訪問看護師の育成方法とは?実務スキルと知識習得のポイント

訪問看護業界では、新卒で訪問看護に携わる看護師はまだ少なく、多くの場合、病院などで経験を積んだ後に訪問看護ステーションに移ることが一般的です。

かつては訪問看護には10年以上の病棟勤務などの経験が必要とされていましたが、在宅医療の拡充を目指すために、関連団体や現場では若手の看護師たちにも訪問看護の可能性を広めるための啓蒙活動や受け入れの努力が行われています。

こうした取り組みの成果もあり、近年ではベテランだけでなく、看護実務経験が1〜2年の看護師でも訪問看護に従事するケースが増えてきました。

今回は、初めて訪問看護に従事する看護師の育成をテーマに訪問看護の実務スキルや知識習得、在宅領域の看護過程・看護展開、主体性と協働の重要性について解説していきます。

目次

訪問看護は経験年数より質が重要である理由

看護師としての経験年数や技術のレベルに関係なく、さまざまなバックグラウンドを持つ看護師を「訪問看護師」として育成する際には、育成側が柔軟に対応し、個々のニーズに合わせたサポートをする姿勢が重要です。

いかなる経験を積んできても、訪問看護が初めてであればまずはこの第1段階の「初心者レベル」であることを、新人も育成を支援する側も認識することが重要です。

アメリカの学者パトリシア・ベナーも「看護師は経験年数ではなく、患者にコミットメントし、正確で的確な看護を実践できることが重要であり、それこそが看護の達人である」と述べています。

パトリシア・ベナーが定義した看護師のレベル5段階(初心者、新人、一人前、中堅、達人)においても初心者レベルではまだ実務経験が不足しており、経験のない科の患者をケアする際には適切な対応ができないとされています。

パトリシア・ベナーによって提唱された看護師のレベル5段階

初心者(Beginner)

初心者レベルでは、まだ実務経験が少なく、特定の状況に適切に対応するためのスキルや知識が不足しています。この段階では、指示に基づいて業務を遂行することが一般的です。

新人(Novice)

新人レベルでは、一定の実務経験があり、基本的なスキルや知識を獲得しています。しかし、まだ経験に基づく判断や問題解決には不慣れです。この段階では、経験豊富な看護師や指導者のサポートや指導が必要です。

一人前(Competent)

一人前レベルでは、実務経験が豊富であり、幅広い状況に対応できるスキルや知識を持っています。自信を持って看護業務を遂行し、問題解決が可能です。この段階では、独立して業務を遂行することが期待されます。

中堅(Proficient)

中堅レベルでは、さらに高度な実務経験を積んでおり、専門的なスキルや知識を持っています。状況に応じて適切な判断を下し、効果的なケアを提供できます。また、他の看護師の指導やサポートを行うこともあります。

達人(Expert)

達人レベルでは、長年の実務経験と知識を通じて高い専門性を発展させています。複雑な状況においても的確な判断を下し、最高水準の看護ケアを提供します。また、研究や指導者としての役割も果たすことが期待されます。

訪問看護師の育成は、これら各レベルに応じて進めることが望ましいと考えられます。

ただし、過去の経験が訪問看護には活かされることを忘れてはいけません。これまでの看護師としての経験を十分に尊重しながらも訪問看護は新たな領域であることを認識してもらい、それをスタート地点として育成していくことが大切です。

訪問看護師の育成の3つの軸とは

訪問看護師の育成においては、「訪問看護の実務」、「在宅領域の看護過程・看護展開」、そして「主体性と協働」の3つの軸が重要な要素となります。

これらの要素は、訪問看護師が高品質なケアを提供し、利用者の生活の質を向上させるために欠かせないものです。以下では、それぞれの軸について詳しく説明していきます。

(1)訪問看護の実務~実務的なスキルと知識を習得

訪問看護師は、訪問看護の実務において名刺交換や電話対応(敬語)、介護保険と医療保険の違い、訪問看護指示書とは、多職種との関係性、訪問看護計画書と報告書などの実務的なスキルと知識を習得する必要があります。

これらの要素は、訪問看護師が適切なケアを提供し、連携を円滑に行うために不可欠です。

(1)名刺交換

訪問看護師は、患者やその家族とのコミュニケーションを円滑に行うために、名刺交換を行います。名刺は、訪問看護師の連絡先情報や所属する医療機関の情報を含んでおり、相手に提供することで連絡を取りやすくする役割を果たします。

(2)電話の対応(敬語)

訪問看護師は、電話での対応も重要な業務の一部です。特に医療機関や関係者とのやり取りでは、敬語を使用することが求められます。適切な敬語の使い方を理解し、電話応対のスキルを身につけることが必要です。

(3)介護保険と医療保険の違い

介護保険と医療保険は、それぞれ異なる目的と対象を持つ制度です。介護保険は、高齢者や身体障害者の日常生活支援や介護サービスを提供するための制度です。一方、医療保険は、病気やケガの治療に必要な医療サービスを提供するための制度です。訪問看護師は、介護保険と医療保険の違いを理解し、それぞれの制度に基づいて適切なケアを提供する必要があります。

(4)訪問看護指示書とは

訪問看護指示書は、主治医やケアマネジャーなどから訪問看護師に対して出される、具体的なケア内容や指示をまとめた書類です。訪問看護指示書には、患者の病状や医療ニーズ、訪問看護師が実施すべきケアの内容が記載されています。訪問看護師は、指示書に基づいて適切なケアを提供し、必要に応じて指示書の内容を記録・報告する責任があります。

(5)ケアマネジャーや医師など多職職種との関係性

訪問看護師は、患者のケアを総合的に行うために、ケアマネジャーや主治医、介護施設のスタッフなど、さまざまな職種と連携して働きます。以下にそれぞれの関係性を説明します。

ケアマネジャー

ケアマネジャーは、介護保険制度におけるケアプランの立案や調整を担当します。訪問看護師とは連絡や情報共有を行いながら、患者のケアニーズやサービス提供の調整を進めます。訪問看護師はケアマネジャーからの指示を受け、患者のケアプランを実施し、報告を行うことが重要です。

主治医

訪問看護師は患者の主治医と連携しながらケアを行います。主治医からの訪問看護指示書や医療情報を受け取り、指示に基づいたケアを提供します。また、患者の病状や治療経過について主治医と定期的にコミュニケーションを取り、必要な医療処置や調整が行われるように協力します。

介護施設のスタッフ

訪問看護師は、患者が介護施設に入所している場合には、介護施設のスタッフとも連携して働きます。訪問看護師は、介護施設のスタッフと連携し、患者の健康状態やケアプランに関する情報を共有し、必要なケアを提供します。また、介護施設でのケアの連携や移行時の調整も重要な役割となります。

(6)訪問看護計画書と報告書

訪問看護計画書と報告書は、訪問看護師が実施したケア内容や患者の状態を記録・報告するための書類です。

訪問看護計画書は、以下のような情報を含む場合があります。

患者の基本情報

患者の氏名、年齢、住所、連絡先などの基本情報が記載されます。

病状や医療ニーズ

患者の病状や医療ニーズについて詳細に記載されます。これには、訪問看護師が提供する必要がある医療処置やケアの内容、薬物管理、健康監視などが含まれます。

ケア目標

訪問看護の目的やケアの目標が明確に示されます。これにより、訪問看護師が患者の状態を評価し、適切なケアを提供するための基準となります。

ケアプラン

訪問看護師が実施するケアの内容やスケジュールが記載されます。具体的な訪問日時やケアの手順、必要な機器や材料のリストなどが含まれます。

報告書は、訪問看護師が実施した訪問看護の内容や患者の状態を記録・報告するための書類です。

報告書には以下のような情報が含まれます。

訪問の詳細

実施した訪問の日時、場所、訪問看護師の氏名などが記載されます。

ケア内容

実施したケアの内容や医療処置、薬物管理などが記録されます。患者の状態や反応、特記事項なども詳細に記載されます。

患者の状態の変化

訪問看護中に患者の状態に変化があった場合、その変化や対応が記録されます。これにより、他の医療関係者との連携や必要な対応の調整が行われます。

訪問看護計画書と報告書は、訪問看護師の業務の一環として重要な役割を果たします。これらの書類を適切に作成し、必要な情報を的確に記録・報告することによって、患者の連続的なケアや他の医療関係者との連携がスムーズに行われ、患者の状態やケアプランの改善に役立ちます。訪問看護計画書と報告書は、患者の治療経過やケアの効果を評価するための重要な情報源となります。

(1)訪問看護の実務~訪問時のケア技術や知識

訪問看護師は、以下のような訪問時のケア技術や知識を習得し、現場で実践することが求められます。

清拭・入浴介助

訪問看護師は、患者の身体の清潔維持や入浴の介助を行います。清拭は、患者の体表や皮膚を清潔にするために行われます。入浴介助では、患者が入浴できる状態であれば浴槽やシャワーを使用し、できない場合にはベッドや椅子で洗浄や清拭を行います。訪問看護師は、適切な清潔材や方法を選択し、患者のプライバシーや安全性を考慮しながらケアを提供します。

尿道カテーテルの交換

訪問看護師は、尿道カテーテルの交換やケアも行います。尿道カテーテルは、尿の排泄や尿量のモニタリングのために使用されます。訪問看護師は、尿道カテーテルの適切な挿入や除去、交換手順を理解し、感染予防や患者の快適さを確保しながら処置を行います。

口腔ケアや嚥下訓練

口腔ケアは、口腔内の清潔維持や健康状態の管理を目的として行われます。訪問看護師は、患者の口腔内のケアや口腔炎の予防、口腔清掃の指導を行います。また、嚥下訓練は、嚥下機能の改善や食事・摂取の支援を目的として行われます。訪問看護師は、患者の嚥下機能の評価や適切な食事や摂取方法の指導を行い、安全な食事と栄養摂取をサポートします。

排痰ケア・呼吸介助

排痰ケアは、気道内の分泌物を除去し、呼吸機能の維持や改善を目的として行われます。訪問看護師は、患者の呼吸状態の評価や適切な排痰方法(咳や吸引など)を選択し、実施します。また、呼吸介助は、呼吸困難を抱える患者に対して酸素療法や呼吸補助具の管理などを行います。訪問看護師は、患者の呼吸状態の監視や必要な処置の提供を行い、安定した呼吸機能を維持します。

福祉用具の知識

福祉用具は、身体的な制約や障害を補助し、生活の質を向上させるために使用されます。訪問看護師は、患者の日常生活に必要な福祉用具の選択や使用方法を理解し、指導します。例えば、車いすや歩行補助具の適切な使い方やメンテナンス、ベッドや便座の高さの調整などが挙げられます。福祉用具の適切な利用は、患者の安全性や快適さを確保し、自立した生活をサポートします。

これらのスキルを習得するためには、実地でのトレーニングや指導の経験が重要です。また、関連するガイドラインやプロトコルを学び、最新の情報やベストプラクティスに常にアップデートしていくことも必要です。訪問看護師は、患者の個別のニーズに合わせた適切なケアを提供するために、幅広い知識と技術を持つ必要があります。

(2)在宅領域の看護過程・看護展開

訪問看護師の育成において、「在宅領域での看護過程や看護展開」を理解し、実践する能力は重要です。基本的な看護態度を身につけるためには、以下の2つの観点を考慮する必要があります。

(1)在宅療養者の生活ルールや習慣、家の中での作法の理解

在宅領域での看護は、患者の個別的な生活の場で展開されます。急性期病院とは異なり、患者の生活環境やルール、習慣、家庭内での作法などに配慮する必要があります。訪問看護師は、患者の生活環境に敬意を払い、その中での看護を展開するために、コミュニケーションや観察力を駆使して状況を把握し、患者のニーズや希望に合わせた看護計画を立案します。また、在宅療養者の家族や介護者との協力関係を築きながら、資源の制約の中で効果的なケアを提供します。

(2)患者の自己管理能力のサポートとセルフケアの促進

在宅療養では、患者を管理しようとする介入は通常うまくいかないことがあります。訪問看護師は、患者や家族の強みやリソースを認識し、その中でセルフケアの能力を高めるためのサポートを提供します。自己管理能力の向上や病との折り合いをつけるためには、患者と家族との協働関係を築きながら、教育や情報提供、助言、リソースの紹介などを行います。訪問看護師は、患者の自立を促進し、療養生活の質を向上させるために、継続的なサポートを提供します。

訪問看護師は、急性期病院とは異なる環境での看護展開やセルフケア支援が求められるため、臨機応変な対応能力やコミュニケーションスキルが重要です。個別の生活状況や家庭内の文化、患者と家族の価値観や希望に敏感に対応し、信頼関係を構築することが必要です。

訪問看護師の育成において、在宅領域の看護過程と看護展開を理解し、実践するだけでなく、次の2点における視点の広がりを育成することが重要です。

(1)利用者を中心とした社会的な広がりの視点

初めは利用者のことに焦点を当てることが多いですが、レベルアップを図るためには利用者の家族、他の関係職種、近隣の状況、地域の社会的資源などにも関心を持つ必要があります。在宅療養者のケアは個別だけでなく、家族や社会的な要素も関与することが多いため、その広がりを理解し、看護展開に盛り込むことが重要です。家族のサポートや教育、地域の資源の活用、連携医療者との協働など、利用者を取り巻く環境を考慮しながら総合的なケアを提供することが求められます。

(2)時間軸での広がりの視点

初期の段階では訪問時のケアに焦点を置いているかもしれませんが、レベルアップを図るためには時間軸での視点が重要です。安全かつ効果的なケアの提供はもちろんのこと、将来の症状変化の予測や管理、ACP(Advance Care Planning: アドバンスケアプランニング)の導入など、利用者の将来の生活の幸福や生活の質に関わる要素にも関心を持ち、看護展開に反映させる必要があります。時間の経過に伴う変化や課題に対して適切な対応策を見極め、予防や早期介入を行うことで利用者の継続的なケアを支援することが求められます。

これらの視点の広がりを育成することにより、訪問看護師は利用者のケアをより総合的かつ効果的に展開し、利用者やその家族、地域社会のニーズに適応した看護を提供することができるようになります。

(3)主体性と協働

訪問看護師の育成において、主体性と協働の理解と実行能力は非常に重要です。訪問看護師は分散して単独で訪問し、看護を提供するため、自立的な能力が求められます。しかし、独力で全ての問題を解決しようとする姿勢は推奨されません。訪問看護師は自分のわからないことや弱い部分を認め、積極的に助言やヘルプを求めることが重要です。

以下に、主体性と協働の視点から訪問看護師の育成における重要なポイントを説明します。

(1)主体性の発揮

訪問看護師は自己主張や意思決定を行う主体性が求められます。自己評価や自己成長のために積極的に学び、専門知識やスキルの継続的な向上に努めることが重要です。また、自己管理能力や時間管理能力を高め、訪問スケジュールの計画と実行を効果的に行います。主体的な行動を通じて、訪問看護の質の向上と利用者の満足度向上に貢献します。

(2)協働とチームワーク

訪問看護師は単独で訪問を行うことが多いですが、他職種との協力とチームワークも重要です。訪問看護ステーション内での連携や情報共有、連携医療者との連携、ケアチームとの協働など、多職種との円滑なコミュニケーションを図ります。問題解決やケアプランの立案において他の専門職の知識や意見を適切に活用し、チームとしての目標達成に向けて協力します。協働の視点を持ち、周囲とのコミュニケーションを円滑に行うことで、訪問看護の質と安全性を向上させます。

(3)助言やヘルプの活用

訪問看護師は自分のわからないことや困難な状況に直面した際に、助言やヘルプを積極的に求めることが重要です。他のスタッフや同僚の意見や知識を活用し、チームの知恵を結集することで、より良いケアを提供することができます。

自律した訪問看護師として、自身の能力を最大限に活かす一方で、自分には限界があることを認識し、協働と助言の活用を適切に行うことが求められます。これにより、より質の高い訪問看護の提供や利用者のケアニーズへの適切な対応が可能となります。

まとめ

初めて訪問看護に従事する看護師の育成は、訪問看護における重要な課題です。訪問看護の実務では、実務的なスキルと知識の習得、訪問時のケア技術や知識の向上、在宅領域の看護過程・看護展開の理解、そして主体性と協働の重要性が求められます。

これらの要素を考慮しながら、訪問看護師の育成プログラムや研修の充実に努めることで、初めて訪問看護に従事する看護師の成長を促すことが可能です。

またチームの協力やコミュニケーションの促進も欠かせません。

訪問看護師たちの成長と活躍を支えながら、地域の在宅医療の発展に貢献していきましょう。

参考文献:新版 訪問看護ステーション開設・運営・評価マニュアル 第4版