄神経のうち、頸椎部分を通っている頸髄神経を切断するなどして損傷することです。

頸髄のどの位置を損傷したかによって障害の状態が異なります。損傷部分が上のほう(脳に近いほう)になるほど障害は重くなり、損傷の軽重によって、「完全麻痺」と「不全麻痺」に分類されます。

「完全麻痺」とは、脊髄神経が完全に切断され、損傷部位から下の神経伝達機能が完全に遮断される状態(損傷部位から下の運動機能や感覚を完全に喪失した状態)を指します。

頸髄損傷者(完全麻痺)の特徴

1.体を支える筋力(腹筋・背筋)が麻痺するため、バランスを取ることが難しい。

2.四肢麻痺=腕や指が動きづらい(動かない)、足が動かない。障害を受けた箇所より下部に感覚の麻痺がある。

3.体温調節・血圧調整ができない。

4.傷ができやすく治りにくい(傷ができても気がつかない)。

5.排尿や排便は薬や時間の調整をして能動的にコントロールが必要。

一方、「不全麻痺」とは、脊髄神経の一部が損傷または圧迫されることで、脳からの信号が伝達しにくくなるため、損傷部位から下の運動機能や感覚に大きな制限が生じ、一部の機能が残存する状態を指します。

特に、中心性頚髄損傷では、上肢に対する運動機能や感覚障害が下肢よりも顕著に現れることがあります。

頸髄損傷の程度(レベル)を示す際には、通常、損傷が発生した部位が指定されます。たとえば、第4頸髄損傷による完全麻痺は「C4 完全」と表記され、第6頸髄損傷による不全麻痺は「C6 不全」と表現されます。

頸髄損傷高位別の運動レベルと日常生活動作

C1~C3 ・人工呼吸器が必要 (呼吸筋麻痺)
・四肢・体幹がすべて麻痺しており, 日常生活動作は全面介助を要する。 頭部動作での利用に対応した入力装置などにより, 意思伝達や電動車椅子での移動ができる
C4 ・横隔膜の機能が残存するため, 人工呼吸器からの離脱が可能
・四肢は麻痺しており、日常生活動作は全面介助を要する。会話が可能.顎での操作により電動車椅子で移動できる
c5 ・肩関節の屈曲伸展外転, 肘関節の屈曲が可能
・日常生活動作は大部分に介助が必要. 手関節に固定した自助具により食事や筆記可能. 電動車椅子で移動できる
C6 ・手関節の背屈,前腕の回内が可能. 寝返り,起き上がりができる
・日常生活動作は中等度~一部介助が必要. 自助具により食事や筆記可能. 上半身の更衣、 自己導尿, ベッドと車椅子の移乗ができる
C7 ・肘の伸展ができ, プッシュアップ動作ができる. 手関節の掌屈が可能
・日常生活動作は一部介助. 自助具なしでの食事や筆記可能. 洋式トイレでの排便や入浴、 車椅子での日常生活動作は自立
C8~T1 ・手指屈曲ができ, 巧緻運動も可能になる
T2~T6 ・体幹の回旋ができない
T6~L2 ・体幹の回旋はできるが前屈位からの起き上がりは困難
・長下肢装具と松葉杖により練習程度の歩行が可能
L3~L4 ・膝関節の伸展が可能になる
・短下肢装具と松葉杖による実用的歩行が可能

こうした機能分類は、Zancolli(ザンコリー)やASIA分類(エイシア分類)によって、さらに細かく区分されています。

頸髄損傷の主な発生原因と高齢化に伴い増加する非骨傷性頸髄損傷

頸髄損傷の主な発生原因は、交通事故、スポーツの怪我、転倒、労働災害など外傷性の要因が挙げられます。しかし、近年、高齢化の進展に伴い、「非骨傷性頸髄損傷」というタイプの損傷が増加しています。

「非骨傷性頸髄損傷」は、加齢による頸椎(首の骨)の変形や軟骨の変性が原因で発生するものです。高齢者の頸椎は骨密度が低下し、脆弱化していることがあり、そのため、日常生活の中でのごく軽度な刺激や事故でさえも、頸椎が圧迫されることで頸髄に損傷を引き起こすことがあります。

具体的には、加齢による変形が進行することで、頸髄を取り囲む椎間孔が狭まり、頸髄に圧迫がかかることがあります。

このような非骨傷性の頸髄損傷は、日本の脊髄損傷の約70%を占めるほど高齢者の中で増加しており、その影響は社会問題としても注目されています。

頸髄損傷の合併症

頸髄損傷は、首の神経を損傷することで、手・足・体幹・呼吸(補助)筋に運動障害が生じるだけでなく、触覚や温度感覚などの感覚も麻痺します。

また脊髄損傷による麻痺以外にも、様々な全身の合併症が発生します。

頸髄損傷の主な合併症

(1)呼吸器合併症 (頸椎部脊髄損傷の場合)

上位頸髄損傷では呼吸筋麻痺により人工呼吸器管理が必要となります。また下位頸髄レベルの脊髄損傷でも、咳がうまくできず、 痰づまりや肺炎を起こしやすくなるなど注意が必要です。

(2)泌尿器合併症

排尿機能が障害されることにより、神経因性膀胱の状態となります。尿路感染症のリスクが増加し、敗血症を発症することもあります。

(3)消化器合併症

腸管の麻痺が生じ、麻痺性の腸閉塞や下痢、便秘などの障害が生じるため、便通のコントロールが必要となります。

(4)褥瘡

脊髄損傷によって同じ姿勢でいることが増え、感覚鈍麻や自力での体動困難のために圧迫された部位が血行不良となって、褥瘡が発生しやすい状況となります。

一般的な褥瘡と比べ、比較的悪化してから介入されることが多く、治療においてもこまめな体位変換が難しく自身の感覚鈍麻もあり増悪のリスクが高いです。

また、褥瘡があると細菌感染のリスクも高く褥瘡を防ぐためには、こまめな体位変換(自力でできない場合は介助が必要)や頻回の処置が大切で、介護者負担増にもつながるため、褥瘡を発生させないことが重要です。

(5)自律神経機能障害

自律神経過反射がみられることがあります。自律神経の機能不全で、身体に負担が生じると突然異常な反応が生じるもので、血圧上昇や低下、頭痛や呼吸苦、痙性などを生じる場合があります。

(6)体温調節機能障害

損傷の部位によっては、発汗機能の低下や消失を認めることがあります。その場合は体温調節機能が損なわれ、うつ熱状態や低体温状態になることがあるため、外気温と体温には注意が必要です。

(7)頻脈

動悸感や呼吸苦、手足のしびれなどが生じることがあります。他の原因との鑑別が必要です。

(8)末梢血管拡張/起立性調節障害

起立性低血圧を含む低血圧、頭痛、めまい、動悸や顔面紅潮、下肢の浮腫などが生じることがあります。

(9)低血糖

血糖調節メカニズムが影響を受け、低血糖症状(冷汗、振戦など)が突然生じることがあります。

(10)能障害

障害の程度は損傷の程度などにより個別性が大きくなります。

在宅における頸髄損傷の療養とは

在宅で脊髄損傷の療養を行う場合、原因疾患の直接的な治療よりも、合併症の予防や治療、心理的なケアが中心になります。

長期的な視点をもちながら, 自宅で生活を維持していくために訪問診療や訪問看護、ホームヘルパー、訪問入浴、デイサービス、ショートステイなどの在宅サービスが必要となります。

特に利用者や家族は、心理的な苦悩やスピリチュアルなペインを抱えていることが多いため、彼らに寄り添い継続的にかかわっていくことが重要です。

リハビリテーション

・理学療法や作業療法、職業訓練など、集中的なリハビリテーションが必要です。

・理学療法では、筋力を強化する運動や、拘縮を予防するためのストレッチ運動、さらには装具や歩行器、車椅子などの補助具の適切な使用訓練や、痙性や自律神経過反射のコントロール訓練などが行われます。一方、作業療法では、微細な運動能力の向上や排尿・排便の技術の指導が行われます。

心理的ケア

・患者や家族が経験する身体機能の永続的な喪失感や、将来への不安など、スピリチュアルな苦悩や抑うつ症状に対処する必要があります。症状の深刻さに応じて、心理職やカウンセラーとの連携が必要です。

今後期待される治療

神経は再生がほとんどしない組織であり、かつては脊髄損傷が一旦後遺症を残すと、それが一生残ると考えられていました。

しかし近年では、iPS細胞や肝細胞増殖因子(HGF)、Muse細胞(多能性幹細胞)などを用いた再生医療による脊髄損傷の治療の研究が進み、その効果が期待されています。

頸髄損傷に関連する社会資源・制度

頸髄損傷は、「厚生労働大臣が定める疾病等」に含まれており、自己負担割合3割で訪問看護サービスを利用できます。 週に4日以上のケアを受けることができるほか、2~3ヵ所の訪問看護ステーションに依頼することも認められています。

参照元:厚生労働省「厚生労働大臣が定める疾病等」について

このほか、頸髄損傷に関連する社会資源・制度は、以下のようなものがあります。

(1)医療的ケアへの支援

・医療保険の利用による訪問リハビリテーションなどの居宅サービスの利用

・障害者総合支援法の療養介護による。 導尿やその他の医療的ケアのサービス利用

(2)在宅療養生活への援助

・身体障害者手帳の申請

・障害者地域支援事業、社会福祉協議会などによる住宅改修や福祉用具等の利用

・障害者総合支援法の介護給付による居宅介護や生活介護など、家族以外の援助を受けられる体制づくり

(3)地域社会生活への援助

・障害者総合支援法の訓練等給付による自立訓練(機能訓練, 生活訓練)の充実

・患者団体の支援による地域社会生活を送るための情報収集

(4)障害受容への援助

・同じ経験をもつ者が集う会(全国頸髄損傷者連絡会など) や支援者との交流

・障害者地域支援事業, 社会福祉協議会などによる復学やサークル活動への復帰支援

訪問看護師に求められる利用者への視点

重度の障害を負った状態での日常生活は、療養者にとって非常につらく、介護を担う家族にもさまざまな負担が生じます。家族間で混乱が生じやすいため、療養者と家族との間で相談を重ねながら、援助体制を構築していく必要があります。

そのため、訪問看護師には、以下のような視点が求められます。

(1)残存機能を最大限に生かし身体機能の維持、改善を図る

頸髄損傷の利用者が持つ残存機能を最大限に活用し、身体機能の維持や改善をサポートします。具体的には、適切な運動や日常生活動作の指導や支援、リハビリテーションプログラムの提案などを通じて、利用者の機能を最大限に活かすよう努めます。

(2)身体機能障害による, 生活上のリスクを予測し予防する

利用者の身体機能障害による日常生活上のリスクを予測し、そのリスクを最小限に抑えるための対策を立てます。転倒や圧迫性潰瘍などの予防に向けて、安全な環境整備や適切な身体的ケアの提供を行います。

(3)療養者の障害受容の過程を支援する

利用者が頸髄損傷という障害を受け入れる過程において、精神的な支援を提供します。利用者の感情や心理的なニーズに寄り添い、適切なカウンセリングや情報提供を通じて、障害を受容し、前向きな生活への適応を支援します。

(4)発達課題の達成や地域や社会で暮らすという視点に立ち, どんな支障があるのかを検討する

利用者が地域や社会での生活において直面する発達課題や障害を理解し、それに対する適切な支援を提供します。利用者が社会参加や自立した生活を送るための障害や支障を評価し、それに対する適切な対策を協力して考えます。

(5)療養者の障害, 介護の必要性などが家族に与える影響を考慮する視点をもつ

利用者の障害や介護の必要性が家族に与える影響を理解し、その影響を最小限に抑えるための支援を提供します。家族の負担やストレスを軽減し、家族のサポートシステムの構築やリフレッシュの機会を提供することで、利用者と家族の関係の改善に努めます。

頸髄損傷者の状態に応じた支援のポイント

利用者の頸髄損傷者の状態に応じた支援のポイントは、以下になります。

(1)日常生活動作の低下がみられる状況

頸髄の損傷箇所によって、障害のタイプ、場所、範囲、程度が異なります。四肢の運動機能に障害がある場合、日常生活動作が低下しています。C6(第6頸神経)以下の損傷では、リハビリテーションや適切な器具の利用、使用方法の工夫によって、移乗や移動を自立して行うことが可能です。

支援のポイント

・上下肢の運動機能や筋力を維持するためには、リハビリテーションを日常生活に取り入れる方法を考える必要があります。


・趣味や楽しみ、社会的な役割、友人や知人との交流を通じて、目標を持って取り組む支援をします。


・排泄に関する問題がある場合は、生活や人間関係に支障が出ないように配慮します。


・日常生活の拡大に伴って、転倒や転落、感覚麻痺によるケガや熱傷、褥瘡などのリスクがありますので、予防のためには意識を高めたり環境整備を行ったりします。

(2)自尊心の低下がみられる状況

重度の障害により、他人の支援を必要とする生活を余儀なくされる状況は、療養者にとって受け入れがたく、自尊心の低下を招きやすいです。

日常生活や地域社会での生活を含め、受傷前と現在の状況の違いを評価し、療養者が自尊心を失うまでのプロセスを理解し、その過程を支援します。

支援のポイント

・療養者の発達課題や各家族員の社会生活や役割にも焦点を当て、受傷前と現在の生活状況の変化をアセスメントをおこないます。


・自宅内での日常生活の状況だけでなく、就業や学業、趣味や余暇活動などにも目を向け、地域社会で安心して生活できるように支援します。


・自尊心の低下は障害受容までの重要な過程であると認識し、否定的な感情を回避したり拒否したりせずに、療養者にかかわることが重要です。

まとめ

今回は、頸髄損傷をテーマにその概要から症状と訪問看護による在宅での支援のポイントなどについてお伝えしました。

頸髄損傷の在宅療養では、訪問看護師による的確なサポートが不可欠です。療養者の身体的な機能維持や心理的な支援、さらには家族への配慮まで、多岐にわたる視点が求められます。また、療養者や家族のニーズに合わせた適切な支援を提供することが、より良い在宅療養を実現するための重要なポイントです。

本記事が訪問看護事業に従事される方や、これから訪問看護事業への参入を検討される方の参考になれば幸いです。