訪問看護の認知症ケア:BPSDを悪化させない適切な関わり方とは

我が国では高齢化の進展とともに、認知症の人も増加しています。日本における65歳以上の認知症の人の数は推計で約600万人(2020年時点)になるといわれています。

今後も高齢化が進むにつれて認知症患者は増加し、2025年には約700万人(高齢者の約5人に1人)が認知症になると予測されています。

認知症を持つ利用者が最期まで住み慣れた地域の中で自分らしく生きるためには、訪問看護師によるサポートが欠かせません。

認知症の進行の仕方は人それぞれであり、時間経過だけでなく本人の性格や周りの環境、ストレス、生活習慣なども影響するため、それぞれに合わせた適切な対応やケアが重要になります。

今回は、訪問看護の認知症ケアをテーマに基本知識から周辺症状(BPSD)を悪化させない適切な関わり方などについてお伝えします。

訪問看護が関わる認知症の利用者の割合とは

最初に訪問看護が関わる認知症の利用者の割合についてみていきます。

介護保険における要介護認定を受け、自宅で在宅療養している認知症と診断を受けている、または認知症症状のある65歳以上の高齢者が主に訪問看護の対象になります。

公益財団法人日本訪問看護財団の資料によると訪問看護ステーション利用者の傷病別内訳での認知症の割合は、脳血管疾患に次いで2番目に多いことが分かります。

参照元:公益財団法人日本訪問看護財団:訪問看護の現状とこれから2022年版 

また厚生省が平成28年におこなった「訪問看護ステーションの利用者の認知症の状況」について調査においても認知症に割合が高く、加齢とともに認知症の利用者が増えていることがわかります。

参照元:厚生労働省「平成28年「介護サービス施設・事業所調査」の結果

今後、認知症を持つ利用者との関わりがますます増えていくことが予想されます。

認知症とは

では「認知症」とはどのようなものでしょうか。

認知症とは、「さまざまな脳の病気により、脳の神経細胞の働きが徐々に低下し、認知機能(記憶、判断力など)が低下して、社会生活に支障をきたした状態」を指します。

認知症の中で最も一般的なのはアルツハイマー型認知症であり、脳の神経細胞の変性により、脳が徐々に縮小していきます。

最近では、生活や仕事に支障をきたさない軽度な症状でも、軽度認知障害(MCI:Mild Cognitive Impairment)などが早期に診断されるようになりました。

物覚えが悪くなったり、人の名前を忘れたりする歳相応のもの忘れは脳の老化によるものですが、認知症によるもの忘れは老化より速いスピードで進行します。

進行すると、例えば食事を済ませているのにそのこと自体を忘れてしまうなど、体験そのものを忘れてしまうことがあります。

認知症の症状は大きく2つに分けられる

認知症の症状は、大きく「中核症状」と「周辺症状(BPSD)」の2つに分けられます。

(1)中核症状

「中核症状(認知機能低下)」とは、神経細胞の変化に伴って生じる記憶障害、理解力の低下、判断力の低下などの症状を指します。

・実行機能障害

日常的な活動を順序立てて遂行できなくなる症状です。例えば、炊事や選択などの日常のタスクが難しくなります。

・記憶障害

記憶障害は体験した出来事を記憶できないことを指します。また、言葉の意味や知識を忘れることも含まれます。

・判断力の低下

判断力の低下は情報処理能力が低下し、状況に合わせた総合的な判断が難しくなることを示します。

・見当識障害

日時や場所、人物を正確に認識できなくなります。なじみの場所でも迷子になることがあります。

・注意障害

意障害は状況に応じて、適切な対象に注意を向けることが難しくなります。

・失認・失行・失語

れは高次脳機能障害の一種で、対象の認知や行動の障害、言語機能の低下を指します。患者は物や人を正しく認識できなくなることがあります。

(2)周辺症状(BPSD)

「周辺症状(行動・心理症状)」とは、先述の「中核症状」に、本人の性格や周囲の環境、人間関係などさまざまな要因が影響して発生する、妄想、抑うつ、興奮、徘徊、不眠、幻覚、意欲の低下などの精神機能や行動に関する症状を指します。

・抑うつ

気分が沈んで、「生きる価値がない」と感じたり、自分を貶めたりする症状です。抑うつは一般的な抑えることが難しい感情の低下を示します。

・アパシー(無気力)

発性や意欲が極端に低下し、自分から行動しようとせず、社交的な活動を避ける傾向があります。閉じこもりがちになることがあります。

・不安·焦燥

中核症状に加えて、入院などの環境の変化が原因で、不安や焦燥感が増すことがあります。

・妄想

妄想は、現実には起こっていない架空の出来事や信念を持つ症状です。例えば、物が盗まれたり、危害を加えられたり、家族に見放されたりするといった内容が代表的です。

・幻覚

レビー小体型認知症などでは、現実には存在しない人物や虫などの視覚的な幻覚が多く見られます。患者が見たり聞いたりすることがあります。

・せん妄

急に現れる意識障害で、興奮し、落ち着きがなくなり、時には暴れることもある症状です。

周辺症状(BPSD)の悪化を防ぐ認知症のタイプごとの対応

認知症は中核症状に加えて周辺症状(BPSD)が現れ、認知症の進行に伴って症状が変化します。そのため、認知症のタイプごとに適した対応方法を家族に伝えておくことが非常に重要です。

・アルツハイマー型

記憶の喪失は中核症状であるため、無理に記憶を思い出させようとしないことが重要です。患者を苦しませず、穏やかに接することが大切です。

・レビー小体型認知症

患者の状態が日によって大きく異なることがあります。良い日と悪い日があるため、その日の具体的な状態に応じて対応を調整することが必要です。状態のいい日には、わかりやすい言葉で説明して、自分で動けるようにサポートすることが役立ちます。

・血管性認知症

思考の鈍麻があるかもしれませんが、話の理解はできることが多いです。患者のペースに合わせて、ひとつずつわかりやすく伝えることが大切です。

・前頭側頭型認知症

患者がいつもの行動とルールを理解しやすい環境を提供することが重要です。同じ行動を何度もくり返すことがありますが、それを受け入れ、安全を確保するために見守りが必要です。中断させると興奮することがあるため、注意が必要です。

周辺症状(BPSD)を悪化させない適切な関わり方

認知症療養者が安心した環境で周辺症状(BPSD)を発症せずに穏やかに生活できることは、在宅療養者の生活の質を決定する重要な目標です。

もし周辺症状(BPSD)が発症した場合でも、早期にその症状が緩和され、食事や排泄、休息など、療養者が自分なりの方法でセルフケアを遂行できるよう支援することが重要です。

特に周辺症状(BPSD)は初期対応によって、その後の療養者や家族の混乱を引き起こす可能性があります。まずは、BPSDの背後にある要因をアセスメントすることが訪問看護師の役割として求められます。

周辺症状(BPSD)を引き起こしている背景要因を医療的な視点で考える

認知症の療養者は、何らかの不快な身体症状があっても、言葉で表現することができません。しかし、徘徊が増える、食欲がなくなるなど、その代わりに行動でそれを示します。訪問看護師は、BPSDを引き起こしている背後にある要因を医療的な視点で考慮し、アセスメントし、原因を特定していく必要があります。

認知症ケアにおける訪問看護師の心得とは

できるだけ変化が無いように訪問する

認知症の利用者にとって、最も不安を感じるのは変化です。なぜ環境や状況が変わったのかを理解できず、強い不安を抱くことがあり、これが周辺症状の悪化につながることもあります。この点を家族や訪問介護員に理解してもらい、できるだけ毎日同じ時間に同じ行動やケアを提供できるように環境を整えることが重要です。

不安を与えないための細やかな配慮が大切

記憶障害により、訪問看護師の顔を覚えていないことがよくあります。その際には、笑顔でゆっくりと明確な口調で自己紹介し、来訪の目的を伝えます。利用者が相手を受け入れるまで、目的を実行に移すことを急がず、ますは共に過ごす時間を共有します。不安を引き起こさないように、細やかな配慮が何よりも重要です。

安心できるようにコミュニケーションをとる

認知症の利用者が安心できるようにコミュニケーションをとることも大切です。利用者が慣れ親しんだイントネーション、方言、または言語を使用することは、安心感を提供する効果があります。聞き取りが難しい場合、文字で伝えるなど、別の手段を試すことが重要です。また、喜びや感情を表現する際には、非言語的コミュニケーション、つまり表情、態度、しぐさなどを併用することも大切です。

さらに、高齢者は視力や聴力の低下が加齢に伴って起こることがあり、感覚機能の低下と認知機能の低下が重なると状況を誤認しやすくなります。そのため、眼鏡や補聴器などの視力や聴力補助具を、本人の状態に合わせて調整しておくことが重要です。また、なじみのある物や人間関係を大切にし、結びつきを深めていくこともBPSDを予防するために不可欠です。

まとめ

認知症は高齢化社会において増加傾向にある重要な課題です。訪問看護師が認知症ケアにおいて果たす役割は非常に大きく、利用者が最期まで住み慣れた地域で自分らしく生活できるようサポートする重要な存在です。

認知症の症状は中核症状と周辺症状(BPSD)に大別され、それぞれに適したアプローチが必要です。特にBPSDの悪化を防ぐために、認知症のタイプごとに適切な対応を心得ることが大切です。アルツハイマー型、レビー小体型、血管性認知症、前頭側頭型認知症それぞれに合わせた配慮が求められます。

訪問看護師は利用者とのコミュニケーションにおいても配慮が必要で、変化の少ない訪問スケジュールや不安を与えないコミュニケーションが大切です。利用者が安心し、穏やかな環境で過ごせるよう努力することが、認知症ケアの鍵となります。認知症の療養者とその家族にとって、訪問看護師の存在は希望と支えとなり、高い生活の質を保つために欠かせない存在です。

参考文献:ナースのためのやさしくわかる訪問看護

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