高齢者の大腿近位部部骨折における訪問看護に求められる視点と支援のポイント

以前このコラムで「在宅高齢者の転倒予防のポイント」についてお伝えしましたが、転倒による骨折の中でも特に高齢者に多いのが太ももの付け根部分の骨折である「大腿骨近位部骨折」です。

「大腿骨近位部骨折」は、交通事故や転落事故などによる大きな衝撃を受けることが主な原因となりますが、高齢者の場合は、尻もちや介護におけるおむつ交換時などちょっとしたことから起こりやすく、超高齢化社会の進展に伴い、年間の「大腿骨近位部骨折」の発生数は、20万人以上といわれています。

骨折後は、歩行能力が著しく損なわれ、自立した生活を送ることが難しくなることからADL(日常生活動作)およびQOL(生活の質)が大幅に低下し、寝たきりや死に至る危険性に繋がっていきます。

骨折後の療養生活では、訪問看護が関わるケースが多く、医療ケアから清潔ケアへの援助、日常生活動作を考慮した環境整備、身体機能に応じたリハビリテーションの実施など様々な角度から利用者の生活を支援していきます。

今回は、高齢者の大腿近位部部骨折をテーマに概要や特徴、治療法などの基礎知識から在宅療養における訪問看護に求められる視点と支援のポイントなどについてお伝えします。

目次

大腿骨近位部骨折とは

大腿骨(だいたいこつ)近位部骨折は、股関節や足の付け根の骨折を指します。

大腿骨近位部骨折は、折れた場所によって「大腿骨頸部骨折」と「大腿骨転子部骨折」に大別されます。

股関節の中(関節包内)で折れると内側骨折(頸部骨折)と呼ばれ、股関節の外で折れると転子部骨折(転子間骨折・外側骨折)と呼ばれます。

大腿骨近位部骨折の発生率は40歳から年齢とともに上昇し、70歳を過ぎると急激に上昇します。

日本における大腿骨近位部骨折患者は増加傾向にあり、現在、年間の発生数は、20万人以上といわれています。今後も高齢化が進むにつれますます増加し、2030年には約29万人、2040年には約32万人まで達すると推計されています。

大腿骨近位部骨折の原因

大腿骨近位部骨折は、転落や転倒、交通事故などの大きな衝撃が大腿骨近位部に加わることにより起こります。

大腿骨近位部は凹凸のある曲がった構造をしているため、転倒や転落の時に外力が集中しやすいという特徴があり、転倒10~20回に1回の割合で何らかの骨折が発生します。

大腿骨近位部骨折は、閉経後に骨粗鬆症になりやすい高齢の女性に多くみられ男性の約4倍となっています。

高齢者の大腿骨近位部骨折が多い理由

高齢者の大腿骨近位部骨折が多い理由は、骨粗鬆症によって骨の強度が低下していることと、加齢に伴う認知機能や運動能力の低下、視力障害などにより、転倒しやすくなることが挙げられます。

※高齢者の転倒リスクについてはこちらの記事も参考にしてみてください。

訪問看護師が知っておきたい!在宅高齢者の転倒予防の現状とアセスメントのポイント

特に要介護状態の在宅高齢者は、ベッド上での過ごし時間が長くなり、廃用によって筋力や骨密度が低下します。

その結果、ベッドから車椅子への移乗に失敗してずり落ちた程度の非常に軽微な外力でも骨折が生じやすくなります。

大腿骨近位部骨折の症状

大腿骨頸部を骨折すると、股関節に強い痛みが生じ、自分では立ち上がれなくなります。また、骨折部を触ったり、足を動かすと相当な痛みが出現します。

不全骨折(ずれの小さい亀裂骨折)でも痛みを伴いますが、つかまり立ちや伝い歩きなど、ある程度動ける状態が起こることがあります。しかし、多くの場合、進行して完全骨折となります。

大腿骨近位部骨折の治療法

一般的には骨折の治療は,ギプスなどで骨折部を固定する「保存的治療」と手術により治療する「手術的治療(観血的治療法)」の2つに分けられます.

高齢者の大腿骨近位部骨折では、元々骨がもろくなっていることが多く、骨がくっつくのに約3か月かかること、また(保存的治療では)変形が治癒することで脚長差が生じ、歩行機能が障害される可能性があります。

そのため一般的には早期の離床・リハビリテーションを目的とした「手術的治療(観血的治療法)」が必要となります。

しかし、重篤な呼吸器や循環器の合併症がある場合や、手術が生命の危機に瀕する場合、または認知症が進行して手術療法の意義が理解できない場合には、「保存的治療」を選択することがあります。

大腿骨近位部骨折のうち、大腿骨頚部骨折と大腿骨転子部骨折では、それぞれ異なる手術方法が適用されます。

大腿骨頚部骨折

大腿骨頚部骨折では、骨折が少ない場合や比較的若い患者には、金属製のネジなどのインプラントを使って骨折部を安定化させる骨接合術が行われます。

大腿骨転子部骨折

一方、骨折が大きくズレている場合は、前述の骨接合術では偽関節のリスクが高まるため、人工骨頭や人工関節などの人工物置換手術が選択されます。

どちらの手術方法でも、基本的には手術翌日から積極的に離床し、手術した足に特に制限をかけずに歩行訓練などのリハビリテーションを開始します。

大腿骨近位部骨折の合併症

大腿骨近位部骨折では、十分な体動、座位や寝返りが難しくなることも多く、肺炎や褥瘡、深部静脈血栓症などが生じ、生命の危険を引き起こす可能性があります。

大腿骨近位部骨折には、以下のような合併症が考えられます。

(1)深部静脈血栓症

大腿骨近位部骨折において、手術や痛み、安静臥床などが原因で血流が滞り、深部静脈に血栓ができる病気です。手術によって凝固系が活性化され、血栓が形成されることがあります。

(2)肺塞栓症

大腿骨骨折に伴い骨髄内の脂肪が血管に入り込んで肺動脈を閉塞し、低酸素血症を引き起こすことがあります。大腿骨頸部骨折では特に頻度が高く見られます。

(3)微熱と貧血

骨折により出血が生じ、血管からの出血によって骨髄や周囲の筋肉に腫脹が生じます。内側骨折では診断が難しいことがあり、転子部骨折では皮下出血斑や腫脹が認められることがあります。損傷が大きいと発熱することもあります。

(4)脱臼

不良肢位やインプラントの配置不良が原因で脱臼が起こります。手術後も、筋力低下に伴い脱臼が発生することがあります。

(5)感染症

手術操作やドレーン留置、手術創からの侵入などが原因で、周術期に感染症が発生することが考えられます。また、手術後でも下肢の感染や他部位の細菌が血行性に侵入する可能性があります。爪囲炎や肺炎、尿路感染症などが挙げられます。


これら大腿骨近位部骨折の合併症を防ぐため、手術後は一日も早く歩行能力を取り戻す訓練を始める必要があります。

大腿骨近位部骨折における社会資源・制度

大腿骨近位部骨折における社会資源・制度は以下の通りです。

(1)機能訓練 日常生活動作訓練

・介護保険法による通所リハビリテーションや訪問リハビリテーション

・医療保険法による機能訓練

・介護保険法による通所介護などの通所型サービス

(2)日常生活の移動・移乗を支援する福祉用具貸与と購入支援

・介護保険法による福祉用具(歩行器、歩行補助杖、車椅子、特殊寝台、工事不要な手すり・スロープ)の貸与

・介護保険法による福祉用具(ポータブルトイレ、特殊尿器、入浴用椅子、浴槽内椅子など入浴補助用具、移動用リフトの吊り具)の購入費用の払い戻し

・通院に伴う有償移送サービスに伴う乗降介助

(3)住宅改修

・介護保険法による住宅改修(手すりの取り付け、段差の解消、滑り防止のための床材の変更、洋式便座への取り替え)の費用の払い戻し

(4)日常生活動作(入浴、更衣、整容、食事の介助)

・介護保険法による訪問介護

・市区町村による家族介護用品支援サービス(紙おむつ、使い捨て手袋)

訪問看護導入時における留意ポイント

大腿骨近位部骨折(大腿骨頸部・転子部骨折)の利用者への訪問看護導入時における注意ポイントは以下になります。

(1)本人・家族の生活機能の目標の把握と支援内容の明確化

利用者と家族の希望やニーズを十分に理解し、骨折からの回復を目指す具体的な目標を共有します。これにより、看護サービスの方針を明確にし、支援内容を効果的に提供できます。

(2)身体状況・歩行機能の把握と環境調整のための準備

利用者の現在の身体状況や歩行機能を詳細に評価し、安全な日常生活動作の実現に向けた環境整備を行います。階段の手すりの取り付けや転倒予防のための安全な歩行スペースの確保などが含まれます。

(3)必要に応じた福祉用具の貸与や購入の手配

利用者が移動、入浴、排泄などの日常生活動作を安全かつ自立して行えるよう、必要な福祉用具の手配を行います。これには、歩行器や手すりの設置、バスチェアなどの入浴補助具の提供が含まれます。必要なものを適切に提供することで、利用者の生活の質を向上させることが期待されます。

訪問看護師に求められる利用者への視点

大腿骨近位部骨折(大腿骨頸部・転子部骨折)の利用者への訪問看護を実施するにあたり、訪問看護師に以下のことを配慮する必要があります。

(1)機能の回復のサポートと生活への適応の配慮

利用者の骨折後の療養生活では、股関節の可動域制限や禁忌肢位などが日常生活に影響を与える可能性があります。訪問看護師はこれらの状態を把握し、機能の回復をサポートすることが重要です。外出や生活の活動範囲が制約されることによる生活への適応にも配慮が求められます。

(2)心のケアやモチベーションの向上を促す

骨折は予期せぬイベントであり、その結果として生じる精神的なダメージや日常生活動作の喪失感に対して、訪問看護師はサポートと理解を提供します。心のケアやモチベーションの向上を促すことが大切です。

(3)利用者の生活状況の把握

受傷前の状況に戻ることが難しい場合、介護が必要となることがあります。訪問看護師は利用者の生活状況を詳細に把握し、必要に応じて介護計画を策定し、サポートを提供します。

(4)寝たきりの予防措置やリハビリテーション導入の検討

手術が成功しても、入院期間中に全身状態が低下し、寝たきりになるリスクがあることを認識し、それに対する予防措置やリハビリテーションの導入を検討します。

寝たきりが持続すると生活機能の低下や合併症のリスクが増加し、命の喪失につながる可能性があるため、訪問看護師は全身的な状態も考慮しつつ適切なサポートを提供します。

大腿骨近位部骨折の利用者への支援のポイント

大腿骨近位部骨折(大腿骨頸部・転子部骨折)の利用者への支援のポイントは、以下になります。

生活様式の変化への対応とリハビリテーション

骨折後は生活様式が大きく変化することがあります。訪問看護師は利用者の身体機能に応じて、新しい生活様式に合わせたリハビリテーションを行います。同時に、転倒予防のための適切なアプローチも重要です。

転倒不安からの心理的サポート

転倒の不安から歩行や外出が減少することがあります。訪問看護師は利用者が消極的にならないよう、心理的なサポートを提供し、活動範囲が縮小しないように支援します。

過度の安静や介護による機能低下への配慮

過度な安静や介護は機能の低下につながります。訪問看護師は利用者の身体状況や精神状態を注意深く見極めながら、可能なことや希望を引き出し、目標を定めた支援を行います。

身体機能の維持・向上と介護負担の軽減への情報提供

利用者の身体機能の維持や向上、介護負担の軽減のために、適切な福祉用具や社会資源の活用方法について情報提供を行います。これにより、生活の質を向上させるためのサポートを提供します。

治療方法・状態別にみる視点と支援のポイント

治療方法のところで解説したように、大腿骨近位部骨折では、原則的、観血的治療(手術療法) となりますが、

・重篤な呼吸器や循環器の合併症がある場合

・全身麻酔による手術が生命の危機に瀕する場合

・認知症が進行して手術療法の意義が理解できない場合

・手術が可能でも術後のリハビリテーションへの意欲が低く認知症を増悪させる可能性がある場合

このような場合には、やむなく非観血的治療(保存的治療)を選択することがあります。

また、受傷時に既に歩行が困難な症例の場合は、歩行機能の獲得を治療の目的とする意義が薄く、麻酔や手術のリスクを考慮すると、下肢の機能再建には合理性を欠くこともあります。

さらに病的骨折や脆弱性骨折と考えられる症例では、標準的な手術の適用が難しい場合もあります。

そのため、あえて標準的な治療(手術療法)を選択せずに、薬物療法により疼痛を緩和させるなど対症療法的な対応を行いながら、保存的に経過を観察することが良好な生命予後につながるケースも多くあります。

(1)保存的治療を行った場合の支援のポイント

保存的治療は、治療による長期の臥床や受傷部位の安静が必要なため、併存疾患の重篤化や認知機能の低下が起き、床上生活や車椅子での生活となるリスクが高まります。また、変形治癒により歩行時の患肢への荷重が難しく、自立した歩行が困難となる可能性があり、生活不活発病を予防することが重要です。

併存疾患の病状、認知機能、日常生活動作の考慮

利用者の現在の健康状態や認知機能、日常生活動作に配慮し、福祉用具を活用した在宅療養生活に移行できる環境を整えます。これにより、利用者がより快適に過ごせるようサポートします。

床上生活時の身体機能の保持と予防対策

床上生活となった際には、身体機能の保持が重要です。訪問看護師は利用者ができるだけ機能を維持できるようなリハビリテーションや運動療法の提案を行います。また、肺炎や褥瘡などの合併症予防のための適切なケアや予防策も行います。

(2)観血的治療 (手術療法)を行った場合の支援のポイント

観血的治療(手術療法)は、骨折の部位や状態に応じて、骨接合術や人工股関節置換術などの手術方法が選択されます。

手術後の早期にはリハビリテーションが開始されますが、手術の種類により関節可動域の制限や入院に伴う筋力の低下が生じる可能性があります。特に人工股関節置換術後では、股関節脱臼の予防のために禁忌肢位や可動域制限が設けられることがあり、これにより生涯にわたり生活全般に行動制限を生じ、生活様式を変更する必要が生じます。

療養者の家族には、生活様式の変更とその継続の必要性を理解させ、身体状況や歩行機能に応じた適切な福祉用具や生活用具を利用し、自立した療養生活につなげることが重要です。

禁忌肢位や可動域制限の説明

本人や家族に対して、禁忌肢位や可動域制限について具体的に示したパンフレットなどを使用し、理解を促します。これにより、手術後の生活において適切なポジショニングが重要であることを認識させます。

人工股関節置換術後の注意点

人工股関節置換術後では、股関節脱臼を予防するために特に注意が必要です。座位では椅子を使用し、前傾姿勢にならないようにし、トイレを洋式に変更して排泄動作に負担がかからないようにします。

禁忌肢位を理解し新しい生活様式の習得

禁忌肢位を理解し、脱臼を起こさないための生活様式や自助具の使用などを早期に習得することが重要です。これにより、治療後の生活をスムーズに適応できるようサポートします。

まとめ

今回は、高齢者の大腿近位部部骨折をテーマに概要や特徴、治療法などの基礎知識から在宅療養における訪問看護に求められる視点と支援のポイントなどについてお伝えしました。

大腿骨近位部骨折は、健康寿命の悪化だけでなく生命予後にも関わる重篤な骨折です。訪問看護においても関わることが多い疾患であり、今後も増加することが予想されるため、大腿骨近位部骨折における理解を深めていくことはとても重要です。

本記事が訪問看護事業に従事される方や、これから訪問看護事業への参入を検討される方の参考になれば幸いです。