経営者が知っておきたい!訪問看護ステーションの事業継承とM&Aによる会社売却の留意点

我が国の訪問看護ステーションは増加傾向にありますが、5人未満の少人数のステーションが多く、令和4年度の新規開設数は 1,968ヵ所あるものの、休止・廃止数は793ヵ所と、決して少ない数字ではありません。

改善の努力にもかかわらず、ステーションの閉鎖を検討せざるを得ない場合、ステーション閉鎖以外にも、他社に事業を引き継ぐ「事業承継」という選択肢があります。

自社の事業を他社に引き継ぐというのは非常にデリケートな問題ですが、訪問看護ステーションの休止や廃業が増加している中、経営者が変わってもステーションが地域の在宅医療インフラとして機能するために、訪問看護業界全体が事業継承についての知識を深めておく必要があるのではないでしょうか。

今回は、訪問看護ステーションの事業継承をテーマにその種類やメリット、そして専門家による「M&Aによる会社売却において経営者が事前に知っておくべきこと」等についてお伝えします。

訪問看護の経営者が事業継承を考える意味とは

スタッフ不足、利用者の減少、売り上げの低下に伴う資金繰り困難など、訪問看護事業を継続することの難しさは多くの経営者が実感しているところだと思います。

特に現代はVUCAの時代、変化が激しく不確実性の高い時代です。

たとえ今は、経営も順調で利用者やスタッフが増えている現状でも、この先の5年後、10年後は今までとは比較にならないほど経営環境が変化することも考えられます。

しかし、仮に事業を廃止または休止した場合、利用者はもちろんのこと、従業員およびその家族の生活や取引先との関係など周囲に与える影響は決して少ないものではありません。

また、本来地域の在宅医療のインフラ的存在である訪問看護ステーションは、社会から「存続すること」を期待されている事業であり、経営者が今後の変化を見据えて、今から「訪問看護の事業継承」についての理解を深めておくことは非常に大切です。

事業継承とは

それでは、事業継承とは何かを詳しくみていきましょう。

一般的に事業承継とは、企業や事業を次の世代に引き継ぎ、存続させることを指します。

経営者が引退したとしても、廃業ではなく事業承継を行うことで、従業員や取引先、顧客、地域経済などを守ることができます。

事業承継問題を解決し、事業を継続するためには、適切な後継者の選定や教育、M&Aの相手先の選定など、積極的な行動が必要となります。

事業継承の種類とは

事業承継は、後継者が誰であるかによって、3つのタイプに区分されます。

(1)親族内事業承継

親族内事業承継は、経営者の配偶者、兄弟、子どもなどの親族が後継者となり、会社を引き継ぐことを指します。現経営者の親族を後継者とする場合、早い段階から準備を整え、十分な育成期間を確保することができます。

さらに、生前贈与を活用して、株式や事業用資産を段階的に後継者に移行することも可能です。以前は、経営者の子どもが事業を引き継ぐケースが一般的でした。

(2)親族外事業承継

親族外事業承継とは、会社の役員や従業員、外部の関係者などが事業を引き継ぐことを指します。後継者として自社の役員や従業員が多い場合、優れた人材を選ぶことができるという利点があります。

さらに、自社の役員や従業員であれば、経営理念や企業の状況を理解しているため、事業承継が円滑に進む可能性が高まります。

(3)M&Aによる事業承継

M&Aによる事業承継とは、企業の株式や事業を他社に譲渡することで、企業や事業を継続させる手法です。

M&Aによる事業承継は、多岐にわたる選択肢から後継者を選定することができるため、適任者を見つける可能性が高まります。

また、親族内または親族外の事業承継と異なり、M&Aによる場合は後継者を育成するための時間や手間が不要となります。

そのため最近では、訪問看護の事業継承において「M&Aによる事業売却」を選択されるケースが増加しています。

訪問看護ステーションの事業売却のメリットと留意点

次に訪問看護業ステーションのM&Aによる事業売却を行うメリット、そして留意すべき点について、譲渡側(売り手)と譲受側(買い手)の視点からみていきます。

(1)譲渡側(売り手)のメリット

譲渡側にとって、訪問看護の事業売却は以下のような7つのメリットがあります。

1.厳しい資金繰りから解放される

訪問看護の運営には、人件費や燃料費など多くの経費がかかり、常に資金繰りが課題となります。事業売却により、厳しい資金繰りから解放されます。

2.スタッフの雇用や利用者へのサービス提供を継続できる

訪問看護の事業売却では、スタッフは譲受先の新しいオーナーのもと、基本的には従来通りの条件で引き続き雇用され、利用者へのサービス提供も継承されます。また、大資本の傘下に入ることになれば、スタッフによりよい労働環境、安定した雇用の場が提供されることが期待できます。

3.事業の成長拡大が期待できる

訪問看護の事業売却では、規模の大きな企業に統合される可能性があり、経営資源やノウハウの共有によって事業の成長拡大を図ることができます。

4.廃業よりも少ない負担で事業から撤退できる

訪問看護ステーションの廃業を選択した場合、廃業手続きには利用者の引継ぎや、スタッフ関連で、資金と労力を要します。事業売却では、こうした金銭的な負担や労力の負担が少なく事業からの撤退ができます。

5.投資回収・現金化までの期間を短くできる

ストック型のビジネスである訪問看護ステーションでは長期計画で投資を回収していくことになります。

一方、事業売却では未来に予想される収益も価値として算定することができるため、投資回収までの期間を大幅に短縮し、現金化を早めることができます。

6.後継者不足の問題を解決できる

親族や社内外に後継者がいない場合でも、事業を売却することで、売却先の企業が事業を引き継ぎ、スタッフの雇用とサービス提供を継続することができます。

訪問看護の後継者不足の問題を解決するために、売却は有効な手段となります。

7.売却利益を獲得できる

訪問看護ステーションを売却することで、経営者は売却利益を獲得できます。

(2)譲受側(買い手)のメリット

譲受側の企業として、訪問看護の事業を買収することで、以下3つのメリットが期待できます。

1.経営資源を確保できる

訪問看護ステーションを買収した譲受側の企業は、買収によって医療スタッフ、設備、顧客基盤、また事業ノウハウや地域のネットワークといった経営資源を確保することができます。

2.事業成長とリス軽減ができる

訪問看護の買収によって、新たな地域市場に参入することで、地域展開を促進し、事業の成長を実現できます。

また異業種の買収では、異なる事業を展開することで、単一の事業に依存するリスクを軽減しできます。

3.少ない労力と時間で訪問看護を始められる。

一から訪問看護の事業を立ち上げる場合、人材の確保・育成や利用者獲得、設備等の取得、事業所の指定申請手続きなどを行う必要があります。さらに事業が軌道に乗るまでには多くの労力と時間がかかります。

事業買収では独力で起業する場合と比べて、少ない労力と時間で訪問看護を始めることができます。

(3)事業売却の留意点

訪問看護ステーションの事業売却では多くのメリットがある一方、以下のような留意点も存在します。

1.雇用条件・労働環境の変化

訪問看護の事業売却では、売却後にスタッフの雇用条件や労働環境が変わってしまうケースもあります。優秀な人材の流出を防ぐためにも、雇用の継続だけでなく、雇用条件や労働環境が維持または向上できるように交渉や調整を進めることが重要です。

2.企業文化の不一致

訪問看護ステーションの事業売却において、スタッフ、利用者、設備備品、社内システム、など資産やノウハウはスムーズに引継ぎができたとしても、組織が培ってきた企業文化を統一するには時間がかかるものです。

訪問看護の方針、福利厚生やワークライフバランス、スタッフ間のコミュニケーション手段、実務の効率化などの価値観や文化が異なるとスタッフの混乱や反発が起こる場合があります。
そのため、売却プロセスで企業文化をできるだけ融合させる施策を講じる必要があります。

3.売却価格の低い設定

譲受企業は、譲渡企業の訪問看護ステーション将来の事業運営を見据えて売却価格を決めます。高い収益性が見込めないと判断されると売却価格が想定や希望を下回る設定となる場合があります。

そうしたケースを避けるためには、売却を焦らず、利益率を上げたり、新サービスで収益の拡大を図ったり、採用の仕組み構築するなど、企業価値を高めるための対策を講じる必要があります。

訪問看護の事業売却で押さえておきたいポイントとは

それでは、事業継承の方法として選択されることが多い「M&Aによる事業売却」を具体的に検討するにあたり経営者は、事前にどんなことを知っておくべきでしょうか。

資金調達や財務状況の改善など長年にわたり介護関連企業の経営支援をおこなっている株式会社Total Agent代表取締役の金原隆之様に、訪問看護ステーションのM&Aによる事業売却で経営者が知っておくべきポイントについて伺いました。

——それでは、金原様よろしくお願いします。

まず、訪問看護ステーションの事業売却を考えた時、経営者が備えるべき大切なことを金原様の視点でお聞かせ下さい。


はい。一般的な企業の売却では、財務状況や一株当たりの価値といった数字が重視されることが多いです。

訪問看護ステーションの場合は、少し特殊性があって、売却価格は、数字は大事ですが、数字が最重要視されない業種だと思っています。

訪問看護ステーションの事業売却では、財務状況(売上や利益率、純資産額など)、看護師などスタッフの人数や略歴、利用者数、立地の利便性、売り手企業が有する強みの優位性、想定されるシナジー効果の大きさ、これらが買い手企業にとって魅力があるかが大切です。


——なるほどですね。


実は、これらに加えて、さらに大切なことがあるんです。

それが訪問看護ステーションの“人員体制を明確にできる組織図”です。

訪問看護ステーションに限った場合ですけど、その事業価値というのはあくまでも人で…数字は人が連れてくるものなので、人員体制がとても重要になります。

ですので、この組織図は売却をする時に、大きく影響します。

でも、大半の訪問看護ステーションは、この組織図を構築できていないのが現状です。


——明確な組織図になっていないんですね。


はい。大抵の訪問看護ステーションは管理者は明確になっていると思います。でも管理者以外は定まっていない…言ってみれば、その他大勢となっている。

これだと、買い手企業は、何かの理由で、管理者がやめたら誰が次に管理者を担ってくれる看護師はいないのでは、とリスクを考えてしまいます。

また、トップの管理者が辞めた時に、芋づる式にバーッと皆いなくなってしまうケースもありますね。引き継いだものの誰もいなくなりましたなんて言ったら買い損です。


——確かに。


ですから、例えば看護チームのリーダーが誰で、リハビリチームのリーダーが誰で、その下にマネージャーがいて、スタッフが並んでいる。

そして、どういう指揮系統で、情報伝達が行われているかとか、看護師が何人いるのか、そのうち正看が何人いて、准看が何人いるのか、誰がどのように組織の中で役割を果たしているのかをきっちりと図式化しなければなりませんね。

人員体制がわかる組織図があって、指揮命令系統、役割分担、情報伝達が明確になっていて組織として成り立っているか否かが、訪問看護ステーションの価値算出に最も影響してくると思っています。


——組織の価値が明確になりますね。


そうなんです。仮に、売却する訪問看護ステーションが、多少赤字になっていたとしても、ゼロから立てる事に比べたら、指定申請は通っているし、スタッフがいるので買収を希望する企業は一定数います。

そういう場合でも、組織図があれば候補となっている買い手側との交渉がだんぜん進めやすいです。

組織図は、売却を検討し始めて譲渡先が現れてからですと、間に合わないこともあるので、早めの備えが必要なんです。


——日頃から組織図を意識することが大切なんですね。


売却先選びのポイントは企業文化と売却価格とのバランス

——売却を検討すると、譲渡先の企業候補の情報がいくつも出てくると思いますが、専門家から見てどのような譲渡先が安全で適切なのか、売却先選びのポイントを教えて下さい。


はい。正直、売却先選びではこれが正解とか不正解というのはないと考えています。そうとは言っても、売却で失敗しないために大切なことはあると思っています。

まず、売却した後に売却先企業がどのような理念と絵図を描いているかを確認した方がいいです。

今のスタッフの雇用を保障し、今ある組織文化を尊重する姿勢や体制を維持してくれるのか、はたまた外部から人を入れてこの体制を崩そうとしているのかによって、スタッフへの影響や、地域との関わりが変わってくると思います。


——確かにここは重要ですね。


はい。今の訪問看護ステーションのスタッフや文化を、仮に8割方保てる理念や絵図を描いてくれていれば、売却はほぼ成功すると言えますね。

一方、利益追求で、訪問看護を利益を生む箱としか考えてない会社も実際にあるんです。

そういった企業は高値で買収してくれるかもしれませんが、利益追求だけでは、スタッフの幸せ、地域社会への貢献や利用者のニーズに応える姿勢が欠けてしまい、長期的な発展につながらないかも知れないので、慎重に見極めた方がいいです。


——なるほど。


ですので、企業文化と売却価格のバランスで、最適な売却先を選定するのがベストでしょう。

訪問看護の売り手市場はいつまでも続かない

——最近では、訪問看護ステーションを買収したいという企業も多く、ある意味、売り手市場だと思います。

金原様は、この売り手市場の状態は、いつまで続くと考えていますか


はい。介護事業を買収したいと考えている企業経営者が最も魅了が高いと考える領域は、実は医療と介護の両方を提供できる事業なんです。

このような事業は、政府が十数年かけても完成に至っていない地域包括ケアシステムの中核となりますからね。訪問看護ステーションは、その最たるものとして介護事業の中でも人気の高い事業です。

ですので、訪問看護ステーションは長年に渡り、売り手市場の状態が続いてきました。しかし、売り手市場はこの先、約3年程度がピークだと考えています。

なぜなら、来年2025年からは新たな局面への移行が予測されていますし、訪問看護ステーション自体の数も飽和状態になりつつあることから、淘汰が進むと考えられます。

デイサービスや訪問介護なども一時期は急増しましたが、その後改定などによって横ばいになりましたよね。訪問看護ステーションも同様の過程を経ると予想されます。

訪問看護ステーションの拡大は、次回の報酬改正まで続く可能性がありますが、既に、全国で1万5千件弱にまで膨れ上がって飽和状態になっている場所もあります。

ですから、その後の動向は不透明なんです。経営上の判断や動きに関しては、3年以内に行動を起こさない企業は競争から取り残される可能性があると考えています。


——なるほど、この先3年が重要なんですね。


売却が成立するまでに1年以上かかる場合もある

——では、訪問看護ステーションの売却が成立するまでかかる期間はどれくらいを見ておけばいいでしょうか


事業売却は基本的には正直、時間がかかります。

売却先の候補選びや、デューデリジェンス、交渉など短くても6ヶ月程度かかると思います。

ときには、反対者の説得に時間がかかったり、簿外債務があったりなど事態によっては、1年以上かかるケースもあります。

もちろん、事業売却の進行中には、スタッフへの配慮、売り上げの維持など、経営者はいつも以上に気づかい必要になってきます。

ですので、訪問看護経営者が事業売却を検討する際には、早めに事前準備をしてスムーズに売却プロセスを進行できるようにしたいですね。


——わかりました。金原様、今回も非常にわかりやすく解説していただき、誠に有難うございました。

株式会社 Total Agent 代表金原さんの情報はこちらです。

会社名 株式会社 Total Agent
代表 金原 隆之
ホームページ https://www.total-agent.com/
金原さんのXアカウント https://twitter.com/Kimbara_tky

参考文献:中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第2版) -第三者への円滑な事業引継ぎに向けて- 令和5年9月

まとめ

今回は、訪問看護ステーションの事業継承をテーマにその種類やメリット、そして専門家による「M&Aによる事業売却において経営者が事前に知っておくべきこと」等についてお伝えしました。

不確実な時代だからこそ一度立ち止まり、事業を展開する地域における訪問看護ステーションの存続のあり方を考えるのは、大事なことだと思います。

今回の記事が今後の経営の方向性の確認等にお役立て頂ければ幸いです。