近年、在宅医療・介護において患者(利用者)の人生の物語(ナラティブ)に基づくケアやアプローチが注目を集めています。
訪問看護は、生活の場で看護を提供するため、病気やケアだけでなく、生活を中心に据えた看護の視点が求められます。
しかし、利用者それぞれの生活は多様であり、今までの人生、これからの人生もさまざまです。
そのため、利用者のこれまでの生き方や生活・健康に対する価値観などを理解することが重要であり、その理解がより効果的なケアや支援の提供につながっていきます。
今回は、利用者との信頼関係を構築しつつ、一人ひとりの人生や生活の語りに基づくケア方法である「ナラティブ・アプローチ」について考え方や実践方法などをお伝えします。
ナラティブとは
「ナラティブ」とは、物語や話術、語り口などを指す言葉であり、映画やドラマにおける語りを表す「ナレーション」も同様の語源を持っています。
もともと、ナラティブは文芸の分野で使われていました。1960年代には、フランスで物語の役割への関心が高まり、従来の物語を指していた「ストーリー(story)」とは異なる概念を表す文芸理論として定着しました。
1990年代に入ると、臨床心理と医療・介護の分野で、ケアする医療従事者の視点ではなく、ケアを受ける側の視点を重視しようという流れで、「ナラティブ」の概念が持ち込まれました。
このナラティブから派生して、「ナラティブ・アプローチ」や「ナラティブ・ベイスト・メディスン」といった表現が生み出されました。
ナラティブとストーリーの違い
同じ「物語」という意味を持つ「ストーリー」と「ナラティブ」には、以下のような違いがあります。
(1)演者の違い
ストーリーでは、ブランディングされたキャラクターや企業が主役となり、特定の主観的な視点が物語を形成します。
一方で、ナラティブでは「生活者」が主役となり、誰しもが自らの視点で物語を語ることができます。個々の体験や視点が重要視されます。
(2)時間の違い
ストーリーには必ず起承転結があり、明確なエンディングが備わっています。物語が完結していることがその特徴です。
一方で、ナラティブには基本的にエンディングが存在せず、過去、現在、未来が連続しており、現在進行形で展開します。物語が永遠に進行し続けるようなイメージがあります。
つまり、ストーリーとナラティブの違いは、「誰が物語を語り手として担当するか」「物語が完結しているかどうか」といった点にあります。
ナラティブは、一人ひとりが主役となり、より自由に物語を語ることができ、その使い方は広義的です。
ナラティブ・アプローチとは
ナラティブ・アプローチとは、患者や相談者を支援する際に、その人の「物語」を通じて問題を解決しようとするアプローチ方法です。もともとは1990年代に臨床心理学の分野で生まれました。現在では、医療や介護などの領域でも実践されています。
通常の「相談」の場合、相談を受ける側の専門性を基に助言や指導が行われますが、ナラティブ・アプローチでは、相談者自身が話す物語、つまりナラティブを通して解決策を見出し、相談者の言葉に耳を傾けることで、問題の捉え方を理解し、最善の解決に導くこを目的としています。
この手法の特徴は、相談者が問題に対する気持ちや捉え方の変化に気づいていく点にあります。
相談者と同じ視点に立った対話がベースとなるため、医療や臨床心理学、キャリアコンサルティング、上司から部下へのマネジメントなど、幅広い場面で活用されています。
ナラティブ・アプローチのメリット
ナラティブ・アプローチは、質問を投げかけつつ、利用者と訪問看護師が対等な立場で会話を進めることを通じて、利用者のこれまでの生き方や生活・健康に対する価値観などの観点から結論を導き出すことができます。
訪問看護の利用者におけるナラティブ・アプローチには、以下のようなメリットが考えられます。
(1)利用者が抱えている問題を整理できる
訪問看護師が利用者のナラティブ(物語)を親身に聞くことで、利用者が抱えている問題を整理することができます。利用者自身が物語を通じて自らの状況や課題を整理し、把握することで、具体的な問題点が浮き彫りになり、的確なサポートが可能となります。
(2)利用者が悩みの原因を客観視できる
どこでどう苦痛を感じるかなど、利用者自身で悩んでいる原因を客観視できるようになります。ナラティブ・アプローチによって、利用者は感情や経験を言葉にし、客観的に捉えることができます。これにより、悩みの本質や背後にある要因を理解しやすくなります。
(3)訪問看護師と利用者の距離が縮まる
双方向のコミュニケーションにより、問題の解決方法を探るため双方の距離が縮まります。訪問看護師が利用者のナラティブに真摯に向き合い、共感し、コミュニケーションを深めることで、利用者と専門家の関係が協力的で信頼性のあるものとなります。
(4)利用者に安心感を与えられる
専門家の知ったかぶりや強要の心配なく対話できるので、利用者は安心して自分のナラティブ(物語)を話すことができます。この自由な対話の環境が、利用者にとっては専門家との信頼関係を築く助けになり、有益な解決策が見つかる可能性が高まります。
特に、訪問看護におけるナラティブ・アプローチの利点は、支援を受ける利用者が建設的でないネガティブな思考の悪循環や慢性的な固定観念から脱却できない時、またはまわりの状況をあまりにも狭い視点でしか見ない時に、状況を打開するのに効果があることです。
ナラティブ・アプローチのプロセス
ナラティブアプローチには特定の手順が存在します。その進め方と注意すべきポイントをお伝えします。
(1)利用者のドミナントストーリーに耳を傾ける
ナラティブ・アプローチでは、まずは利用者が話すドミナントストーリーを丁寧に耳を傾けます。
ドミナントストーリーとは、利用者の状況を「dominant(支配)」している、主観的な物語を指します。この物語には思い込みや勘違いが含まれる可能性がありますが、否定やアドバイスは避け、ありのままを受け入れ、詳細を掘り下げていきます。
(2)問題を客観的に捉える(問題の外在化)
訪問看護師は、利用者のドミナントストーリーに耳を傾け、対等な立場で対話を進めます。
物語を一通り聞き終えたら、悩みの原因となっている問題を利用者から切り離し、利用者自身が抱える問題点を客観視できるように「問題の外在化」を促します。
問題が「内在化」されている状態だと、悩みの原因を自分の一部として捉えて、自己嫌悪や自己否定につながってしまいます。だからこそ、物語から問題を切り離して考えることが重要です。
こうすることで、利用者は自身の悩みをある種「他人事」のように捉え、客観視して向き合うことにより、より効果的なケア方法や支援方法などを導き出すことができます。
(3)さまざまな角度から質問を行う
利用者が抱える問題を見つけたら、「反省的質問」によって内容を深掘りしていきます。
「反省的質問」とは、「誰が?」「どんな出来事が?」「どんな経験が?」など、問題を別の視点で捉え直すための質問になります。
一般的なカウンセリングでは、問題の解決に向けて専門家が相談者を誘導する場面が見受けられますが、ナラティブアプローチの質問内容は、抱えている問題や悩みに関する根本かつ具体的な原因を相談者自らが考えられるよう、さまざまな角度から相手の物語の詳細を引き出すことが目的です。
(4)例外的な話を見つける
反省的質問によって話を深掘りしていくと、最初に聞いた物語(ドミナントストーリー)と異なる点が浮かび上がります。
例えば、昨日できなかったことが今日はできた、思っていたより動けるようになったなど、在宅療養における悩みに関する物語の中から例外的な話を見つけ出すことで、マイナスな思い込みから離れるための気づきを得ることができます。
(5)オルタナティブストーリーをつくる
例外的な話を見つけたら、そこに焦点を当てて質問を繰り返し、さらに深堀りしていきます。これにより最初の物語(ドミナントストーリー)とは異なる、新しい代替の物語(オルタナティブストーリー)が生まれます。
利用者自身のナラティブにおける「思い込み」や「勘違い」「こだわり」の意味を再構成し、以前とは異なる角度で前向きに捉えられるようになることが、ナラティブ・アプローチのゴールとなります。
訪問看護ステーションにおけるナラティブ・アプローチのメリット
訪問看護ステーションがナラティブ・アプローチを実践することは、様々なメリットが考えられます。
(1)利用者の生活・人生を支援できる
訪問看護ステーションは、個々の生活・人生に合わせたケアが提供できる能力が求められます。
ナラティブ・アプローチによって訪問看護師が利用者との関わりや自身の行った看護を振り返り、看護の本質や奥深さを感じ、自己の看護観を深めることができます。
これは利用者を思いやり、尊重し、誠実な対応のできる看護師を育成することにもつながります。
(2)スタッフマネジメントへの効果
ナラティブ・アプローチは人材マネジメントの観点でも活用可能です。
経営者や管理者が看護師から相談を受けた際、一方的にアドバイスするよりも、看護師の話を聞いたうえで客観的な視点から問題点を発見し、前向きな物語に変えてあげたほうが、納得しやすいでしょう。
また、看護師が訪問看護の仕事において、少しの失敗で落胆してしまうこともあります。この場合、これまで経験してきた仕事を物語として振り返り、誤解や思い込みを排除して向き合うようにアプローチしてあげることも効果があります。
まとめ
今回はナラティブアプローチについて、その概要や活用方法などを説明させて頂きました。
ナラティブアプローチの根幹は、相談者の視点から入る「対話」にあり、まずは相談相手の話をありのまま受け入れるところからがスタートになります。
そして、相談者視点の会話を出発点に、フラットな立ち位置で話し合うことにより、相談者自身が問題を解決するきっかけを見つけ、考え方が変わっていくことを目指します。
在宅療養では、まず利用者が感じる喪失や悲しみを理解し、彼らの語る人生の物語に共感し、意味を再考しながら心理的なサポートを提供することがとても大切です。
本記事が訪問看護事業に従事される方や、これから訪問看護事業への参入を検討される方の参考になれば幸いです。